■ 12話

「名前ちゃん朝だよー起きて」
「うぅん…うーん…」
「アレ?こんなやり取り昨日やった気がするなぁ…名前ちゃんご飯出来たよ」
「はい…起きます…」
「頼むから今日は頭ぶつけないでね」

やわらかな朝の日差しが差し込む中にふわふわと白い布が揺れる。軽く肩を揺さぶる手の主をみると、白い三角巾を付けた白澤様だった。あまりの驚きに飛び起きると白澤様が苦笑いをしながら前には注意してねと言った。
昨晩あの後しばらく三人で星を眺めていたのだが、突如強い眠気に襲われた私はお二人に断りを入れ、滑り込むようにして布団に飛び込んだ。しかし私より眠るのが遅かったであろう白澤様に起こされるほど眠りこけていたらしい。窓の外を見るといつもより太陽が空高く昇っている。一体どのくらい寝ていたのだろうか。

「随分長い事寝てたみたいで…何もお手伝いせずすみません」
「いや仕方が無いよ。名前ちゃんが飲んだ薬は試薬でね。だからまだまだ副作用が強いみたいだ」
「…睡眠薬として使えそうですね」
「そうだね…ちょっと調合しなおしてみようかな」

今日は仕事お休みにしたからゆっくりしてくれていいよ、というと白澤様は着替えの邪魔だからと部屋を出て行った。休みならばちょっと携帯見に行ってみようかな。



携帯を物色しに高天原ショッピングモールに出かけたいと白澤様に申し出ると、ならば先に給料払った方がいいねと言われ念願の初給料を手にすることとなった。まさかこんなに融通がきくとは思わなかったが、これはいい機会だ。同じく前々から携帯がほしいと言っていた桃太朗先輩も誘い、携帯ショップに繰り出すことにした。ちなみに薬の副作用がまだ気がかりだからと白澤様も付き添って下さっている。白澤様の申し出はありがたいが、ショッピングモールという巨大施設では女性率も高い。気さくで神獣という特殊な肩書を持つ白澤様は女性に人気だ。つまり、彼と連れ立って歩く私は女性からのチクチクとした視線攻撃を真っ向から受けたのである。この時ばかりは早く兎に戻りたくて仕方がなかった。
そんな私の心情など知らず、視線を集める本人は新機種!という見出しが書かれたコーナーでスマホを弄るのに御執心である。その手つきはその辺の女性よりも早いのではないかというほどこなれている。その隣では桃太郎先輩が押しの強いショップ店員に捕まっていた。必死に拒否しているが、人の良さがにじみ出ているのかそれともショップ店員が鋼の心を持っているのか新機種を滅茶苦茶ゴリ押しされている。人が良いのも考えものだ。

「新機種はやっぱいいね。ところで名前ちゃん何買うか目星はついた?」
「前足じゃスマホは操作できないし、ガラケーにしようと思ってます」

手近にあったガラケーを手に取る。もちろん主流のスマホも悩んだのだが、結局今日明日には兎に戻るのだ。兎の手でスマホを使いこなす自信は無いため無難にガラケーを選んでおくのが最良であろう。しかも値段もそこそこだし、最低限メールと電話さえできればどうにかなるといった旨を伝えると、白澤様は桃タロー君もスマホだし、名前ちゃんもスマホにしたらどう?とお誘いを言ってきた。桃太朗先輩の方を見ると、彼はショップ店員の攻撃に勝利したのか、一つ前の機種を購入している。なんだか先輩がスマホにしているのをみると、自分もスマホの方がいいような気がしてくる。日本人は周りと同調することが多いと聞くが、私も例に漏れず長い物には巻かれる派のようだ。
しかし白澤様はどうしてそんなにスマホを勧めるのかと聞くと彼は、地図も見れるし何より従業員みんなでスマホで揃えたいと楽しげに言った。心の中で女子か!と思ったが、なんとも可愛らしい理由にほっこりする。

「それにタッチペンがあるからこれを使えば名前ちゃんでもスマホ使えるよ」
「そんな便利なものがあるんですね」
「そうそう。ね?スマホにしなよ」

ピンクの可愛らしいペンを指でくるくる回して遊ぶ白澤様。彼ががそんなに勧めるならスマホにしようかな。そう決めたなら善は急げだと受付に向かうと、白澤様が何を買うのか問うてきた。

「入口に張ってあった広告のあれにしようと思ってます」
「あの0円のやつ?でも、これなんかかわいいよ。どう?」

そういいながら見せたのは可愛らしい女の子らしいスマホだ。非常に見た目は可愛らしいが、よくよく見ると右端に新機種というシールが貼られている。新機種はほぼ100%値が張るだろう。基本料金だけでも割と必要なのに、それに加えて本体代は財布に痛すぎる。それはかわいいが、今回はこっちにしますと白澤様に告げると、残念そうな顔をした後急に買うものを思い出した、すぐ帰ってくるねと店を後にしてしまった。気を悪くされてなければいいが、と思いながらも当初の予定通り、無難なものを購入した。



店先で桃太朗先輩とあーでもないこーでもないと四苦八苦しながらスマホを弄っていると、右手に茶色の紙袋を下げた白澤様が帰ってきた。その表情はどこか満足げで、良い買い物ができたのだろうと思われる。

「桃タロー君、名前ちゃん携帯は買えた?」
「どうにか買えました。けど当分は来たくないっスね…」
「桃太郎先輩、滅茶苦茶ゴリ押しされてましたもんね…白澤様はお買いもの終わったんですか?」
「終わったよ!割と良いのが見つかったんだ」

白澤様は楽しげにそういうと、気に入ってくれるかどうかわからないけど、と言いながら茶色の紙袋をこちらへ差し出した。

「頂いていいんですか?」
「うん。遅めの就職祝い」

大したものじゃないけどねと眉を下げながら微笑む白澤様に胸がじぃんと温かくなる。一体どんなものが入っているのだろうかとわくわくしながら紙袋を開くと、中から出てきたのはシンプルなスマホカバーとタッチペンであった。どちらかというと、デザインよりも機能性を重視したもののようで、謳い文句に丈夫で軽い!と書いてある。

「名前ちゃん外周りが多いからね、丈夫な方がいいと思って」
「あ、ありがとうございます!大事にします」
「じゃんじゃん使ってくれて良いよ。傷んだら新しいの買ってあげる」

だから薬草集め頑張ってねと微笑む白澤様に、精一杯の返事を返すとそのカバーをさっそく先ほど購入したものに取り付ける。なんてことない何の変哲もないそのカバーがやけに煌めいて見えた。あまりの嬉しさに暫らくカバーを眺めていると、白澤様はポケットから謎の生き物が付けられたストラップを桃太郎先輩に差し出していた。桃太郎先輩はそれを見るや否や、呪われそうなので結構ですとものすごい勢いで断っている。確かにあの生き物はちょっと不気味だ。夜中に目が合うと死ぬほど怖そうだなとぼんやり思った。



黒々とした夜空に浮かぶか細い下限の月。その月光を浴びた瞬間、昨日と同じ頭痛が頭を駆け巡る。ガンガンともズキズキとも違う痛みに悶絶しながらしゃがみ込むと、先ほどまでつるりとしていた両手がいつのまにやらふさふさとした毛で覆われているのが目に付いた。
おずおずと握っては開いてを繰り返してみると、自分が思うように動く白いもふもふ。間違いない、私の前足だ。
人に変わる時も唐突なら兎に戻るのも大雑把に戻るもんだと妙に感心していると、月光を浴びよう作戦の発案者である白澤様が、残念とも嬉しそうとも何とも言い難い微妙な表情を浮かべたまま手持ち無沙汰に下ろしていた手を顎にかけた。

「あーやっぱり勿体ないなぁ、人型可愛かったのに。勿論その姿の名前ちゃんも可愛いんだけど」
「この節操なし」
「人聞き悪いな桃タロー君、僕は本音を言っただけだよ」

道端の雑草でも見やる瞳で白澤様を一瞥した桃太郎先輩は、はぁと深いため息を一つ吐き出すと、でも無事に戻ってよかったですねと眉を下げた。
どうやら彼も私が元に戻れるかどうか心配していてくれたらしい。
ここは本当に優しい人ばかりだな、と感激していると、桃太郎先輩の冷たい視線等歯牙にもかけない白澤様が、女の子ほっぽっておくなんて男の風上にも置けないよね!と妙にきらきらとした瞳で言い放つなり、すたすたとこちらに歩み寄ってきた。
そしてそのまま慣れた手つきで私を抱き上げると、両耳、前足、後ろ脚すべてが戻っているか入念にチェックする。
さらさらと柔らかな手付きで撫でられる足や背中が少しくすぐったい。思わず軽く実を捩ると、丁度確認を終えた白澤様が大丈夫そうだね、と桃太郎先輩ととてもよく似た表情で微笑んだ。

「うん、ちゃんと戻ってるみたいだね、よかったよかった」
「白澤様の案のお陰ですよ」
「名前さん、本当に身体に問題はないんですか?」

俺はそういうのに詳しくないけどあれこれ変身するのって疲れそうで、と心配そうに白澤様より少しばかり遠慮がちに私の耳に触れる桃太郎先輩は、困ったように首を傾げるとその凛々しい眉をひそめた。

「大丈夫です!特に身体に不調はないです」
「そう、ッスか、大事ないならよかったです」

そういうなり、夜風は冷えるからと温かい飲み物を、と桃太郎先輩は薬局の方へと足を進めた。きっと数分後には盆を持って出てきてくれるのだろう。
これは手伝わねば、と地面に下ろしてもらうべく白澤様を見上げると、優しく慈愛に満ちた顔を浮かべた彼と目がかちあう。

「惜しいけど名前ちゃんが本調子に戻ってほっとしたよ」
「あ…はい、やっとこれで仕事に精が出せます!」
「ふふ、頼もしいなぁ。あの姿じゃないのは勿体ないけど、名前ちゃんが頑張ってくれるなら僕も嬉しいよ」

明日からよろしくね二人とも、とゆるりと空を見上げながら呟いた白澤様の顔は、女性に鼻の下を伸ばしている時とは違った穏やかな満ち足りた表情であった。




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