足を踏み出せない。
手を動かせない。
目を離せない。
「………ニコル。」
まばたきをするのも忘れて、彼に見入る。
眠そうな瞳をした彼は、微動だにしない私へと近づく。
そして無言のまますれ違った。
ひゅっと音をたてて、息を飲んだ。
喉元までせり上がってきた、たくさんの言葉を飲み込むように。
無理矢理飲み込んだ言葉たちは、出口を見失って私の体の中で暴れまわる。
「……っ、うっ、げほっ。」
むせる私の肩を、駆け寄ってきた蓮くんが支えた。
急に咳き込んだせいで滲む視界の端に、ゆったりとした足取りで部屋へと入っていく彼の姿が映る。
あなたは……
あなたは一体誰なの??
- 59 -
≪PREV NEXT≫
59/77
[top]