「朧。俺達は花街へ繰り出すがお前もどうだ」
「無駄じゃ。そいつは好きな女がいるだか何だか言うて、ノリが悪ィ」
「は?好きな女がいても行くだろフツー。な、朧」
「______俺は行かない」
「もったいないな。朧ほどの色男が歩けば遊女が騒ぐだろうに」
「ねェな。天パはモテねェ」
「うっせんだよサラサラヘアーが!俺がスタイリングしてやろうか!?」
「遠慮する」
「朧の好きな女って何だ、俺らと同じ松下村塾の塾生か」
「_______いや。恐らく、あの女だろう」
攘夷戦争が終わり、周りは大きく変わった。
組織として敵対関係にあった透と、酒を酌み交わすようになったのだ。
それは俺が警察庁長官の側近になったことも大きい。
天照院奈落と警察組織の距離は大きく開いているものの、江戸城を歩けば護衛中の透とすれ違うこともあった。勿論、城内で会話をすることはなかったが。
それが俺たちをつないだ。
すれ違いざまに入れた手紙。
透は読んだだろうか。
待ち合わせはかぶき町の飲み屋。アイツが来る確証はなかった。
のれんをくぐった編笠。紐を解くその仕草に、笑顔に、心から安堵したことを覚えている。
それ以降は待ち合わせをせずとも、気付けば二人で肩を並べ酒を飲んでいた、という夜も多くあった。
それゆえに驚いた。
滅多に酒に飲まれない透が、あんな弱みを吐くなんて。
「________寂しいよ、朧」透が暴れたのは、つい30分前のことだ。
胸をはだけさせ太腿を晒したコイツに銀時は大喜びだったが、俺は気が気じゃなかった。
大人しくおぶられている透は俺の背中に頬を寄せ、再び眠りについた。
一度脱走した俺が透を奈落へ返してやることはできなかった。
今夜 返してやるつもりもなかった。
家に着くと、朝から敷いたままの布団に透を下ろした。
床に転がるティッシュを袋に捨てる。実は鼻炎で、という訳ではない。当然、好きな女のことを考えての行為に決まってる。
男の一人暮らしなんてこんなもんだろう。
そう考えると、夢にまで見た女を自分の布団に寝かせるなんて。これこそ夢ではないかと思う。
眠る透の寝顔を見つめて、柔らかい髪をさらりと撫でた。
奈落に拾われたばかりの頃も同じことをやっていた気がする。それ程、昔から透に心を奪われていた。
大好きなんだ。昔から。
俺の恋は透に命を助けてもらった時から、すでに始まっていたのだろう。
狩りの時を待つように潜む全てのしがらみ。
それらから解放される、一時の安らぎ。
この美しい寝顔は、昔から変わらない。
目覚めたらまた地獄の中に身を投じて、誰かを救うだなんだと自分を殺してしまうのだろう。お前は。
自分の幸せと引き換えになった、透の幸せ。
この恩を返し尽くす日は、来るのだろうか。
本当は一緒の布団に身を潜らせ、朝に透をおどかしてみたい。けど自分にはそんなが勇気ない。しかし心は積年の想いを抑えてきただけに苦しい。思いが溢れる寸前だ。
肩にかかる程度の髪をはらい、首筋に唇を寄せ吸い付いた。
俺のように、透も頭を悩ませればいいと思って。
30.4.2
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