翳り | ナノ



ふらふらと夜を歩く女がいた。


透はいつも夜の繁華街を通り抜け、緑の生い茂る田舎、奈落の本拠地へ歩を進める。ここはかぶき町ほどではないが栄えている。既に日が変わろうとしているのに人で賑わい、この街で夜を明かすつもりらしい。


「綺麗な満月だな」

それは地を揺らすような低い、ひどく皮肉めいた懐かしい声だった。酒瓶や笑い声が混ざり合い騒がしくある空間で、透は自分へ掛けられた声だと直ぐに分かった。先程まで酒の席を共にしていた朧とは似ても似つかぬ声だが、彼が自分を呼んでいたらよかったのにと叶わぬ望みを抱く。
ざっと砂音を立て、徐々に近づく塗香の匂い。透はバッと後ろを振り返った。

「………晋助」

人混みの中に一際光を放つ男がいた。光と言っても黒く鉛のようである佇まいに、透は目を細める。弟弟子という関係であるのにもかかわらず彼の顔を見たくなかったのは、単なる人間関係のほつれによるものではない。もはやそんな言葉では片付けられない。
晋助が佐々木と手を組み、一橋派に加わったのは去年の冬だったか。ふらついたテロリストならまだ奈落が手を焼くことは無かったものの、今となっては野放しにしておけないほど、茂茂の政権を揺るがす大きな勢力になりつつある。
透はふと腰の帯に手を添える。今夜はすっかり気を抜いていた。愛刀どころか懐の護り刀すら忘れてしまった愚かな自分が憎い。


「人の幸せを奪う奴が、幸せになろうってか」

「見てたのか......。悪趣味だね」

晋助は全てを承知の上で言っている。確かに朧への好意から出る言動は自分で抑えがきかないほど酷い。晋助が後をつけてきたであろうことは明白だった。しかし、彼が何を企んでいるのかは透の想像の範疇を優に超えるものだった。


「地獄で残りの幸せでも噛み締めてろ」


勝ち誇ったような声に透は閉口した。自ら手を下すことはないと聞いていた男の噂は、どうやら違っていたらしい。そして己のボロがこのような形で出てしまったことを、彼女は左腰の空の帯を撫でながら後悔した。自分の境遇を嘆く間も与えられず、鼓膜を震わす刀の風音に喉をひゅうと唸らせた。そして緩やかに、彼女は晩秋の野に伏した。








将軍暗殺篇







「いいか。こいつは密命だ。口外することは絶対に許さねぇ」

「お前らには御庭番衆と組んで極秘任務にあたってもらう」

サングラスの奥の目を光らせるとっつあんと、その側近、朧の鋭い眼光に射抜かれ、近藤と土方はゴクリと生唾を飲み次の言葉を待った。

「将軍を江戸から連れ出せェェェェ!!!!!その命に代えても、京まで護送するんだァァァァァ!!!!」

「とっつァァァァァん!!!」
「声デカくね!?極秘任務なのに声デカくね!?」
「大丈夫だ。この部屋はあらかじめこうなることを配慮し、防音設備をつけてある」
「優秀すぎるよ朧兄さん……」

「このまま行けば将軍様は暗殺されるだろう。無事京に護送するための策として、俺たちは影武者を用意した。入れ」

襖を開け中に入ってきたのは、まぎれもない将軍だった。しかし、背が足りなすぎる。土方の目測量からしても小学生の子供ほどの背丈に見える。

「いや……ちっちゃくね」
「これは東に向かわせる影、そして次が西に向かう影だ」
「無視ですか朧兄さん」

次々に入室する影武者はどれも似ても似つかぬものばかり。(本当の将軍も紛れはしていたが)2人目は異様なサイズのアレをぶら下げ、他は全て影武者と名乗るだけのただのチ○コであった。

「拙者が征夷大将軍だ」
「余が征夷大将軍だ」
「我が征夷大将軍だ」
「ワガハイが!3万14代目征夷大将軍だ!」
「かげ汁ぶしゃァァァァァァ!!!!」

「後半キャラブレブレじゃねぇか!影汁ってなんだ!」
「かーかっかッ!かげ汁ッ!ぶしゃァァァァ!!!」
「おい、どっかで会わなかったかカゲッシー」

正体を暴かれた哀れなカゲッシーは仲間と3人で土方に蹴る、更に蹴るの暴行を加えた。言わずも知れた万事屋の3人、銀時、新八、神楽である。続いて正体を自ら顕にした巨根サッちゃんこと、猿飛あやめを加え、影武者は見知った役者揃いになった。

「そならは、まさか余のために__」
「兄上様がもう一度会いたいって言ってたから」

本物の将軍、徳川茂々とその妹君、そよ姫。万事屋の3人と関わりがあるのは執政を大きく変えた先の一件からであった。

「将軍様のピンチと聞き、居てもたってもいられず来てしまいました」
「前は私たちが助けてもらったから、次は私たちの番ネ」

「そなたら…」
「兄上様。良かったですね。兄上様にはまだこんないっぱい味方がいるんですよ」
「ほぼ変態なんだけど」

「ぁっ……かっ………かげ汁ブシャァァァァァァ!!!!!」

「いやちょっと待ってください。こいつらほんとに連れてくつもりですか。極秘任務ですよね。色々ダダ漏れなんですが」
「まあいいじゃねぇかトシ」
「へっ?」
「ゴリ汁ブシャァァァァ」
「ゴリ汁って何」

「カグ汁ブシャァァァァァ!」
「パチ汁ブシャァァァァァ!」
「さち汁ブシャァァァァァ!」
「くり汁ブシャァァァァァ!」
「トシ汁ブシャァァァァァ!」

「おい誰だ今勝手にトシ汁出した奴!!!」














「おかしな連中が僕を嗅ぎ回っているようだ。心外だ。僕が一体何をやったというんだ。玉座に朽ちて座る哀れな骸を片付けてあげようとしただけではないか。
___まあいいさ。茂茂。君の味方はもうこの国のどこにもいない。だがこの一橋喜々の味方は、手足はどこにだって届く。ここから一歩も出ずして君の首を簡単に落とすことができる」

スパン!襖の開けられる子気味いい音の後に、数歩畳を踏む足音がする。

「ほら。新しい手足の到着だ。待っていたよ。君があの___」

ドパァァァン……!!!

後ろを振り返った瞬間、風を殺す凄まじい速さで飛んできた拳を喜々は成すすべなく顔面で受け止め、城の二階から落下する。

「オイ……何やってんだ?テメェ」
「うえ?だって将軍殺れば良いんでしょ?」

一橋派として、喜々と手を組んでいた高杉にとぼけた顔で答えたのは宇宙海賊春雨第七師団団長の神威である。高杉は呆れた様子で神威に説明を加えた。

「あれは将軍じゃねぇよ。次期将軍だ」
「じゃあ将軍じゃん」
「___まあ良い。あんだけ頭強く打ちゃ、何にも覚えてねぇだろう。どうせ壊れかけの神輿だ」
「なんだ違うの。国の頂点に立ってる奴があんなに弱いわけないもんね。じゃあ何なのアレ」

「だから言ってんだろ。ただの手足だ」

自分でぶち抜いた襖から喜々が救護班に運ばれる様子を見て、神威はようやく理解したらしい。

「なるほど。一橋喜々。これがこの国獲りゲームのアンタの駒だったわけだ。あんな弱っちいの役に立つの?俺なら他の能力は置いといて、武力100の駒を使うけどね」
「見た通りだ。人がここまで祭り上げてやったのに、将軍の座欲しさに勝手に凶行に走るようなうつけだ。最後の一手は刺し誤れば己の首が落ちる悪手に変わるのを、あの坊は知らねェ。ま、ここまで担いだ神輿だ。首一つになっても、利用させてもらうがな。将軍暗殺の嫌疑を一橋派にかけていた中央の目もこれで外らせる。一橋公も、何者かに命を狙われた被害者ってわけだ。少々暴れようが、疑われることもねぇ。
王手を取るのも、碁盤ひっくり返すのも自由だ」

「ふふん。武力100の駒の出番だね」
「それはもっともだな」

愛嬌は一つもない高杉の浮かべた笑み、その眼はいたずらに細められ、声の調子は何かを隠すような響きがあった。










「集まったか。作戦だが」

朧は本作戦の一部指揮を任された。一番の精鋭で守りを固めた部隊が、影武者を運び、陸道を西へ向かう。最も襲撃に遭いやすい危険な部隊だ。
銀時の他にも三人の影武者がすでに動いている。一人は江戸に残り、もう一人は海を北へ進む。本物の将軍は空を使い貨物船で送り届けられる意向だ。

「頼んだぞ。カゲ」
「あのっ、どうでもいいけど早くしてくんない。この中すげぇ暑いんだけど」

将軍の駕籠から顔を出したのは、銀時だった。

「なんでお前がカゲだァァァ!!」

そして駕籠をぶっ飛ばしたのは、精鋭として選ばれた近藤、土方である。

「何やってんだお前ら。仲良くしなさい」
「だって朧兄さん!」
「だってじゃないだろ」

駄駄を捏ねる近藤を朧が説得していると、猿飛あやめがもじもじしながら駕籠の周りをうろついて何か言った。

「影武者は襲撃の際、真っ先に狙われる危険な役割。そんな危ない役は私に任せられないって、銀さんがぁ!」
「おいメス豚。キングダム読み終わったから次テラフォーマーズ全巻3分以内に買ってこい。でなきゃ打ち首な」
「どう見てもだらける目的だろーが!」
「大丈夫。ちゃんと変装はさせたから。どう見ても立派な将軍だったでしょ?」

「あ〜〜蒸すなぁ。おいなんか将軍のスウェットとかないの?」
「スウェットに着替えようとしてるけど!?かなりラフな将軍だけど!?冗談じゃねぇぞ!なんであんなバカ殿護衛しなきゃなんねぇんだ!」
「そもそもあんな影武者、偽物なのバレバレだろ!」
「おい。次タメ口聞いたらマジ打ち首だからな」
「上等だよ!やってみろよ!テメェ見てぇなバカ殿俺が暗殺してやらぁ!!」
「皆の者〜聞いたか〜!!」

銀時の鶴の一声で一斉に近藤と土方の元に無数のくないが浴びせられ、朧を含む家臣たちの刀の先が喉元まで迫った。

「もう一度聞くわよ。将軍を暗殺……」
「するわけないじゃないすか!」
「ジョークすっよジョーク!ブラックジョーク!!」
「気をつけたほうがいいわよ。御庭番も御徒衆も常時臨戦態勢だから。たとえ影武者であろうと下手な真似をしたら蜂の巣よ」

すると駕籠の扉を開け、銀時はくないの何本かが頭や肩に刺さった血だらけな顔を見せた。

「思い知ったかァ?これからは口の聞き方に気をつけろ、下僕ども」
「お前が気をつけろ!影武者も蜂の巣になってんだろーがァ!!」
「真選組局長だか副長だかしらねぇけど、今日はテメェら俺の家来だからよォ、気持ち入れ替えてしっかりやれよ。とりあえず罰としてテメェらが駕籠かつげ。ちょっとでも揺らしたら打ち首な」

「はぁ……」

この先が思いやられる。朧は人目もはばからず大きなため息をついた。








宙船。本物の将軍を乗せた船が夕刻の空を京へ急いでいた。全蔵はデッキに上がるとすぐ将軍の姿を見つけ、彼の背後にひざまづいた。全く下ではせっせと家臣が通信やら作戦やらで慌てているというのに、ここではそれすら忘れるほど時間の流れがゆっくりだ。

「お久しぶりでございますなあ、全蔵殿。茂茂様と会われるのは何年振りでございましょう」

「さあな。あんたの腕がまだ一本生えてた頃か。舞蔵爺さん」

「かっはっはっ!お互い色々あったということですな」

「ああ。年月なんざ忘れるほどにな。だが、アンタに受けた恩だけは忘れちゃいねぇよ。そいつを返しに来た」

今自分がすることは池に石を一つ投げ入れるだけの小さなことだ。全蔵は立ち上がり将軍の方へ足を一歩ずつ近づけていく。舞蔵は面を輝かせ、全蔵の手助けを喜んでいる。本当にこの爺さんにはすまない気持ちが募るが、

「あなたほどの方がついていてくれるならこれほど心強い事はあり……うっ!!!」

全蔵は立派な老いぼれ家臣の胸をひと突きし、意識を昏倒させた。目を向けると将軍は呑気なもので、時期落つる夕陽を浴びている。


「あの時アンタは言ったよな。御庭番衆の務めとは将軍を守ることではなく、将軍の務めを守ること。そして将軍の務めとは、その身を賭しても民と国を守ることだと____」


「ああ、全蔵。後のことは頼む」


何かを悟ったようにカラスが飛び立った。悟ったというよりも、見届けたと言う方が正しいのかもしれない。全蔵も彼の最後から決して目を離すまいと、首一つなくなった彼の胴体を意志の灯らない瞳で見ていた。


「悪いな。アンタが将軍じゃ、この国は守れねぇよ。その命をもって、将軍の務めを果たしな。俺は俺の務めを果たす」

そして、切り離された首をまげから掴むと、滴る血の一途をひとしきり眺めてから風呂敷に包んだ。


「俺は将軍の下手人、天下の大罪人。服部全蔵だ。その咎、未来永劫背負う覚悟はできている」



30.10.11


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