翳り | ナノ





透の姿が見えなくなった。



春には確かに綺麗な装いをして笑っていたのに。

夏には松と背を比べるように、逞しく葉を陽へ伸ばしていたのに。


この季節にはその姿さえ、雪に埋もれて見えなくなってしまう。



「大丈夫、きっとまた咲きますよ。今は、少し休んでいるだけで」



気がつくと天には、先生の広げてくれた傘があった。

透が死んでから一度目の冬は、悲しかった。
透の代わりだと言って育てていた花は、あまりにも頼りなかったから、もうきっと咲いてくれない。そう思っていた。




だが信じられないことに、春。その花は芽を出した。



手をつけて背を伸ばし美しい顔を見せ、次に命を託し、雪に身を沈める。


次の年になれば、また新しい命を芽吹かせた。


それを俺は、先生と見守り続けた。




「今年は言い忘れちゃいましたね。また、春に芽を出してくれたら言いましょうか」








「生まれてきてくれて、ありがとうと」
















「お、朧!!!!」


「…………………朧」




次に息を吹き返した時には、まだ城の中にいた。

俺を抱えていたのは、銀時だったらしい。
自分も怪我を負っているというのに、自分ごとのように焦っている。


「すまない。銀時」

「お、お前どうして」

「説明は後だ。お前は大丈夫なのか」


「それなら、だい______カハッ!!」

「銀時!?」


突然 噎せて血を吐いた銀時に、月詠と信女が駆け寄る。

「経穴を突かれている。しかも毒針で」

「ヤベェのか?」

「身動きが取れないどころか、毒を抜かなきゃ死ぬ」

「………..状況は最悪らしいな」

「そうだな、朧。テメェが眠ってた数十秒でな」








「ふっ、随分と手こずらされたものだな。卿を前にしてこれほど長く生きたものも稀であろう。透」

「いえ。以前にも。殿。彼らは寛政の大獄の遺児にございます」


「寛政の大獄?」

「そなた吉原のものか。ならば知らぬのも無理もない。
攘夷戦争。開国の折、まつりごとも知らぬ侍どもは幕府を売国奴と蔑み、世の機運は攘夷一色となった」






「こんなところで会いたくなかったよ、朧」

「透。
俺は、戻るためにここにきた。先生と透と。幼い時、奈落で剣を取った日のように。
あの日々を取り戻すためなら、何でもする」

「何でもするなんて。軽く言うものじゃないよ」






「そこで天導衆の指揮のもと執り行われたのが寛政の大獄。攘夷の不穏分子を刈り取ることで、攘夷は急激な衰退を辿ったのだよ」

「殿。侍達はあれで終わった訳ではありません。最後のもののふと呼ばれたこの者達は、大獄からあるものを、

天に仇なした大罪人。吉田松陽を奪還せんと、剣を握ったのです」


「はて、そんな大罪人いたかね」

「過程はどうあれ、結果として彼の寺子屋は謀反の種を生んでしまいました」

「なるほど。私の見立てに狂いはなかったようだ。吉田松陽。かような不届き者を生んだがその咎よ」

何だ、それ。否定する気なのか。先生を、先生と過ごした歳月を。


「「うおぉぉぉぉ!!!!」

「やめろ銀時!!朧!」


カァン!!!
満身創痍の体でも、まだやれる。握り直した剣には血が滲んでいる。

だが、おかしい。斬っても、まるで手応えがない。

あいつはどこに隠れやがったんだ。

辺りを見回し、目に映ったのは透だった。罪人を裁かんとする愛しい人の姿に鼓動が早まる。
まるで映画を見ているような遠い感覚に酔って、俺はまた、透の刃を受け入れた。


「グッッ!!!!」


「なぜ、まだ吠える」

腹をえぐられる寸前のところで、俺は透の刃を食い止めた。
手から、腹から血が少し噴き出した。頭がフラフラする。もう、限界が近い。

背後から、誰かが駆け寄る、足音がする。

「テメェェェェ!!!!!!」

銀時だ。

「来るな!!!!」

とっさに右手を出して止めるも、間に合わなかった。

「うっ……!!!」

銀時の唸り声。後ろを振り返ると、肩に剣が食い込んでいた。俺の右手の剣は奪われた。透だった。

「なっ!!!」

「あの時君達は、痛いほど知ったはず」

その剣から伸びた細くも逞しい腕が、俺に何もかもを解らせた。これ以上踏み込むことは不可能なのだと。道理の通るような世界ではないのだと。



「叫ぼうと、喚こうと、決して天には届かない」



「ここは私にお任せを。


業を犯した父を裁くのは子の仕事。


吉田松陽を斬るのは、私です」




「解ってるさ。 透」

「解っているならなぜ引かない。朧。君の守ろうとしたものが、また、あの時のように壊れるぞ」

「解っているからこそ引けないのさ。ここで引き下がったら、守れない」

「何を言う。立っているので精一杯だろうに、よく言えたものだ。


守れないものを、守ろうとするな。それは、君では手に余る」


ズッという音を立てて腹の奥に刃が捻じ込まれ、すぐに引き抜かれる。朦朧とする意識を手放さないように歯を食いしばって耐える。それも、もう限界のようだ。



また、一人で背負っていくつもりなのか。そう言おうとしたのに、空気に溶け込んで虚ろに還っていく。
守りたいのに、またその背中は遠ざかっていく。



先生を斬った処刑人が、涙を隠していたこと。今も脳裏に焼きついたままでいる。

ぼやける視界には、また透の笑顔だけが残るのだろう。

涙を隠して、無理に歪ませた顔だけが。

























「殿。お急ぎください」

「何事だね透。あともう少しで逆賊どもの無様な最後が見れであろうに」

「カラスたちが騒いでおります。どうやら、風が変わったようです」

「何を言っとるんだ。賊どもはもう___」


ドカァァン!!!!


「こんばんは」

「おまわりさんです」







「これは一体どういうことだね」

「真選組と見廻組、江戸の二大武装警察が手を結んだようで」

「彼らは犬猿の仲だと聞いていたがね」

「何者かが仲立ちしたかと思われますが。

もうじき船が来ます。用心のためご避難を」

「くっ、はっはっはっはっ」

「殿」

「あの者共、本気で国取りをするつもりか。ならば、私も答えてやらねばなるまいな。

全ての警察組織を城に集めるよう、伝えてもらえるかね。全軍をもってあの国賊どもを叩き潰す!」

「…………………」

ドシャァァ!!!!!


「いいか!三秒以内に道開けろ。でなきゃ天守閣ぶち落とす。いーち、」

ボォォォォォン!!!!

「二と三はぁぁ!!?」

「知らねぇな。男は一だけ覚えてりゃ生きていけるんだよ」

「バカな!警察組織そのものが反乱を起こしたなど!」

「反乱?物騒なこと言うなよ。うちの朧が邪魔してるらしいからな。差し入れしに来たんだよ」



「一人だけいるんだよ。警察でも何でも好き勝手動かせる人が。

まだわかりませんか定定公!!!」


その時だった。道を開けた真選組に、馬の蹄の音。
窓から外を見ていた定定の額に汗が滲む。その視線の先には、茂茂の姿があった。



「国に仇なした国賊は、あなたです」





30.9.13


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