「デリバリーナンバーワン太夫傾城鈴蘭 参上仕りました。今更チェンジは無しだぜ。汚ねぇケツはよく洗ったか?
今夜は、眠らせねぇよ?」
「長生きはするものだ。歴史を紐解いてもこれほどまでお上を愚弄し徳川紋に泥を塗ったのはそなたらが初めてであろうな。免罪を乞うどころか天に仇なす大罪を犯そうとは」
「大罪を犯したのはあなたの方。あなたのこれまでの所業は全てこの見廻組副長 今井信女の知るところ」
「警察組織はあなたを決して見逃しはしない。徳川定定。幕臣暗殺教唆の容疑で逮捕する。神妙にお縄につけ」
「野蛮な侍集団が何を言い出すかと思えば。法でこの私を裁くと?法そのものである私をどうやって裁くというのかね」
「地上の法で足らぬなら地下の法を用意してやろう。貴様がために吉原に流れた女の涙___男の血。たとえ天が許しても…吉原が法 死神太夫が許さぬ。あの男を解放しろ。奴をどこへやった!」
「どこへやったと____聞いておるんじゃ!!!」
月詠の放った苦無は定定へまっすぐに飛んだ。しかし定定はその余裕を崩さなかった。無防備で余裕な笑みの後ろには、武装した男が控えていた。彼の錫杖を前にして、苦無はあっけなく散る。
「天変に逢いて天照を恨むものがあろうか。いかなる凶事に見舞われようとそれは全て天が成しこと。天が定めし宿命。ただ黙して受け入れよ。天の声を。我らが刃を」
「あれは…!?」
「気をつけろ。あれはただの御徒衆じゃない。古くから時の権力に利用され、影より国の采配に関わってきた暗殺組織。冷酷無比な仕業から太平の世に中央から除かれた禁忌の存在。定定は御庭番衆を廃してより繋がり、その謀略に利用してきた」
「我らは天が遣い八咫烏。天照院奈落」
「透……」
「天照院首領にして奈落最強の凶手。まさか___彼女を敵に回す日が来るなんて」
信女の表情が険しくなる。首領は僧侶のかぶるような長い錫杖に頭から首元までを覆う網笠。背後に控える者は皆御徒士の格好をしている。
「嘆くことはない。天がもたらすのは災だけではない。恵みをもたらすのもまた天だ」
定定がそう言うと、銀時達の背後に舞蔵が転がされる。血だらけで、よく見ると腕がない。
「じいやさん!!!」
「探していたのだろう。その男を。この場を切り抜ければ鈴蘭とその男を会わせられるぞ。到底吉原までその命がもつとは思えんが。最も間に合ったところでもうその男には__指切りどころか愛しい女を抱きしめることもできはしないが」
そんな皮肉とともに放り投げられた舞蔵の腕を、兄妹弟子は何を思ってかただ見つめていた。
「これが天に仇なした者の末路だ。まさしく地を這いずる芋虫にふさわしい姿だろう」
ハハハ。舞蔵を見下げて嗤った定定の目前へ銀時は迫った。振り上げた彼の木刀が風を切り、下ろされる瞬間それは別の刀によって制止される。
「アホか」女の声が聞こえた。
今度は逆に振り回される刀を避けながら後退する。下り階段に足がかかる。落ちる。そう思った時、頭をガッと鷲掴まれる。編笠の中から、苦痛に満ちた声がする。
「なぜそんな者のために命を張る。そんな者のために傾城など」
「…………さ、さあな」
「そ…そなたら……」
「じいやさん」
「今まで、よく耐えなんした。だがもう心配ありんせん。ぬしらが待ち望んだ月は昇った。約束に結ばれし彼の地。いかなる闇の中にあろうと照らし導いてみせよう。今宵の月は決して沈まぬぞ。
新八、神楽。わしらは残る。ぬしらは先導を頼む」
「ふっ。老いぼれの命を救うため足止めか。逃げられると思うのか?我が手のひらから!」
「逃げんさ。どこにも」
朧が定定に向け抜刀すると、背後から錫杖で止められる。透だ。カタカタと互いの剣が力に震え、均衡を保つように前にも後ろにも動かせない。
「____っ!!」
透は片方の手で銀時を、もう片方で朧を相手にしていた。朧の足が彼女の隙をついて蹴り上げた刀は銀時の手に収まった。朧は一度透と銀時から離れる。
「カハァッ!!!」刃先がそのまま透の腹に深く抉り込む。
「威厳はどうした」
「舐めるな」
銀時の頭を押さえていただけの透の手が、突然青い光を発する。
「ガッッッッ!!!!」
銀時は階段の下へ吹き飛ばされた。砂煙がパラパラと立ち込め周りがよく見えなくなる。敵の姿も、味方の姿も。
朧はあたりを見回す。何も見えないが、前に踏み出した足が刀をさわった。取るために姿勢を低くすると、光る何かが煙の中から来る。
「何...!!」
それはストッと肩口の前で止まった。刀の刃先だったらしい。拾った刀で薙ぎ払い、近くまで距離を詰める。
未だ晴れない煙の切れ目から、声が聞こえる。仮面の狭間から、愛しい女の顔が見える。
「透……」
思わず名前を呼んだ。すると透は悲しそうに目を細める。
「君がそこに立つ限り、私は君を斬る」
慈悲なんて最初からありはしなかったのか。音もなく首にあてがわれる剣。
「今までは、嘘だったのか」
「君は知っているはずだ。そんな小さなことは、ここでは何の意味もなさない」
共に過ごした幼い頃も酒を酌み交わした夜も、まるで全て無にかえってしまうようだった。自分と透はただの敵同士なのだと痛いほど思い知らされる。
「全て、将軍を前にすればひれ伏すのみ」
透は静かに頷いて、朧の首元にズッと剣を差し込んだ。
「外、寒いな。遅くなって悪い」
「中はあったかいだろ。女を待たせるものじゃないよ、朧」
仕事終わりの足で川沿いの屋台に急げば、先に座っている華奢な背中。
春の夜はまだ冷える。それなのに、彼女はお冷一杯で俺を待っていた。
「警察は忙しいのか」
「透よりかマシさ。俺らはバカの相手が大半だからな」
「はは、私も同じようなものだよ。幕府の老いぼれを相手にしてね。いつも忘れたボケたの言い合いさ」
俺と透の待ち合わせはおおよそ月に一回だった。
月に一回だが、日を決めているわけではない。もちろん勘を頼りに会っているわけでもない。
【満月の夜に】
決めたのは俺だった。どんなに忙殺されてもその日だけは、満月の昇る晩だけはその日のうちに仕事を片付け、必ず川沿いの屋台に顔を見せた。
「旦那。今日はあの姉さんは来ないんじゃないのか?もう、こんなに待ってるんだからよ」
たとえ来なくとも、夜が更けるまで待ち続けた。いつか来ると盲信していたからではない。
透は満月の隠れるような晩には来ない。分かっていたから、曇天の空を見上げ続けた。
曇りの空は好きじゃない。透に会えないから。
でもこんな日もあった。
「奇遇だな、朧」
桜の季節であれば、満月でなくとも透に会える。
そんな日には川沿いの桜を見て酒が飲めるから、春が一番いい。「________ろ!朧!!!」
「しっかりしなんし!!!」
「朧____」
「………………」
信女は気づいていた。朧の首から流れる血に、この因縁に、透が終わりを与えようとしていたことを。
「あなたはどうして、そんなに不器用なの」
見逃さなかった。透が仮面の下で、人知れず涙を流していることを。
銀時に抱えられ、息も絶え絶えに夢を見る朧は微笑んだ。あの女の、名前を呼んで。
「透…………桜が、満開だぞ」
偶然にも満月と桜の見頃が重なった晩、朧はその生を終えた。
30.9.10
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