ごめん数えらんない
【合宿最終日】
シュルッと押し出されるボール。スパイカーの最高到達点。それよりも、長く差し出される手。陽のギラついた目。セッターからのボールを手に収め、奴を目の前にした時、誰もが絶望を感じる。
この壁は未知数だ、と。
「おい、コートチェンジだけど」
「はいはーい」
「んだよハイハイって」
「怒んないで夜っ久ん」
黒尾は昔の内気な自分も踏まえて、今成長した自分をなかなか社交的だと思っている。
小さい頃、特に中学生なんかは明るい性格や暗い性格でクラスの立ち位置が変わるものだ。黒尾はそんな時代も乗り越えてきたつもりだし、スポーツをやっていたらクラス内の陽キャラになれることもよく知っている。
だから、生まれた時からグループの中心にいるような、クソガキの権化である陽の扱いにも、黒尾は長けているはずだった。
自分でも、コイツはアンパイだと思えたはずだった。
しかし陽は、生憎そんなアンパイな奴ではなかった。
クラブチームのジュニア全国大会でのMVPを獲得した時、当時小学四年だった陽はマイクを握り言ったのだ。
「今日もバレーができたのは、この大会を作ってくれた先生や、ご飯やお金をくれた親のおかげです。僕らは一人でバレーできませんし、今に感謝だと思います」
小学四年生から、こんな言葉が出るものか。
どうせ、嬉しいです!とかだろ。ありきたりな言葉を待っていたからか、『感謝』という言葉には耳を洗われるような気がした。大人がたくさん見てる場所でさらっと言えてしまうなんて、悔しいけどカッコいいと思った。
その頃の陽は、キャプテンとは名ばかりのクソガキだった。自分のスパイクが決まれば雄叫び、ミスをしても雄叫び。とにかくうるさくて仕方ない。でも、いつのまにか皆の中心にいる。生まれつきの愛され性質は今も変わっておらず、羨ましいとさえ思う。
「黒尾さんストレートないぞ」
「陽のはドシャットできるからなー」
「うええ、黒尾サン怖っ」
「陽。それでストレートあったらぶっ飛ばすかんな」
「うげっキャプテン!」
「調子いい時のキャプテン呼びヤメなさいよ」
「スミマセン」
対して陽にとっての黒尾はイケメンであり憧れだ。同様にジュニア全国大会 決勝に負けたチームメイトは皆、涙と汗で顔を汚くしていたのに、黒尾だけは爽やかに「ありがとう」と陽に笑いかけたのだ。
こいつかっけえ。
それが陽の率直な感想であった。そんなストレートな好感とともに、絶大な信頼を寄せている。
だからこそ陽は自分の考えも躊躇なく黒尾に言うことができる。こんな理想論も。
「今後は、デカイの先に行かなきゃですよ。俺は身長が他より高いけど、足りない分の身長なんか誰だってプレーでカバーできますからね。
だから俺は、その先に行かなくちゃって」
しかしこれに、黒尾は返す言葉がなかった。
その先って何だ?お前はどこを見てるんだ?
その先に行かなくちゃの想像が全くつかないのだ。
「ラストー!!」
「陽さん!」
「来るぞリエーフ」
「はいっす!」
隙間のないブロックを、網の目をかいくぐるように通り抜けるスパイクを見て、黒尾は思う。
「ナイスキー!」
「陽さんナイスです!」
たまに、「今日のナントカ選手のパワーはナントカパーセントで、本来ならナントカできてるものを、怪我から復帰のプレーで調子が戻らず......」なんてスポーツのニュースを聞くけれど、そのナントカパーセントは誰が決めてるんだろう。
「研磨、陽とチビちゃんを数字にしたらいくつ?」
「ごめん、数えらんない」
このゲーム脳の研磨でさえ測定エラーを出しているのだ。
ゲームだとある程度成長させてレベル上限を超えさせるとか、そんな概念があるけれど。きっと、こいつらにはない。
そういう奴は、限界を知らない。とでも言ったらいいだろうか。
そりゃゴールなんて誰にも見えやしないけど、限界はさすがに見える。体力の限界とか、ここまでしか飛べないっつう高さの限界とか。
「陽ちゃんさ、今日はもう無理って思ったことあんの?」
「え?うーん。ありますよ」
「ナニよ」
「性欲?とか?」
「セイヨク!」
「木兎さん朝から声デカイです」
「お前に聞いた俺が間違ってたわ...」
「はあ!?聞いてきたのはそっちだべ!ヒドイ黒尾さん!俺を嵌めて皆をドン引きさせようと...!!」
「陽君って周り見えてるんだ...」
「赤葦君扱いぞんざい過ぎ!」
「ふはは!」
きっとバレーにおいて、陽が限界を感じることはないのだろう。何が奴をそんなにさせたのか、もしくは生まれついてのモノかは分からない。
けど、いずれにせよ越える壁。
「壁の上に、旗でも立ててやろうじゃねーの」
「成田。なんか寒くない?」
「室温35度だよ。何言ってんの」
30.12.20
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