「─────だから、シガンシナを超えた遥か遠くではこの陸も終わるんだ。その先には決して枯渇することのない、巨大な湖が広がっている。」
まだ平和だった頃の話だ。革新的な発言をしたミケを、私以外の二人、エルヴィンとハンジは褒め称えた。もし私らが調査兵でなければ、何者かに殺されるのだろう。それでも、私達はその危険な議論を一種の息抜きとしていた。
「私は無いと思うな、海。」
まさか数年後にオウム返しを食らうなど、この時の私は夢にも思わなかったのだ。まずはこの、私の愚かな想像を聞いて欲しい。
「ある学者の一説では、川も何も、水は全て地下から湧き出ているらしい。
唯一湧き出ない水、雨はほんの少量だ。
それらの貯蔵庫、海なんてものがあったら、私達の大地はとっくに飲み込まれているんじゃないかな。
海っていうのは、広大で、何かの集合体を指すものなんでしょ?
なら、とっくに私達は見ているはずだよ。
生きた人間が群がれば烏合の衆、じゃあ私達が散々見てきた人の頭や足、胴体が転がる光景はまさしく、
柘榴の海だ。」
「そうは思いません。」
「今……なんて?」
「……おいアルミン!!上官だぞ!」
「あ………っ!
レア副団長!申し訳ありません!
無礼な発言を撤回させて下さい!
新兵のアルミン・アルレルトです!!」
「………いや、あの。」
「申し訳ありません………!」
「新兵のジャン・キルシュタインです。俺からも謝らせてください。」
「もう良いよ。」
「………えっ、」
「頭を上げて。アルミン・アルレルト。
君の事はキース教官から聞いてるよ。説得力、度胸がある癖に、エレンに次ぐ向こう見ずだと。
ジャン・キルシュタイン。君は…………、
私の勉強不足だ。キース教官に再度尋ねてみようかな。」
「は、はい………。」
「それでだよ、アルミン。今の発言は気にしないで。むしろ評価に値する。私はそういう言葉を待ってたから。」
「待ってた、とは?」
「実は私のこの考え、何の確証も無いんだ。何せ、海に関する本も読んだ事がないからね。
だから、君のその考えをもっと私に聞かせてくれないかな。
君はシガンシナ出身って聞いたけど、海を何処かで見た事があるの?
私は今迄に何度もマリアの壁の上に登った事があるけれど、海なんて気にもしなかったよ。」
「いえ………海は、シガンシナからは見えませんでした。マリアの壁の上にも登った事が無いので尚更です。」
「そうか、アルミンは陥落後の兵士だものね。」
「そうです。
けど僕は、海の存在を信じています。
あ、……──そうは言っても、これは文献で得た知識なので、事実かは分かりませんが。
ある仮定を話すと、内地に流れている川です。」
「川?」
「はい。川には流れがあります。それも明らかに、どこか遠く、奥の方から押されているような流れです。」
「ごめん、私は川の流れる所を見た事がないの。
そんな私が言うことだけれど、ひょっとしたらそれは、風のせい。つまり思い違いじゃないのかな?」
「いえ、川は風が止んでいても流れ続けるんです。
なので、風に押されているのではなく、同じ物質、水に押されているのではないかと。」
「じゃあ何処から押し出されて流れを作っているということか。そしてそれが、」
「はい。海です。海が作った細い道、それが川なのだと思います。」
「私が勝手に決めつけ、濁っていた海が、アルミンによって鮮やかに塗り替えられた、………あ。
この表現は少し大げさでしょうか。」
「いや。そんな事は無いよ。レアが受けた衝撃の度合いはそれくらいだったということだろう?」
「はい。私は真っ赤な血溜まりを海と呼んでいたのに。
彼の仮説には、空の色を借りる海があると。」
「ほう。それは興味深い。私達のものとはまた、スケールが違い過ぎるな。」
「そうですね。」
「そんな具合で、レアは入って間もない新兵に、持論を粉々に打ち砕かれて落ち込んでいたという訳か。」
「まあ…………否定はしません。
───ですが。
痛い所を突かないで下さい、エルヴィン。
相当なショックを受けたんです。私もまだまだプライドの高い餓鬼なものですから。」
「はっ。違いないな。
でもね。私はそんな君でさえ、可愛いと思えるよ。レア。」
29.5.26
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