6正解はどれ

「お前、血の匂いがすんぞ。」

「そうですかね。」
「ああ、」
「私事で戻るのが遅くなってしまいました。待たせましたね。遠征の報告書。受け取りますよ。」

分隊長であるレアの執務室。最初の遠征を終えて直ぐ、俺はその副分隊長まで上り詰めた。あれから半年。今まで禄に紙とペンで何かを伝える行為を貪ってきた俺が、報告書を作成するようになった。仕事に不真面目な上司であれば俺だって数時間机に向かうことはなかっただろう。

「リヴァイ・・・すみません。
「あ?なんだ唐突に。」
「あ、いえ_______あの。


あなたの報告書、字が汚い。明朝までに再提出をお願いします。」
「・・・・・。」
レアは生真面目なのだ。俺には尊敬するエルヴィンと肩を並べて話せるようになりたい、その一心で日々執務をこなしているように見える。

しかしレアよ。
お前は奴に気に入られたいがためにここまでするのか____。


















今回の任務に駆り出されたのは6人。馬車3台に分かれて移動しているのだが、俺の方にはなぜかハンジだ。とても煩い。
今日は総統のご提案、だなんだで兵団組織のスポンサーを招く夜会が開かれる。今日は皆晴れ着に身を包んでいる。それにしても馬車に乗る前見た、レアのドレス姿は美しかった。普段は色気のない団服に身を包んでいるせいで、コイツの女らしさは大分薄れているのだと思う。


兵団主催のパーティなので、キース団長は先に会場入りしたらしい。ミケやハンジ、レアなど分隊長格含む俺達が後から向かう訳だが、副分隊長として来ているのはハンジの分隊のモブリットとレアの分隊の俺だけだった。少数精鋭という訳か。しかし、なぜこうも対巨人で力を発揮するものばかり集めたのかは分からない。

「リヴァイ。あなたはこの任務に初参加なので、今回は待機班のハンジの方へ付いて下さい。」

馬車から降りると、レアは俺にそう告げた。いや待て、待機班って何だ。何を待機するのか?夜会の中でうまく立ち振る舞うのが今回の任務であって、何も待機する必要はねぇだろ。
「おい、レア!お前、」
「では、私はキース団長とエルヴィンと挨拶回りに行きますから。後ほど。」

「まあ、リヴァイ。付いてきなって。マナーを知らない君が行っても邪魔になるだけだよ。」
ハンジは俺の肩を叩いた。後ろでモブリットは申し訳なさげな顔をしている。畜生、勝手な奴らめ。

会場は今まで見たこともない広いホール、高価な料理が綺麗に盛られた丸机が並ぶ。立食式の夜会だ。
待機班はフロアのテーブルで適当に食事を楽しんでればいい、らしい。俺はなるべく上品な貴族のいるテーブルは避けた。芋臭い商人と談笑してりゃ、待機も終わるだろ。しかしレアを目で追うことは忘れなかった。
すると、今までキース団長やエルヴィンと並びよそ行きの笑顔を浮かべていたレアがそこから離れた。隣のハンジはむしゃむしゃと豪華な食事を胃袋に詰め込んでいる。
「追うぞ、ハンジ__!」
「は?どうしたの?リヴァイ、」
「リヴァイさん、ハンジさん!待ってください!」

止めるモブリットを無視し、奥へと歩くリヴァイ。
彼が次にレアを視界に捉えたのは、彼女が見知らぬ男の背後に回りこみ口を塞ぎ、頸動脈をナイフで掻っ切るところだった。彼女はご丁寧に後始末も忘れない。く男を静かに倒し、ドレスを頸動脈の傷口に押し当てた。男が動かなくなると、どこで待っていたのかミケが男を抱え、レアと共に会場の外へ去った。

それはとても静かに終わった。周り大勢の客は何も知らない。誰も気づかない。
リヴァイはその場に立ち尽くした。
この一瞬で人を殺したのだ、彼女は。







「刺客だよ。紛れていたんだ、この会場に。」
ハンジが言った。彼女はこのような華やかな場にも血の気の多い場にも慣れていない。心臓が早鐘を打っていた。巨人を駆逐するのと人を殺すのでは訳が違う。

「一度外に出ましょう、我々待機班も。」
モブリットは2人を連れ出した。彼らの顔色はすこぶる悪い。良かった、待機班としての仕事は終わって。レアがあそこで刺客を殺せなかった時のために控えていたのだ。しかし自分達では到底あの真似はできないように思えた。

しばらくするとミケがリヴァイらのところへ来た。任務が完了したことを伝えるためだ。リヴァイは見当たらないレアを探して会場内を見渡した。すると、駐屯兵団のアンカと食事を楽しんでいる。染み一つない綺麗なドレス。着替えたのか?
周囲は賑わっていた。いつも通りの彼女。

なぜだ。なぜそう平然としている?モブリットもハンジも、なぜだ?仲間が人を殺したんだぞ?
醜い巨人は殺すべきだ。しかし、人間は守られるべきだろう?巨人から。俺達の手で。

そこで人が死んだのが嘘のような会場。何の穢れも知らないような彼女の澄んだ瞳。気持ち悪い。
ふと目が合って、彼女がニコリと微笑み手招きした。俺はお前の神経を疑うぞ、レア。
「リヴァイ!こちらへ来て下さいよ!」
止めろ、止めてくれ。
「リヴァイ??どうしたのですか?ひょっとして、何か気に食わないことでも?」
「触るな!」
「え?」

レアとカチリ目が合った瞬間の目眩。俺はその場に膝をつき頭を抱えた。



「大丈夫ですか?リヴァイさん。初めてですよね?ああいうの。」
モブリットに半身を支えてもらいながら会場の外へ出たリヴァイは、回らない頭で返事をした。
リヴァイはああいうの、は初めてではない。地下街という無法地帯で腐るほど見てきたつもりだった。しかし、初めて見た。あんなにも静かに殺人が行われたのを。レアには何の迷いもない。
モブリットは卒倒しないだけマシだ、と慰めのように言った。
「何だ、何を見せられた。これは何の余興だ。」
「刺客の排除ですよ。」
「調査兵団はこんなこともするのか、」
「ええ。資金を得るために。辛いですが、それが我々の現状です。」
「にしても、なぜレアが。」
あんな綺麗なヤツが、どうして。レアの下について半年。決して人類の英雄らしくない、彼女の人間らしさをリヴァイは好ましく思っていた。なのに、あのバケモノじみた所作を見せられては。
「___たまたま1番上手かったんです、あの人が。」
たまたま?幾ら才能が優れてたからって人間を殺すのは正しいことなのか?







「モブリット、やっぱりダメだよ。着替えても血の匂いは取れないね。」
レアが新品のドレスを靡かせ、僕らの方へ駆け寄る。彼女はもうその臭いに慣れてしまっただろうに。僕も、彼女から香るそれには慣れてしまった。血の匂いはなかなか消えない。

レアが初めてその類の任務に向かったのは、彼女が入団して1年、僕が入団して直ぐのことだった。巨人を殺す、仲間が殺される、凄惨な場面を幾つも見送ってきた彼らの中で、なぜか一番適性があったのは一番人らしさの残る彼女だった。彼女には迷いがないのだとハンジさんは言っていた。

しかし、そんな彼女とて人を人と思っていない訳では無い。思い出しては吐き気に襲われ、悪夢にうなされる日々が続いたのだという。

悲しいことにそれは、いつしか彼女の支えとなっていた。
いち早くエルヴィン分隊長に近づきたい、私も隣に並びたい。そんな彼女の願いを叶える支えとなっていた。

今もリヴァイはレアに軽蔑の視線を送っている。その正義感が許さないんだろ。きっとどの兵士を連れてきても同じだ。僕も最初はそうだった。

でも、忘れないでくれ。本当の彼女も。泣くことを忘れてしまった彼女のことも。




『ザックレー総統より、こちらが害を被る前に始末しろ、とのことだ。』

つい先日も、

『申し訳ありませんが、死んでもらいます。あなた方は害なので。』

君の見えないところで、君のために手を汚していた彼女のことを。

『てんめぇ!リヴァイの兄貴を返せよっ!!!』


どうか責めないで欲しい、レア分隊長のことを。
僕達は、こうするしかなかったから。



『なあ。
奴は俺達の全てだったんだぜ。なのに奪っちまうなんて、酷ぇよ。
今、奴は何してる?もう殺されちまったのか?』


『奴がもし生きてるなら・・・伝えてくれ。』



『___最後まで役立たずで・・・すまなかった、と。』







29.7.31



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