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壁の上の付属品、大きなベルが私達の帰還を知らせる。正面の門は開けた。
壁内の彼等は私達をどんな風に思うんだろうね。ハンジは比較的明るい面持ちの私を選んでそう言った。
「どうせ非難の嵐だろうね。でも、褒められたいから壁外に行っている訳ではないし、何を言われてもハンジの事だから明日には忘れてるよ。」
「はは!ごもっともです!」
今回の壁外調査の生存率は20パーセント。中でも負傷者が殆ど。ようやっと壁まで帰れたかと安堵を覚える暇もなく、予想通り降り掛かる野次。今回もこの有様か。税金の無駄遣いだな。そんなもの耳タコだ。
「ブラウンは……息子は…どこでしょうか?」
最早、恒例行事。キース団長はブラウンの母親に布の包みを渡した。確か、彼は体の一部しか。
私の場所では聞き取りにくい。団長が謝罪?をしたのか、その後に母親は泣き叫んだ。
団長とブラウンの母親を中央に、人集りが出来ていた。野次はすっかり止んでいる。私は隣のエルヴィンを見遣った。こんな時、彼がどんな表情をするかが知りたかった。汗の伝う顎、細められた目、彼もこちらを見ていた。
「レア、後方に歩みを止めるよう指示を。」
「ああ、はい。詰まってしまいますからね。」
私は頷いて行列の後方に指示を出した。言っても、20人の行列など大した長さではないのだけれど。
ブラウンも、その80人の犠牲の内の一人だ。彼が消耗品の一兵士に過ぎなくとも、彼の母親にとって彼は変えが効かない大切な息子なのである。
「何か直接な手柄を立てたわけではなくとも!
息子の死は!人類の反撃の糧になったのですよね!?」
団長はブラウンの母親に気圧され、もちろん!と反射的に答えた。
後ろでリヴァイが違ぇだろと舌打ちをする。まあまあと宥める余裕もない程張り詰めた空気。皆が口を噤んだ。
確かに、私達の中の誰もが彼女の気持ちに応えたいと思うはずだ。けれど、実際は。
「………イヤ…………
今回の調査で………我々は………今回も………
なんの成果も!!!得られませんでした!!!
私が無能なばかりに…!ただ徒らに兵士を死なせ!
ヤツらの正体を…!突き止めることができませんでした!」
「本当に降りられるのですね。
……………キース団長。」
「ああ。幹部のお前らには迷惑をかけたな。レア、もう団長と呼ぶな。」
「その事実も、呼び方ですら、私は悔しくて仕方がありません。
ですが、無念を晴らす為、共に剣を取った日々を忘れません。」
キース団長は次に訓練兵団に教官として配属されるらしい。空席となる次期団長には、エルヴィンが選ばれた。何年も前から彼だと決まっていたのだ。
「レア。発足は3日後だ。頼むぞ。」
そして、彼を真下で支える役も、数年前から私だと決まっていた。
「改めてお聞きしますが。エルヴィン。何故私を選んだのですか。」
「それは随分と今更な話だね。」
「今更ですね。
いつからか、私は貴方を支える役を任されていた。
貴方は勤務態度だけ真面目な癖をして、どうしようもない暴走思想をお持ちですから、他の人には手が追えないのでしょうね。」
「ふふ。そうだな、一理ある。
けどな、レア。それだけじゃないよ。
レアは唯一、私に抗ってくれる人物だったんだ。」
「抗う?それならリヴァイだって、……あ、彼は今ではすっかり丸くなってしまいましたが…最初の頃は随分と反抗的だったでしょう?」
「リヴァイより前の話だよ。忘れたとは言わせないよ。無慈悲だ、狡いだ、と大声で私を罵倒しただろ。」
「罵倒?失礼ですね。指摘ですよ、指摘。思い遣りを持ちましょうという。思い遣り程美しい物は、この世界にはないでしょう?」
「相変わらず大口を叩くな。そんな事、毛程も思ってないだろう。
ほら言え。この世界で最も美しい物は何だ?」
「……それは初めから、世界の神秘だと決まっています。」
「その思想、俺は好きだよ。レア。
その美しい物を見る為なら、君はどこまでも貪欲になれる。」
「ある程度の抑制はしますがね。」
「抑制なんてしなくて良いよ。
それこそ、俺がレアを買うところなんだからな。」
「本当……貴方は頭の可笑しい人だ。」
「心配してくれるのかい?ありがとう。」
「心配ですよ。貴方がその思想を披露して、周りにドン引かれていると思うと頭が痛い。」
「大丈夫。レアにしかお披露目していないさ。けれど、いつか皆にも語れる日が来ると良いな。」
「その日が来ない事を願うばかりですよ。」
29.5.6
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