4悔いなき選択

「え?本当ですかエルヴィン。リヴァイたちが巨人を討伐した?」
「ああ。しかも20m級の奇行種だ。」
「・・・驚きですね。私もその場に居合わせたかったなぁ。」

出立より十数時間。調査兵団は予定通り、古城を改造した補給所にて夜を明かす。兵士には各々食事や自由な時間が与えられた。中でも、着いて早々幹部クラスは会議に向かったが。
その会議を終え、エルヴィンはレアに声をかけた。彼は彼女のことを常に気にかけていた。いくら彼女が精神的に強くなったと見えても、先輩として、可愛い後輩のことは(否、それ以上の熱い好意だと周りの目には見えていたが。)構いたくなるものだろう。
して、そのまま2人は話しながら廊下を歩く。初めて試行した新陣形の改善点は何か、またリヴァイ達の様子はどうか。そして、冒頭に戻るのだ。
「リヴァイ達はフラゴン分隊長に迷惑をかけているようですね。まあ、ファーランは少しずつ言うことを聞くようになったとか。」
「はは。身勝手な行動が多く、未だ隊の統率が取れていないらしい。編成から数ヶ月だ。そんなものだろう。」
「はあ、なるほど。これからに期待ということですか。」
期待。その言葉に変革の一翼、という言葉を連ねてしまって、互いに黙り込んだエルヴィンとレアの足取りは重い。
なぜならそれは運頼みだからだ。リヴァイやファーラン、イザベルのことを妄信するしかないからだ。


“なあお前ら、上に行きたくねぇの?”
壁に寄りかかり、リヴァイはファーランの言葉を思い出していた。エルヴィンの持つ書類を手に入れた後殺し、依頼主から地上で暮らす権利を得る。これがリヴァイ達の目的である。
今、ファーランとイザベルはエルヴィンの荷物を漁り書類を探している。リヴァイはエルヴィンの足止めをする。そうしたぐずぐずした策を、リヴァイは嫌っていた。俺ならエルヴィンを簡単に殺せる。そう自負していたからだ。
クソ、遅ぇな。もう何分経ったか。そう考えていると足音が聞こえる。エルヴィンだ。その隣にはレアが大人しく並んでいる。リヴァイは内心舌打ちをした。

「____あ、噂をすれば。」
「こんな所に1人でどうした。部下は一緒じゃないのか?」
「部下じゃねぇよ・・・。」
「・・・そうか。」
エルヴィンはリヴァイと話を続ける気だ。それは多忙な分隊長にとっては必要ではない、社交辞令のような話だったので、彼にはきっと何かの意図がある。
「どうだ。兵団にはもう慣れたか。」
「どいつもこいつも暑苦しい顔して巨人巨人とうるせぇ。」
「当然だ。ここはそういう人間の集まりだからな。」
「そうだろうな。てめぇを筆頭にな。」

「今日の戦いは見事だった。初陣であっさり奇行種を倒すとはな。お前ほどの才能がいれば他の団員も心強いだろう。」
リヴァイは意外だと言うように目を見開いた。
エルヴィンから褒められるとは思っていなかったのだろう。はじめに少々荒く扱ったとエルヴィンは言っていたから。リヴァイの様子に気付いたレアは考える。
更に、彼は思い出すようにこう付け足した。
「あの時、先に戦って食われた兵士がいた。俺はそいつを食ってるのを見て戦い方を工夫することができた・・・。」
「・・・そうか。お前の言う通り、調査兵団は数え切れない犠牲の上に成り立っている。私達は外の世界について知らないことが多すぎる。」
犠牲の言葉に、リヴァイを視た。レアは怖くなった。これからリヴァイが誰かに期待され、英雄となっていくのだろうけど、彼女はそれを見たくないと思った。
そして、エルヴィンは呪詛のように続ける。
「だが世界を人類の手に取り戻すためなら、その礎として心臓を捧げることに悔いはないだろう。

誰ひとりとして。」
何年か前の話だ。人類のためではなく、なぜかちっぽけな私のために心臓を捧げる者がいた。レアは怖かった。
「エルヴィン・・・すみません。もう自分の隊のところへ戻ります。」
「そうか、レア。明日もよろしく頼んだぞ。」
「ええ__。二人共、おやすみなさい。」

「レア分隊長!お疲れ様です。食糧はこっちにあります。」
「ありがとう、モブリット。ところでハンジはどこにいる?」
「それが、勝手にどこかへ行ってしまいまして。」
「はあ、全く。遠足じゃないんだからお菓子は持ってくるなって、ハンジを叱ろうと思ったのに。逃げたのか?あいつは。」
「俺から言いましょうか?」
「だーめ。モブリットはハンジに甘いからな。」
「・・・あの。」
モブリットはレアの肩に自分の手を置き、顔を覗き込む。まるで彼女を慈しむかのように。
彼は彼女の昔馴染みだ。そして淡い恋心を抱いていた。彼女を追いかけて兵士に志願した程だ。ゆえに、彼が彼女の不調に気付かないはずがない。
「レア・・・顔色が優れないね。」
「そうかな?」
「嫌なことでもあった?」
しかし、彼女は躱してみせたのだ。
「いいや?このとおり元気だけど。
モブリット・・・心配しすぎだよ。それより自分の心配をして。君には死なれちゃ困るから、休養はしっかり取ってね。」
「けど、レアが、」
「心配ありがとう。じゃ、ハンジ探してくるから。」
「・・・・・。」
人類の英雄になってからというものの、レアは同期のハンジや昔馴染みの彼にさえも弱みを見せなくなった。いつも、爛れそうな心を引き摺り遠ざかる。そして彼も分かっているのだ。自分には彼女の背中を見送るしかできないのだと。



「酷い雨だ!こんな降り方見たことねぇ!!」
「この大雨では伝達が届きません!レア分隊長!」
「分隊の各班、一旦陣形を閉じる!私の後ろ、2馬身以内を走れ!」
「了解!!」
翌日は大雨に見舞われた。信煙弾での伝達は機能せず、雨が地を打つ音に声も届かず。陣形を見失うほどの視界の悪さであった。
レアの班は中央・荷馬車護衛班の左に位置する。未だ生きる自分が不思議で仕方ない。ハンジはそう思った。中央・指揮のエルヴィンの元へ走るレアの背中を見失わないように、彼女は泥濘に足を取られ落馬する兵士を眺めた。
そして、右の伝達班から上がる蒸気に。
「・・・!?どうした!?」
「レア!あそこ!蒸気が上がっている!きっとリヴァイだよ!行こう!行かなきゃ!」
「ハンジ!!独断専行はやめろ!!

・・・皆!ハンジに続け!フラゴンの分隊の援助に向かう!リヴァイ達を失ってはならない!!」

掲げた右手に高く刃を添えたレアに兵士は鼓舞され、ハンジに続いた。彼らは曇った視界の中、どこからか現れる巨人の恐怖に襲われながらもリヴァイ達のために走るのだ。
「うっ、ぁぁぁあああ!!!」
「見捨てろ!止まるな!!走れ!!!」
あの翼のためなら仲間、自分さえも犠牲にしてもいい。それは余程の覚悟がなければできないだろう。
「分隊長!巨人の死骸が見えてきました!」
「向こうにいるのは・・エルヴィン分隊長です!」

「ああ、今向かう。」
「レア!何を足を止めて____っ・・・。」



「エルヴィン。てめぇを殺す。そのためにここにいる。」
リヴァイは彼の首に刃を充てがった。しかし彼は一欠片の動揺も見せない。
「そうか__彼らは、死んだのか___。」
次に彼は懐からひとつの封筒を出した。ニコラス・ロヴォフの書類。真白なそれは地に撒かれた。
リヴァイは忘れるべきではなかったのだ。男の双眸、その清澄な水晶体が移してきたのは、無意味な赤だということを。
「おい、何のつもりだ。こりゃ。」
「ブラフだ。」
度重なる壁外調査の中止に、浮いた兵団資金。エルヴィンはニコラス・ロヴォフの横領を知っていた。ニコラスがリヴァイ達に取引を持ちかけたことも。そこまで知っていて、リヴァイ達を利用しニコラスを失墜まで追い込んだのだ。
リヴァイの頭にはイザベルとファーランが浮かんだ。なんだ・・・これじゃあ無駄死じゃないか。
「アイツら____命を捨てるのに割に合わねぇ。
くだらない駆け引きに巻き込まれたもんだ。」
取引は、何もニコラスとリヴァイで交わされたひとつではない。
「てめぇもな。」
掻っ切ってやる。その皮も何も元から1枚だったろ。彼はただ憎さだけに動かされ刃を引くと鳴る、皮膚を切り裂く音。
___しかし、エルヴィンは屈しなかった。
「くだらない駆け引き?

私の部下を、お前の仲間を殺したのは誰だ?私か?お前か?
共に私を襲いに来ていれば2人は死なずに済んだと思うか?」

俺は強い。ニコラスのために奴らを裏切らなければ、このまま変革の一翼となる逸材。
いや違うだろ。リヴァイは唇を噛んだ。あの時、俺が彼らを置いて行かなければ___
「そうだ、俺の驕りが、クソみてぇなプライドが_」
「違う!!巨人だ!!!
巨人はどこから来た?何のために存在している?何故我々を食う?
分からない。
我々は無知なのだ。
無知でいる限り巨人に食われる。壁の中にいるだけではこの劣勢は覆せない。
周りを見ろ。
どこまで走っても壁のないこの広大な空間に、我々の絶望を照らす何かがあるかもしれない。

だが壁を越えるのを阻む人間がいる。奴らは危険の及ばない場所で自分の損得を考えるのに血眼になっている。
無理もない。100年もの間壁に阻まれ曇ってしまった人類の眼には向こうの景色が見えていないのだ。
お前はどうだ?リヴァイ。お前の眼は曇ったままか?
俺を殺して、暗い地下に逆戻りか?

私達は壁の外に行くことを諦めない。
調査兵団で戦えリヴァイ!お前のその能力は人類に必要だ!!」

ここから先は取引じゃない。そう告げ、心を改めて新たに歩み尽くそうとする彼の上にも、彼女の足下にも、茜色の夕陽が差し込む。雨が止んだのだ。

横たわる半分の彼を映す虚構の中のリアル。無色透明な私の視界。
私が育てたバケモノは、遂に私の涙をも喰ったよ。だから彼の亡骸の前でも平然としていられる。その感情は最後にとっておくべきだった?もう今更、遅いけど。
レアは彼の首に纏わり付く金属を刃で切った。自由の翼を象った枷。それを繋ぐ鎖。
「あなたってひとは、本当に愚かです。___糞真面目な人間は早死すると、あれほど忠告したのに。
思えば、あなたには不遜な態度しかとってこなかった。けど_____。」


ひとつ、またひとつ。君の屍をも越えてみせます。人類にすべてを捧げた男、フラゴン・ターレット。
どうか、安らかに。








なあ、御免だろ。苦しんだ末に死ぬのは。

お前がやれ。必ず。






29.7.3



戻る 進む
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -