3羽のない鳥は飛べるのか

俺には分からない、ずっとそうだ・・・
自分の力を信じても、信頼に足る仲間の力を信じても・・・結果は誰にも分からなかった・・・



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調査兵団本部。
調査兵団団長キース・シャーディスの執務室に、ひとりの女兵士が駆け込む。レア・ロンバルドだ。現在、最年少分隊長を務めている彼女は交渉事に長けており、これまでにも資金援助団体を数多く獲得してきた。今回については、次回の壁外調査資金を確保するための交渉事をすべて任せたのだが・・・。
いつも冷静な彼女の焦った様子から、キースは不味い事態に陥ったと察した。

「ご報告です。
議会の承認は得られませんでした。このまま状況が変わらなければ、次回の壁外調査は中止せざるを得ません。」
「何、ではエルヴィンの長距離索敵陣形の案は、持ち越しか?!」
「・・・このままですと。団長、申し訳ありません。」

どうやら、ことは発言ひとつに影響力のあるニコラス・ロヴォフ議員が反対の意を示すという険しい状況。レアにもニコラスの面会許可が降りなかったという。

「何か次なる策は用意してあるのか。」
「自分は再び中央へ行くのみ・・・後はエルヴィン分隊長頼みです。
..
彼が、地下街で戦う兵士らを連れ帰れたら_____」
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「目標前方40m。エルヴィン。」
「ああ、恐らくあの柱で旋回、3手に分かれる。ミケは私と来い。」
「了解!!」

目標は3人。リーダーと思われる男は少々小柄だが__あれで間違いないだろう。分隊長のエルヴィンと副分隊長のミケは今、彼を追っている。
決して見逃すな。彼がエルヴィンらから上手く逃げたかと油断する瞬間、その機会を見極め、彼の立体機動のワイヤーを切る。エルヴィンの刃により、彼は体制を崩し大きな音を立て地に伏した。

「仕留めたか__」
「・・・・・いや、」
まだ、まだ来る。彼は次に拳を振り翳す。エルヴィンのブレードはそれを制すも、性質上、力負けし宙を待った。次来たら避けられないかもしれない。そう彼が思った時には、ミケが止めに入っていた。
「よせ!周りをよく見ろ!」

「離せ!このっ、」
「分隊長!ご無事ですか?」
「無駄に暴れるなイザベル。」
「・・・。」
ようやく状況を理解出来たのか、彼は大人しく抵抗を諦めた。彼らを改めて部下達に拘束させ、エルヴィンは彼らの外した立体機動装置を手に取り、その場で尋問を始める。
「いくつか質問させてもらう。これをどこで手に入れた?」
「・・・。」
「立体機動の腕も見事だった。あれは誰に教わった?」
「・・・。」

3人はあくまで口を割らず押し切ろうとしているようだ。ひょっとして、彼に全てを任せているのか?エルヴィンはそう推測した。
「お前がリーダーだな?兵団の訓練を受けたことがあるのか?」
「・・・。」
それでも彼は押し黙った。エルヴィンへの視線は凍てついており、瞳からは獰猛さも伺える。
地下街のことは分からない。一体、どう生きれば性根の曲がった子供が育つのか。
「どうやって私たちを殺して逃げてやろうかといった顔だな。
できれば手荒なマネはしたくないのだが___」
ゴッッ!と鈍い音を立てて、ミケがエルヴィンの合図で彼の頭を水の張る地面に打ちつければ、彼は唸り、至極恨めしそうにこちらを睨んだ。
「もう一度訊こう。
立体機動をどこで学んだ?」
「・・・。」

「誰にも習ってねぇよ!公僕の分際で偉そうにいばるな!」
「ゴミ溜めで生きるために身につけたのさ。下水の味も知らねぇお前らには分からんだろうよ。」
下っ端の彼らの言う通りだ。しかしこの惨状を見て何も思わないかと言えば、それは違う。俺は権力で、お前らを外へ引き出すくらいのことはしてやるさ。

「私の名前はエルヴィン・スミス。お前の名前は?」
「・・・。」
やはり彼は答えなかった。ミケが再び水の張る地面へ彼の頭を打ち付けると、彼は何度か噎せたが、それでも口を開かず、ただ睨むことを続けた。
「見上げた根性だが__
このままだとお前の仲間に手をかけることになるぞ。」
部下達がブレードを彼の下っ端ふたりの首元に据えると、漸く彼は言葉を発した。
「てめぇ・・・。」
「お前の名前は?」
この脅しは効いたか。この凍てつく瞳にも、仲間を思いやる心だけはあるらしい。
「___リヴァイだ」
「リヴァイ。
私と取引をしないか?」
あくまで同等から持ちかけることが大事だ。先程まで彼が頭を付けていた水の上に膝を置き、彼と同じ目線にしゃがむ。取引という名の、全てこちら側に取り引くための策。
「取引?」
「お前達の罪は問わない。その代わり力を貸せ。調査兵団に入団するのだ。」
「断ったら?」
「憲兵団へ引き渡す。
これまでの罪を考えれば、お前はもとよりお前の仲間もまともな扱いは望めんだろう。」

「好きな方を選ぶがいい。」
憲兵と比べれば、まともな扱いをするという点ではこちらの方が好条件か。
まあ、正直どちらも地獄だろう。

地下街の鳥が、意思高く飛ぶ瞬間を見た。
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エルヴィンとレアの働きにより、立体機動の術に長けた三人の新兵、また壁外調査の資金を獲得した。見事な働きを見せた同じ分隊長2人を、フラゴンは妬みもせず素直に受け入れた。しかし、彼には少々納得のいかない部分もあった。

「正直言って屈辱的です。
正規の訓練を経てきた我々に、犯罪者どもを受け入れろというのですか・・・」
「君の言い分は最もだ。彼らが原因で我々に命の危険が及ばないとも限らない。」

自分は上の命令に従いつつ仕方なく受け入れるとして、後は部下になんと伝えればよいのか。士気にも関わる大事な話だ。フラゴンが小さく呟くと、今回の元凶、対極に座るエルヴィンが口を挟んだ。
「フラゴン分隊長。君の言いたいことはよく分かる。現に彼らは兵士の体をなしていない。迷惑もかけるだろう。
だが、この先必ずや兵団の変革の一翼を担ってくれるはずだ。」
変革の一翼。エルヴィンの隣でレアが苦笑した。彼女ならこう言うだろう。大口を叩いて大丈夫ですか、など嫌味を。いや、エルヴィンには言わないか。あいつは彼に嫌われることをしないから。

「彼らにとって壁外遠征が最も重い罪にならぬよう、祈っておくよ。」

活力のある少女イザベル・マグノリア、切れ者ファーラン・チャーチ。そして幹部をも凌ぐ実力を持つリヴァイ。
入隊を発表された朝礼の場、3人は俺からすればなっていなかった。そりゃ長く住んでいた地下街から出てきたばかりで、外の常識を知らないのは仕方ない。しかし汚い敬語も敬礼も、とにかくフラゴンにとっては気に障る。

ああ、最悪だ。よりにもよって、俺の分隊に編入だなんて。
「フラゴン分隊長。」
「き、貴様!レア!どっから出てきた?」
「廊下の曲がり角から出てきたに決まってるでしょう。フラゴン分隊長、独り言は静粛にお願いします。
よりにもよって最悪な奴に聞かれるかも分かりませんから。」
「ああ・・・よりにもよって最悪な奴に聞かれたよ。」

なんだレアかと安堵する一方、フラゴンは今彼女に会いたくなかったと思う。彼女は狡くて聡い。いい顔をする相手とそうしなくていい相手をより分ける、苦手なタイプだ。その上人類の英雄と祭り上げられ、分隊長に昇格し調子に乗っている。
しかし、彼女は自分が嫌われていると知っていながら平然と嫌味を吐く。本当に憎らしい奴め。

「ええ。で、どうしますか?」
「どうしますかって・・・何をだ?」
「新兵のことで悩んでいるんでしょう?
もし、フラゴン分隊長の手に負えなければ私の分隊で預かりますよ。彼ら。
まあ、あなたに限ってそんなことは___」
「ないに決まってるだろ。まあ俺に、彼らを手なずける力があるのかは分からんがな。」
「はは、手懐ける?」
地下街の人間を人間と見ていないのですね。フラゴン分隊長らしい。とレアはくつくつ笑った。実に意地の悪く腹立たしいその様子を見て、しかし善良なフラゴンは自分の差別を省みた。
「いや・・・違うな。撤回してくれ。」
「フラゴン分隊長。エルヴィンは彼らが“変革の一翼”を担うと言いました。」
「ああ。そうだ。」
「しかし私達の偏見で、彼らがそうなる可能性を潰してしまう危険があります。だから私達は、ただ彼らを受け入れ尽くす。それしかありません。
それが壁外調査何回分か、あるいは人の命がいくつ必要かは分かりませんが。
数年前もそうでした。誰かが英雄にのし上がるためには、多くの人の命が必要だった。」

確かにそうだった。多くの命を踏み台に生きているのは____
「次は我々が託す番か。辛いな。」
「一概に託す者が辛いとは言えませんよ。
託すのは放棄することと同等ですから。」
「なっ・・・!自分の命を差し出す、潔い行いを放棄だとは。貴様はいかれてるらしいな。」
「はあ。分かってませんね。あなたは今まで託される側の人間として生きてきたはずなのに、部下思いすぎるようだ。」

部下思いとは褒められたのか?貶されたのか?フラゴンがそう思惟する間にレアは踵を返し歩いていく。

「辛いのはやはり、託されたものを一心に背負う享受する側。
それだけは、覆りませんから。」



「リヴァイ。ここで何してんだ?」
「・・・いや。何もない。」
「兄貴!さっさと飯食いに行こうぜー!」
「はしゃぐなイザベル。」
最後まで彼らは、リヴァイが聞いていたことに気付かなかった。また彼も、偶然聞いてしまっただけなのである。奴らが“変革の一翼を担う”俺らを“ただ受け入れ尽くす”・・・。イザベルに腕を引かれながら、リヴァイはレアの言葉を心の中で反復していた。
これから先のことをふまえれば、人類の期待はこの時から既に、リヴァイへ託されていたと言えよう。



数カ月を経て、彼らは再び壁の外へ駆け出す。彼らは壁から初めて抜け出した。

俺らを待ち受けるものは、敵ではない。自由だ。
この世界は残酷なくせに案外狭くて、俺らならどうにでもできる。
リヴァイは、広く、しかし偏狭な空を見て自由に思いを馳せた。





29.6.28



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