りとる×りとる | ナノ

 半人前の決心



「わー!」
「ふぅん◆」

エレベーターに乗って到着したのはうす暗い地下道だった。ピリピリとした空気と同時に中に居た人から鋭い視線が向けられる。ヒソカのことを知る何人からは動揺や、恐怖が伝わってくる。が、マユの姿を見るとみんなそれぞれ子供だ、女だ、あんなガキが…と口々に呟いて見下すように笑った。

マユはそんな視線も気にせずに口をぽかーんと開けながら、高い天井を見上げていた。ヒソカはその向けられた視線を楽しむように笑うとぺろり、と舌なめずりする。

「広いですね〜」
「そうだね◆」
「怖い人ばかりですね〜」
「楽しくなりそうだねぇ◆」
「…あんまりはしゃいだらダメですよ?」
「わかってるよ◆」

殺気立ったヒソカをたしなめるようにマユが注意する。その様子はどこか可笑しかったがすでに二人のことを気にする者はこの場にはいなかった。みな、試験前で殺気立っている。

「はい、番号札ですーどうぞー」
「どうも◆」
「44番?不吉ですね」
「それはそれで楽しくなりそうじゃないか◆」
「…そうですか」

マユも番号札を受け取る。45番。と書かれたそれを犬のぬいぐるみへとつけた。よし、と満足そうに笑う。

「じゃあお兄さん」
「ん?◆」

ヒソカさん、ではなくお兄さんと呼ばれヒソカはマユを見下ろしながら首を傾げる。それを見上げながらマユは可愛らしい笑顔で笑いながらぺこり、と小さくお辞儀をした。

「ここまで連れてきてくれてありがと!」
「………◆」
「お兄さんもがんばってね!」
「ん◆」
「ばいばーい!」

大きな声で手を振りながらヒソカから離れるようにマユは走り出す。その姿を見ていた周りの男たちは可愛らしい姿にそっと笑みを零した。

「(なるほどね…◆)」

ヒソカだけはそんな後ろ姿を見ながらも、相変わらず怪しい笑みを浮かべていた。試験中他人の振りをするであろうマユにどうやってちょっかいをだそうかと考えながら一人怪しく笑った。

「クックック…◆」
「「「(怖ぇええ…!!)」」」

それを見た周りの男たちは
そっとヒソカから離れていった。


「(みんな弱そう)」

一方マユは地下道をトコトコと歩きながらそれとなく周りを伺っていた。じろり、と鋭い視線が向けられることもあるが、みな子供だからと油断しているのか警戒することなく視線をそらしていく。

「(バカだなー)」

小さい頃から人を騙して生きてきたマユには、そんな大人たちが馬鹿らしくて仕方がない。見た目に騙されて、力量を測り間違えて、油断して。そこにつけこんで今まで生き延びてきたマユからしたら、手に取るように簡単に殺してしまえそうだった。

自分と比べても弱いな。
と冷静に辺りを観察していた。

「(…みんなより強い人、いないなぁ…)」

黙って出てきてしまったからきっと怒っているであろう幻影旅団のメンバーを思い出す。携帯は電話や逆探知が怖くてホームへと置いてきてしまった。

一応、とヒソカと連絡できるように小型の無線機はもらっているので万が一、ということがあっても大丈夫だろう。とは思っていた。

「(探して…くれてるかな)」

もし、わたしが勝手に出て行ってしまったことに対して誰もなんとも思っていなかったら…。そう考えると胸が苦しくなった。

わたしはいらないんじゃないか?
わたしは蜘蛛に必要ない?
わたしはみんなの足でまとい?

そんな言葉が脳裏をよぎる。

「(…っそのために、試験を受けにきたの!)」

足でまといにならないように、
一人前だと認めてもらえるように、
わたしを頼ってもらえるように、

「(そのためにわたしはここにきたんだから…)」

ぐっ、と目をつぶってマイナスな考えを振り払うように頭をぶんぶんと振って消し去る。いつの間にか周りには人が増えていて緊張した空気が張り詰めていた。

「(はやく始まらないかな)」

つまらない、なんて思いながらあまり人がいない隅っこでぼーっとしていた。

「よっ、お嬢ちゃん緊張してる?」
「………」
「まあこんだけ男がたくさんいたら緊張もするよなぁ…!」

いきなり男が話しかけてきた。少し小太りで人の良さそうな笑みを浮かべている。それを見ながら「ああ、この人は騙す側の人間だな。」となんとなく思う。自分も騙しながら生きてきたから騙す人間の顔、表情、言葉使いそんな何気ない仕草や雰囲気からなんとなくわかってしまう。


「俺はトンパ。お嬢ちゃんそんな怖い顔してたらせっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「…なんですか?」
「緊張すると喉渇くだろ?ジュースあるからよかったら飲みなよ!」
「…ジュース?」

勝手に話し始めたかと思えば缶ジュースをほらよ、と差し出してくる。十中八九毒か何かしらの異物が盛られているだろうなーと思いながら受け取ろうか断ろうか悩む。

―ひょい、

「あれ?」
「トンパさーん、これでジュース最後?」
「あ、ああ…」
「じゃ、ちょーだい!」

いきなり目の前のジュースが消えたと思えば、後ろから来た少年にひょい、と取られていた。トンパも目を丸くして驚いている。

少しつり上がった猫目に銀髪のふわふわとした髪の毛。歳は同じか自分よりも少し上ぐらいだろう。大人ばかりのハンター試験に同じくらいの子供が居て少しだけ驚く。

少年はトンパからジュースを奪い取ってごくごくと一気に飲み干してしまった。毒が入ってるかもしれないのに…と思ったが、騙されて飲んでしまったほうが悪い。と何も言わずに見守る。

「ふーありがと!喉渇いちゃってさぁー!」
「ああ…」
「ごめんね、横取りしちゃって!」
「別にいらなかったから」
「そっか……このおっさんには気をつけたほうがいいぜ」

トンパに空き缶を渡して少年は横を通り過ぎる時に、わたしにだけしか聞こえない程度の声でぼそり、と呟いていった。その言葉にやっぱり何か入ってたのかな、と思ったが少年はごくごくと飲んでいたし…大丈夫なのかな?と少しだけ心配する。

「ご、ごめんなお嬢ちゃん。さっきのでジュース最後だったんだよー」
「そうですか」
「ま、お互い頑張ろうな!」
「そうですね」

心にも思っていないだろうな、と思いながらも笑顔で答えてトンパに手を振って別れる。一人になってふう、と小さくため息をついた。

―ガッ! 「!」

と、いきなり後ろから肩を掴まれた。

油断していたわけではないが気づかなかったのは事実で。忍ばせていたナイフを取り出して掴んできた人の横っ腹にナイフを向ける。

「見つけた」
「…?」

その人が肩から手を離したので不審に思いながらも警戒は解かずにナイフを構えたまま振り返る。と画鋲のようなものが顔中に刺さっている、背の高い男が立っていた。怖い顔、と思いながらも見覚えもなくて首を傾げる。

「どちらさまですか?」
「あーこの顔じゃわかんないか」
「…なにかご用ですか?」
「ちょっと待って」

そういうとメキメキッ!と嫌な音を立てて顔が奇妙に変形していき骨格が変わっていつの間にかそこには知っている顔があった。

「や。」
「…イ、イルミさん?」
「うん。久しぶり」
「…わたし、帰りません!」
「うん。だろうね」

綺麗な黒髪に白い肌。無表情な人形のような男は無表情なままマユの言葉に答えた。

「クロロに探せって頼まれてさ」
「…クロロ、が」

その言葉にマユは少しだけ安堵する。

「うん。伝言もあるよ」
「…なんですか?」
「「試験を受けるのは構わん。だが、先に言え馬鹿。みんな心配するだろうが」」

心配、という言葉にマユは少しだけ悲しそうな顔になった。

「心配」されているということは、やっぱり自分はまだ子供だから、未熟だから、半人前だから認められていないから、ヘマをして蜘蛛の情報をばらしてしまわないか、なんて心配されてるんだ…。自分は信用されていないんだ、と落ち込む。

もちろんクロロが言う「心配」とは過酷といわれるハンター試験を受けて怪我をしないか、危険な目に合わないか、というごく一般的な感情だったのだがどうやらそれはマユには伝わらなかったらしい。

「「説教は帰ってきてからうんとする。だからとりあえず受かったらすぐに帰ってこい」」
「…!」
「だって」
「…えへへ」
「何笑ってるの?」
「受かったら…って、まるでわたしが受かるみたいな言い方だなーって!」
「そうだね。でも受かるでしょ、マユなら」
「当たり前です!」

さっき落ち込んでいたのが嘘のようににっこりと笑顔で頷くマユ。

「(単純…)」

ポンポン、と動物をなでるようにイルミが頭を撫でる。マユは機嫌がいいのか黙って撫でられたままでいた。

「あ、そうだ」
「?なんですか」
「俺マユを探す為だけに試験に来た訳じゃないんだよね。」
「お仕事ですか?」
「いや弟がね。来てるらしくて」
「弟…えーっとキルミ君でしたっけ?」
「…キルアね」
「それです」
「家出、っていうのかな。連れ戻しに来たんだけど…俺がいることはバラさないでね」
「わかりました」
「さっき少し話してたでしょ」
「そうなんですか?」
「うん。銀髪の」

銀髪と言われてさっきの少年が浮かぶ。あれがイルミさんの弟。全然似てない。雰囲気も、顔も。イルミさんの顔を見比べるようにじっと見上げていたらぐりん、と大きな黒い瞳がこっちを見返してきてびっくりした。

「そう。遠くから伺ってたらマユと話してるの見かけてさ。それでマユも見つけられたんだけどね」
「あのジュースって毒ですか?」
「さあ?ま、俺ら一家は毒は効かないように小さい頃から訓練してるからね」
「そうですか。じゃあ大丈夫なんですね」
「うん。毒でも何でも平気だね」

もしかしたらわたしが毒入りジュースを飲まないように、と助けてくれたのかもしれない。あとで見かけたらお礼を言わないとなー、なんて思ったけどイルミさんにそれを言ったら助けるなんて、ありえない。と言われてしまいそうだから心の中にしまっておく。

「じゃ、俺ギタラクルって偽名使ってるからよろしく」

そういうとイルミが自分の顔に針を刺していく。メキメキッ!と音がして顔が変形してあっという間に先ほどの怖い顔に戻った。

「わかりました。ギタクラルさん」
「……ギタラクル」
「ごめんなさい。ギタラルクさん」
「…もういいや」

とりあえずよろしく。とだけ言うとギタラクルの姿になったイルミはすっと人ごみに消えていった。

―ジリリリリリリ、

「ただいまをもって、受付け時間を終了致します」

うるさいベルと同時に燕尾服を来たヒゲの立派な人がいつの間にか立っていた。みなの視線が集まりしん、と緊張感が漂う。

「では、これよりハンター試験を開始します」
「(やっと始まった!)」

ふう、と小さくため息をついてマユは、んーっと伸びをした。

「(よし、がんばろう!)」

笑うその表情にさっきまでの悲しげな姿は一切消えていて走り出した試験官の後ろを追いかけて意気揚々と走り出した。


一次試験、スタート!
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