血、血、血の匂い
それだけがボクを満たす
他の何かなんていらない
アァ、あっちから美味しそうな匂い…?◆
「う、ぎゃあああ」
「た、助けてくれぇ!!」
「なんだいつまらないなぁ◆」
「ばっ化物ぉ!」
「それは褒めコトバ◆」
暗い路地裏。光も届かない暗がりで数人の男たちがおかしなピエロのメイクをした男から逃げていた。
全員顔は恐怖に歪み、怯え震えながら叫ぶ。
「来るなぁあああ!!」
「先に誘ったのはそっちじゃないか◆」
「ひっ、やめてくれ…死にたくなっ」
「バイバイ◆」
―ザシュッ…
ピエロのようなメイクをした男は
三日月のように目を細めて笑うと
手に持ったトランプを軽く投げた。
「ぎゃっ―っ!!」
「ぐあああっ」
変哲のないただのトランプのはずなのに
それは男たちにぐさりと刺さった。
トランプはまるで刃物のように鋭利で刺さった傷口から勢いよく血が吹き出た。
くぐもった叫び声を上げ
次第に倒れて動かなくなる男たち。
「あぁ、つまらないなぁ◆」
倒れた男たちを冷めた目で一別すると、刺さったままのトランプを回収しようとゆっくり歩みよる。
「ん?◆」
男はその場に立ち止まり少しだけ首を傾げながらビルとビルの隙間。何もないはずの空を見上げる。
「おっと」 ―ドサッ
そのまま落ちてきた何かを男は受け止めた。
「…なんだい、これ?◆」
「うっ…んん」
その腕に収まる何か。
それは女の子だった。
腕の中に収まりきらない髪の毛はさらさらと流れ落ち、月明かりを受けてきらりと光り天使の輪のように輝く。
透き通るような綺麗な黒だった。
だがそのところどころは血で汚れている。
「綺麗な黒、と赤◆」
男の口元がにたり、と小さく歪む。
意識はないが呻き声がもれている。
まだ生きてはいるのだろう。
「面白いねぇ◆」
男は楽しそうに
さっきとは違う笑みを浮かべると
―むにっ
「んっ」
「◆」
ほっぺたをつまんだ。
女の子は苦しそうに呻く。
「ほら、起きて◆」
「う…」
「…」
むにむにむに
「うう、…ん」
「早く起きないと殺しちゃうよ◆」
さらり、と怖いことをいう。
その顔にはさっきと同じような
暗い笑顔が浮かべられていた。
「うーん、起きないなぁ◆」
まるでなんとも思っていない。
冷たくて冷酷で残忍にも見える笑み。
「じゃあ殺しちゃおう」
さっきのようにニッコリ笑って言う。
男たちを殺したトランプをまた取り出すと
抱きかかえた女の子の首に添えた。
「バイバイ◆」
そう笑うとトランプをひいた。
首から血が吹き出して…
という風にはならなかった。
「…ん?」
「なんだいこれ」
女の子の首元にあてたトランプは
先ほどのように鋭利な刃物のように
女の子を傷つけることはなかった。
男は不思議そうにみる。
よくみると女の子の首元には
白い光のようなものが溢れていて
それがトランプを跳ね返しているようだった。
「ふぅん…これは、念?」
それは念能力と言われるもので
オーラという生命力のような力を自在に操り
攻撃、防御とさまざまな力になる。
厳しい修練でみにつくもので
こんな小さな女の子が使えるというのは
珍しいことだった。
「…面白いねぇ◆興奮してきちゃった…」
楽しそうにクツクツと喉で笑う。
「ほら、起きて◆」
―ゆさゆさ、
今度は優しく女の子を揺らす。
「ん、ううん…?」
「おはよう◆」
「ん、ん?…おはよう、ございま、す?」
真っ黒の瞳が目の前の男を見つめ返す。
どこか焦点の合ってないそれは
ぼーっと男を見ていたがパチパチと
瞬きを繰り返したあときょとんとした。
「…どちらさまですか?」
「それはボクも聞きたいなぁ…◆」
「あ、ごめんなさい。人に名前を伺うときは自分からいうのが礼儀でした。
わたしは…ゆあ…?ゆあ…です…」
「なんで疑問形なんだい?」
「…」
黙り込んで考えるゆあと名乗る少女。
ゆっくりとヒソカが腕の中からおろす。
腰まである黒髪が静かに揺れた。
「(なんでだろう…わたし、なにしてたんだっけ…そう…水族館…行く途中で…)」
「どうしたんだい?◆」
「…え、あ…なんでもないです」
「ふうん?ゆあ…だっけ?君の名前」
「はい。そうです。お兄さんは?」
「ボクはヒソカ◆」
「ヒソカ…さん?とても変わった名前ですね」
「ん?そうかなぁ…◆」
「あっ、すみません!あまり聞いたことのない名前だったので…」
慌てて訂正するゆあ。
ヒソカはまだニコニコとしている。
「で、ゆあは何者なのかな?」
「はい?」
「こんな路地裏で、しかもいきなり空から降ってきて、僕の攻撃を弾いて、僕の殺気を感じていないみたいで、ボクにはさっぱりわからないんだけど?◆」
ヒソカの告げた言葉にぱちくりと目を瞬かせる。
「路地裏…?空から?…どういう…」
「ほら、このトランプをみててごらん◆」
「?」
言われた通り素直にヒソカの持っているトランプをみつめるゆあ。ヒソカはそれをそのままスッと投げた。
―サクッ!
「?!!!」
そのトランプはそのまま路地裏に転がったままだった男たちの一人に突き刺さった。
「ほら、このトランプは簡単に人だって切れちゃうんだよ?」
「ひっ、ひとが…し、ししん…でっ」
「おや?死体をみるのは初めてかい?◆」
「ぅえっ…なん…は、やく…救急車っ…!」
顔を歪め口元を抑えるゆあ。そんな様子にも表情すら変えず、ヒソカは淡々と続ける。
「でね、キミをこれで殺そうとしてもね…ほら、切れないんだよ◆」
「…ひっ!」
さっき男に刺さったトランプがゆあの喉元に突きつけられた。恐怖で血の気がサァッと引き、カタカタと小さく震える。
「でも君のこと殺せないみたいだから…ああ、そんなに怯えるともっと虐めたくなる…◆」
うっとりとしたように、
妖しくヒソカは笑う。
ゆあはそんなヒソカの様子に本能的に何かを感じ取ったのかずり、とヒソカから離れるように一歩その場から下がった。
「ねえ、キミはなんでそんなに血塗れなのかな?◆」
「………え?」
思いもよらない言葉にゆあの動きが止まる。ヒソカに言われるがまま、ゆっくりと自分の手をみた。
ー赤、赤、赤、赤、赤。
「―ッ!!!?」
ゆあの手は真っ赤だった。
手どころか服も、体も、
血でべっとりと汚れている。
「う、あ…っ」
小さく呻きながらふらりとゆあの体が揺れる。
そのままその場に力なく倒れこんだ。