くろあか | ナノ

 五十四話 変わらない 懺悔



満月が輝く静かな夜。いつものようにイルミさんのお仕事のお手伝いでとあるマフィアの暗殺の為ビルへと向かっていた。

季節はすっかりと春へと移り変わり、夜も過ごしやすい温度へとなっていた。キキョウさんが私に、と用意してくれた濃い紺色のチャイナ服のような装束に身を包み、髪の毛は汚れるのが嫌だからと綺麗にまとめて低い位置でお団子にしてある。

「さてゆあ、今日はどうしようか」
「昨日はナイフのみ、でしたよね」

そう言いながら懐へと忍ばせたナイフを取り出す。ギラリ、と鈍く輝くのはイルミさんから借りているサバイバルナイフ。

女の私にも軽々と扱えるようなギリギリまで軽量化された細いボディに、骨も肉もスルリとまるで調理をするように切れてしまう鋭い刃。

イルミさんと仕事の時は、修行もかねて何かしらのハンデをつけている。昨日の仕事の時は「ナイフのみの暗殺」イルミさんが昨日教えてくれたことを心の中で反芻する。

(暗殺に置いて一番効率がいいのはナイフ。理由としては音がしない。静かに近づいて刺す。それだけで殺してしまえるから。)

(ええと、それから火薬等の匂いもしないため敵に気づかれにくい。)

(もちろん持ち運びも便利で、服に忍ばせておけるしターゲットと近接した場面でも使いやすい。)

と、そんなことを教えてもらいながら昨日の仕事はナイフのみで終わらせた。私としてはナイフは人の肉の感触がダイレクトに感じるから苦手だった。でも仕事中だし、そんな事は言っていられない。

「そうだ…そろそろ念も使っておこうか」
「いいんですか?」
「家だとキルに秘密にしたいから念の修行はさせてないしね」
「わかりました。…えっと今日は…強化系の調子があまり良くないです。『ささやく妖精』は威力が出ないかもしれません」
「そう」

自分のオーラの状況を把握する。”緋の眼”の影響もあって私のオーラ量は体調によってかなり左右される。

どの系統も扱えるのはいいことかもしれないが、1つの系統を特化した熟練の念能力者と比べると、どうしても1つ1つの系統にムラがある私は劣ってしまう。だから最近は身体も鍛えているし念以外の戦い方も学んでいる。

「そういえばゆあ」
「はい?」
「あのリボンって、もう使えるようになった?」
「『乙女のリボン』ですか?」
「そうそれ」
「毎日常に発動はしてますよ。ほら、今日も首に巻いてます」

ちら、と襟を捲ってみせる。首元には黒色のリボンを巻いていた。ただのリボンではなく具現化系の能力の『乙女のリボン』によって作り出したオーラで出来たリボンだ。

「美術館で…あまり上手く使えなかったんですけどね…」
「ん?そんなことはないと思うけど」
「へ?」
「ゆあリボンの発動が解けたのはいつ頃か覚えてる?」
「え、えっと…大きな声が聞こえて、その後男が3人侵入してきました。その2人を殺した後、1人が逃げたので…それを追って殺した…その後ですね」
「その後に電話した?」
「あ、はい!そういえばイルミさんの不在着信に気がついて折り返した前です!」
「ならやっぱりそのリボン、しっかりと発動してたよ」
「え…?でもその時には発動は解けてましたよ?」
「俺がゆあに電話をかけたのは依頼人が殺されたかどうか、確認するためだったからね」

そういえばあの時リボンの発動が解けたかどうかを聞かれて、伝えた時イルミさんは「やっぱり」と呟いて居た気がする。

「…あの時、依頼人は死んでいたんですか?」
「幻影旅団の奴の仲間がビルに侵入してたらしいし」
「じゃあ、胸が…酷く痛んだのは…」
「ん?」
「あっ、その…リボンの発動が溶ける直前…胸の、心臓の辺りがすごく、痛くなったんです…銃に撃たれたみたいに…」
「…へぇ」
「もしかして…その人の感じた痛みまで…」
「だとするとその能力、あんまり使いやすいとは言えないね」
「…ですよね」

がっくりと肩を落とす。自分が苦手な部分を補えるから上手く使いこなせるようになれば…と思っていたけれどまだまだ足りないらしい。

「まだ誓約と制約も曖昧な能力なんでしょ?」
「はい…距離と相手に触れている…っていうことだけです…」
「ならもう少しよくできるんじゃない?」
「そう…ですよね!」

まだ中途半端なんだから、もっとよくできるはず!と落ち込んでいた気分が一気に明るくなる。

なんだか励まされたようで、もちろんイルミさんにそんなつもりはなかったかもしれないけれど嬉しくてニコニコしていたら「…何笑ってるの」と、不審がられてしまった。慌てて緩んだ頬を引き締める。

「とりあえず今日は昨日のおさらいで武器は「ナイフ」のみ。念能力も使っていいよ」
「わかりました」
「俺はターゲットを殺るから、その間他の奴らをお願いね」
「はい」
「じゃ、またあとで」

そう言ってイルミさんは
音もなく静かに消えた。

「…よし、頑張るぞ…!」

首元に巻いたリボンを撫でてふぅ、とひとつ深呼吸する。それから意識を切り替えるように表情を消して、心を殺す。

(今日もわたしは自分の為に)

誰に謝る訳でもなく、後悔でも、懺悔でもなく、自分自身に言い聞かせるように

(人を殺します。)

小さく小さく呟いた。



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