―ギラッ 「ぐあっ」
月明かりにナイフか鈍く光る。それに気づかれる前に男の喉元を静かに切り裂いてそのまま絶をし、闇に隠れる。
暗い屋敷の中で一人一人確実に、素早く始末していく。
(…今日はほんと、安定しないなぁ)
ナイフに纏わせたオーラが揺れる。周をしてもすぐにユラユラとオーラが揺れてうまくナイフにオーラを留めておくことが出来なかった。こういう時だけはどうしても自分の能力が嫌になる。
「クソッ一体侵入者はどこに…っ!」
―グンッ ザッ 「あ、ぎ…!」
近づいてきた男を引き寄せてナイフで心臓を一突き。肉の感触と血が手に伝わる前にそれを引き抜く。
「あーナイフ…やだ…」
どうしても感触が手に残る。いつもだったら『ささやく妖精』を使うのに、今日はそれもできないし、イルミさんに「ナイフだけ」と言われてしまっているから銃も使えない。
心を殺す、なんてすごく難しい。感情がすぐ顔に出るね。なんて言われる私には無理だ。
カルトちゃんも、イルミさんも、いつもはニコニコしているキルア君もきっと無表情に、無感情に殺してしまえるんだろう。
(ヒソカさんは…楽しそうに笑うんだろうな…)
なんて考えたら自然と頬が緩む。その間にもまた1人、1人と確実に静かに殺していく。
「………ふぅ」
辺りがようやく静かになったところで一息つく。返り血で汚れた服を気にしながら屋敷の2階の廊下を音を消して歩く。
私の場合、イルミさんのように綺麗に音を消して歩くのは難しいので『ささやく妖精』で床を踏む瞬間に響く音を相殺してそれで音を極力減らしている。
もちろん音を消して歩く方法も練習してはいるけど、それはすぐに身につくものではない。生まれた時からそういう教育を受けているイルミさん達のようになるには、まだまだ時間が必要だ。
この世界にきて、人を殺すようになってまだ2年だ。もう2年かもしれない。それでもこの世界で生きていくには足りないくらいに自分は弱かった。
「…ん」
遠くから慌ただしい足音と気配を感じて物陰に静かに隠れる。
「クソッ…!」
どうやらまだ生き残っていた人が居たらしい。銃を構えながら怯えたように、汗をダラダラと垂らしながら走っている。
(そうだ…少し、試してみようかな)
ふと思いついて『乙女のリボン』を透明にした状態で発動した。それを男が通るであろう廊下の低い位置。大体ふくらはぎの位置に『乙女のリボン』をロープのように長くしてまるで足を引っ掛けるトラップのように伸ばす。
―グンッ! 「…うわっ?!」
ガンッ!と音が響く。透明にしているから走ってきた男は気が付かず『乙女のリボン』に足を引っ掛け、そのまま前のめりになって盛大に転んでしまった。
(まずは…成功…『乙女のリボン』を…)
男の足に絡まったそれを操作系の能力を少し合わせて操るように動かし、気付かれないように男の足へとリボンを巻く。
そのまま能力を発動すると、男が転んで打ったであろう足、腕、身体がじんわりと痛む。
(…っ、ほんとに痛みも…伝わってきちゃう…!)
本来なら相手の感情を読み取る為の能力なのに、制約と誓約が甘いからなのか、自分の力量不足なのかそれはわからないが感情と一緒に相手が感じている痛みまでもが伝わってきてしまっていた。
「うっ…クソッ…早く、逃げ…っ」
後ろを気にするように男が身体を起こす。焦り、恐怖、苛立ち、不安…そんな感情がグルグルと不安定に『乙女のリボン』を通じて伝わってくる。
(まずい…!)
男が階段へと向かったのをみて慌ててナイフを投げる。
―ヒュッ 「…っぎゃあ!?」
「……っぐ!…、……!」
それは上手く男の左足へと当たり痛みに叫びながら男が倒れた。その足からは血が流れ、廊下を汚していく。と、同時に『乙女のリボン』を通じて自分へもナイフで貫かれた左足の痛みが通じてきてしまっていた。
悲鳴を噛み殺して、足を押さえる。もちろんナイフは刺さっていない。血だって当たり前だが出ていない。
(落ち…つけ!)
(これは、わたしの痛みじゃない…!この意識は、いらないっ…っ、操作、リボンをまず解いて…いや、それよりこの痛みを…!)
その場にしゃがみ込みながら、リボンへと意識を集中させる。男の苦痛や、焦りがドンドンと流れ込む。それを一つずつ消すように、痛みで揺れる意識の中、オーラを集中する。
(痛みは…、いらない。男の感情だけを、リンクさせたまま…っ、消して…それで)
具現化させているリボンはそのままに、オーラを操作しながらリンクしている感情を整理していく。すぅ、と足から痛みが引いていく。
(…っよし!いい感じ!)
乱れた呼吸を整えながら男へと視線を戻すと、刺さったナイフを引き抜いて投げ捨て、足を引きずりながらズルズルと歩き出していた。
「ぐっ、まさか…もう!」
男から流れる感情が変化する。焦り、恐怖、不安。何かに追われているような焦燥感と、命の危機に対する恐怖、さらには背後を気にするような不安感。
ナイフを投げたこちらに気づいたのか?と思ったが男は一心不乱に足を進めている。静かにナイフを拾いあげた。男に慎重に近づき、ナイフを構える。
リボンから伝わる感情に変わりはなかった。いつでも殺れる…!とナイフを周で強化した瞬間
「…あ、がっ!?」
ードサッ 「…えっ」
男の感情が一気に膨れ上がったかと思うと、そのまま一瞬のうちに消えてしまった。そして男の身体が力なく倒れる。
「ん?あれ、ゆあ」
「イ、ルミさん?」
「案外早かったね」
男の倒れた体のすぐそばには返り血も浴びていないいつも通りのイルミさんが立っていた。