くろあか | ナノ

 四十五話 曖昧な夢



消えていく夢と失っていく何か、



気づけば泣いたまま寝ていたようでコンコン、と控えめなノックの音で意識が戻された。

「(いまの…夢…?)」

夢の内容は覚えていないのに夢を見たことは覚えていてあれ?と夢の内容を思い出そうとする。なぜか思い出そうとすればするほど、それがどんな夢だったのかが曖昧になっていく。

夢の内容は朧げではっきりとは覚えていないけど、お父さんが出てきたような気はする。懐かしいな、という感覚が少しだけ残っていた。

「(なんだろう…お父さんと話を、してたのかな?)」

その割にはお父さんとの会話の内容も、どんな状況で話をしていたのかも、お父さんの声も、お父さんの顔すらも曖昧で。その違和感の正体がわからないまま夢が曖昧になっていく。

まだ覚醒しない頭でぼーっとしながら、きっとイルミさんのお父様とお会いしたから、そんな夢を見たのかもしれない。とぼんやりと考えた。

扉が静かに開く気配を感じながらも未だに夢と現実の間ぐらいをゆらゆらと揺れたままだ。疲れていたのもあってか、まだ起きたくない。と睡魔が邪魔をして瞼が開かなかった。うー、と心の中でうなりながらこのふかふかのお布団が悪い!なんて人じゃなくて、布団のせいにした。

「………」
「(知らない、気配…誰だろ…)」

少し離れたところからじーっとこちらを見ているような気配を感じる。屋敷の執事さんか、メイドさんか、この屋敷に知っている人はイルミさんしかいないんだからわからなくても仕方がないけど。

起きようかどうしようかでうーん…と睡魔と戦いながら悩む。知らない布団でも場所でも寝られてしまう自分に少し呆れた。これだから危機感がないとかなんとか言われてしまうんだろう。

―スッ、

一歩、その誰かが近づいた。気配だけでそれを感じる。歩いた音がまるでしなかった。イルミさんも全く足音がしないけどそれと同じくらい静かだ。

起こしに来てくれたのかもしれないのに、完全に起きるタイミングを逃してしまっていた。どのくらい寝ていたかわからないけれど、体感的にお昼過ぎぐらいな気がする。どうしよう…と悩んでいたら視線が鋭いぴりっとしたモノに変わった。

(ああ…なるほど)

その視線にはわかりやすい嫌悪が含まれていて、微かに殺気も感じられた。きっとわたしのことをよく思っていない誰かだろう。

殺されるほどの殺気ではないし、まあいいか、と気にしないことにした。こういう殺されるかもしれない、という状況に対してわたしはあんまりにも耐性がつきすぎているような気がする。

(だって、いつもヒソカさんに言われてたし…)

そんな状況の方が可笑しいと思うんだけどなぁ、なんてこの場にいないヒソカさんに怒りの矛先を向けた。

そうやってだんだんと覚醒してきた頭でつらつらとどうでもいいことを考えていたら小さく、凛とした透き通った声が響いた。

「すみません」
「…っ!」
「起こしてしまいました?」
「あ、ううん、大丈夫です…!」

その声に驚いてガバッ!と勢いよく起き上がって慌ててその声の主を確認する。部屋の真ん中、わたしが寝ている布団から少し離れたところにいたのはカルトちゃんだった。

まさかの訪問者に驚く。

それと同時に寝癖とか泣いていたことを思い出して、バレてしまわないか少し恥ずかしくなった。手で必死に寝癖を直す。

「気分はどうでしょうか」
「あ、はい…もう大丈夫です…!」
「そうですか」
「えっと…カルト、ちゃん…だったかな?」
「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はカルト、と申します」
「あ、は、はい!ご丁寧にどうも!っわ、きゃあ!」

―ドサッ!

「………大丈夫ですか?」
「あ、たたた…だ、いじょうぶ…です…」

丁寧に挨拶なんてされてしまったものだから、寝たままは申し訳ない!と慌てて布団から出ようとして、毒がまだ完全に抜けておらず手足の自由が効かなくて、そのまま布団から落ちた。恥ずかしい。

起き上がりながら見上げるとカルトちゃんは首をかしげていてその黒い瞳と目があってドキリ、とした。

(わーカルトちゃん、可愛い…!)

本当にお人形さんみたいで可愛い。顔も小さいし、肌も白いし目も大きい。大人になったら美人になりそうだ。イルミさんと同じように表情は少ないけれど、呆れたような視線だけは感じ取れた。

「ごめんなさい、ちょっとまだ手足の痺れが取れてなくて…」
「召し上がった毒は即効性のあるものですが、持続性は薄いものです。あと30分もすればなくなると思います」
「そうなんですか…えーっと、何か御用ですか?」
「屋敷の中を案内するようにと言われました」
「へっ?!」
「もう少し休んでからの方が?」
「っううん!大丈夫、大丈夫です!これくらい!」

やったーーーー!!!と心の中で盛大に叫んでしまう。聞こえてないだろうけど、叫んでからはっ、と我に返って赤面。バカだ。

腕をぶんぶんと振って元気だと証明してみせる。カルトちゃんは相変わらず無表情だったが、なんだかまた呆れたような顔をしているのは気のせいかな…?あれ…?

「広いのでかなり歩きますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「そうですか」

相変わらず無表情で態度もどこか冷たい。いや、イルミさんだってこんな感じだけど、カルトちゃんはもう少し刺があるというか、よく思われていなさそうだな、と態度から察する。

そりゃあ殺気を少しだろうと向けるぐらいなのだから、嫌われていて当たり前なのだけど。

わたしの場合殺気を向けられることが常すぎて、あまりにも当たり前過ぎて、それが日常に溶け込みすぎていて違和感がないだけだ。

それでも嫌われていても、案内をしてくれると聞いてとても嬉しかったのだ。本当に嫌われているのだったらこうやって関わりを持とうとしてくれないはずだ。もし、シルバさんやキキョウさんの命令だったとしても、無視されたりしないだけましだし、こうやって話ができるだけでも嬉しい。

立ち上がって着物が着崩れているのに気がついた。自分の服が見当たらなくて、そのまま寝てしまっていたから皺がついてしまって慌てる。

「ごめんなさい…お洋服、せっかく借りたのに…!」
「お気になさらず」
「でも…」
「服はまだ運び終わっていないそうです。案内している間に運び入れておく、と先ほど伝える様言われました」
「何から何まですみません…」

すごく申し訳ない。ただの居候だというのに。着物を着なおそうとして汗の臭いが気になった。思えば仕事からシャワーを浴びてない。そんな暇がなかったのだけど。

自分の手のひらを見つめていると美術館での光景がフラッシュバックした。真っ赤な赤い血。壊れた建物。偽物の幻影旅団。死体。爆発のあとの焦げた臭い。それに…血の匂い。

「あの…その前にシャワーだけ、お借りしてもいいですか?」
「はい。この部屋は自由に使って頂いて結構ですので」
「ありがとうございます!じゃあ、すぐにシャワー浴びちゃいますね!」
「どうぞ」
「ごめんなさい、急いで出ますから!」
「………別に」
「はい?」

カルトちゃんが小さい声で呟いた。すでにシャワールームの扉を開けていたので部屋へと顔を戻してカルトちゃんをみる。

うつむいたカルトちゃんの表情は見ることができなかった。変わらず無表情かもしれないけれどなんとなく気になってじっと見つめる。その状態のままカルトちゃんはぽつり、と小さく呟いた。

「僕なんかに、敬語である必要はないですよ」
「え?なんで?」
「はい?」

きょとん、として聞き返すと
きょとん、として返された。

(そんな顔も可愛いなぁ…)

相変わらずわたしは考えることがずれてるよなぁ…なんて思いながら微笑んだ。カルトちゃんはそんなわたしも見ながら、少しだけむっとしたような表情をしていた。

イルミさんと同じで感情の起伏がない、というか少ないというか、そう思っていたけどまだ年齢が幼いせいか表情もよく見れば感情があって、そんなところも可愛らしく見える。

「わたしの敬語は癖みたいなものだから、もし気分を悪くさせたのならごめんなさい」
「…そういうわけでは」
「それにカルトちゃんだって敬語使ってるでしょう?」
「僕は…貴方は、兄様の連れてきた、お方ですから」

兄様の、と言った時に少しだけ表情が強ばったのを見逃さなかった。やっぱりそれがよく思われていない原因なのだろう。なんだ、こいつは。兄の何なんだ。と言われても正直言い返せないのが辛いところだ。

(弟子って認めてくれてないみたいだし…)

イルミさんは念の師匠でもあるしわたしとしては弟子というのが一番いい気がするんだけど、どうやらイルミさんはそれを言われるのは嫌みたいだし。

「それも気にしなくていいのに…わたしはただのおまけで、居候で…んーなんていうのかなぁ」
「………」
「わたしは帰るところもないし、行くところもない。こちらにもお邪魔させて頂いている身ですし…そう、この世界に居場所がないんです」
「居場所が、ない?」

そう呟いたカルトちゃんの顔がなぜか痛々しげで驚く。わたしの事を話しているというのに、そんな顔をするなんて。まるで自分もそうだ、と思っているような。同情ではなく哀れみでもなく、まるで自分を重ねているような…?

「えっと…だから気にしなくていいですよ。わたしのことは」
「…そうですか」
「あの、じゃあシャワーお借りしますね」
「はい」

どうしてそんな顔をするのか少しだけ気になったけれど次の瞬間にはすでに戻っていて。話しかける雰囲気でもなかったので、そのままシャワールームの扉を閉める。

「……変な、人」

そう呟いたカルトの小さな独り言は扉の閉まる音で届くことなく消えていった。



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