くろあか | ナノ

 四十四話 世界領域




「というわけで、残念だったわね」

ゆあからの電話を切って、後ろから痛いぐらいの殺気を当てている男へと振り返った。

不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。目が合う。睨まれる理由なんてないのに、不機嫌なのを私に当たられても困るんだけど。と心の中で悪態をついておいた。言ったら殺されるだろう。私もそこまで馬鹿ではないし、自分の力量はちゃんとわきまえている。

何しろ相手はあの幻影旅団の団長だ。

「おい、どういうことか説明しろ」
「どういうこともなにも、ゆあはもうこの街には居ないわ」
「説明になっていない」
「私はゆあが街を出て行くことになった、ということしか言われなかったわ」
「嘘だ。お前は何か隠している」
「そうね」
「………」

少し煽るとさらに額のシワが深まった。殺気やオーラの雰囲気からしてまずいことはわかるが、こちらも簡単にはやられない。それだけの策もきちんと用意してある。

(さて、どうしたものかしら…)

いきなり幻影旅団の団長が店にやってきた時には驚いた。しかも「ゆあという少女が働いているだろう。少し話しがしたい。」などと言い出したのだ。

情報を買っただけではなく、さらには直接会いに来た。ゆあは一体何をしたんだと思ったが、あの子のことだからまた変な事に巻き込まれているのだろう。そういうところがゆあにはある気がする。

巻き込まれる。
巻き込む。

いい意味でも悪い意味でも。

「ゆあはもう、この街に居ない。それだけよ」
「…なぜ」
「私も理由は知らない」
「そんなよくわからない少女を働かせていたのか?。情報屋の事を教えていたんだろう?ゆあもそうなのか?」
「どうかしらね。そうだとしてもゆあを調べた時は、裏の人間かもしれない、なんていう情報はなかったし」
「………」

私の情報屋としての力は知っているからそう断言すると団長は押し黙った。相変わらず威圧が凄まじい。そのせいかいつも以上に客足がさっぱりになっている。迷惑、営業妨害だ。とまた心の中で零す。

ゆあ目当ての客も減ってしまうだろうなぁ。とこんな状況ながらにふと思った。寂しくなるな、と考えてしまって自分で自分の考えに驚いた。気づかないうちに、無意識のうちにゆあがお店の一部になっていて、あの笑顔が見れなくなるのは寂しい、と感じてしまったのだ。

(…ほんと、変な子)

幻影旅団に目をつけられていたにも関わらず、上手くその手から逃れたらしい。それが納得いかないのか、目の前の男は苛立っているようで、それがなんだか面白い。

情報を一部伏せていたわけだから私にも、もちろん非はある。でもそのボロは出さない。絶対に。それはイコール自分の死に繋がるから。

電源を切らせたのは万が一、幻影旅団に電波の逆探知やハッキングが出来る人間がいたら、という事を考えてのことだ。

私が話した電話中の会話は聞かれてしまっているから、ゆあの肩を持ったことはバレている。だから私が嘘をついている、と疑っているのだろう。

「逆に聞きたいんだけど貴方はゆあに何の用?バイトの子を幻影旅団なんかに会わせたくないんだけど」
「…白々しい。お前はシャルやフィンクスが旅団の一員だと知っていただろう」
「知っていたから何?それをゆあに教えたら変に怖がらせるだけじゃない」
「…あいつは裏の人間じゃないのか?」

いやにしつこく聞いてくる。だけど、なんとなく状況は読めてきた。幻影旅団は、というか団長はゆあが能力者だと思っている。それで情報を買ったり、団員をゆあに近づけさせたりしたのだろう。

なぜ、という理由は私にはわからないけれど、ゆあがヒソカやイルミと一緒に殺しの仕事をしている事は知っている。もしかしたら仕事でばったり、出会ったのかもしれない。それで興味を持った、とか。

(まあ、理由なんてどうでもいい。)

とりあえずゆあは無事だ。それだけわかっていれば十分だった。どこに居るのかはわからないけれど、幻影旅団でも行方を追えない所にどうやら逃げたらしい。

たぶんヒソカやイルミがいち早く気がついて、動いたのだろう。ゆあはそういう自分の周囲のことに疎いからきっと幻影旅団が接触していたことも知らないままだ。シャルやフィンクスのことも結局最後まで気がつかなかったし。

(なんていうか…運がいいんだか、悪いんだか…)

そんなところもゆあらしい。周りに流されるくせに自分の意思は流されない。

「ゆあはただの女の子よ」
「…信じられない」
「だから、それは私には測りかねるわ」
「お前の能力をもってしても、それはわからないというのか?」
「…私の能力を勘違いしているようだけど、私の能力は情報を探す能力ではないわ」
「…何?」
「詳しくは企業秘密よ」
「…騙してたのか?」
「情報については100%事実よ。ただそれを調べる手段は能力じゃないってこと」
「……なるほど」
「ということで」

あまり自分の能力のことなんてばらしたくない。相手は幻影旅団だし。ゆあの事も大事だが自分の命だって大切だ。

団長に一歩近づく。もちろん警戒されてしまっているが、気にせずそのまま距離を詰めていく。

「大事な可愛い従業員を危険な目には会わせたくないのよね」
「…だったら、どうする?」
「このお店の主導権は私にあるのよ」
「どういう意味だ?」

団長が言い終わる前に念を発動する。
このお店の中が私のテリトリー。

「"クロロ=ルシルフル"を『ブロック』」
「っ!」
「もう二度とこのお店には来れないでしょうね。会うことももうないでしょう。さようなら、団長さん。『強制シャットダウン』」

―ブゥン…

念能力の発動と同時に団長の姿が消える。私の能力『世界領域-ネットワークマスタ-』これは情報を操作する能力でも、ネットをハッキングする能力でもない。

モアの系統は操作系だった。

それは指定した範囲、モアの円の中、その世界の中を操ることが出来る能力。相手の名前を知っていたり、相手の情報を手に入れていればいるほど、操作しやすくなる能力。

「さて、他の団員に見つかったら面倒だし、私も移動しなきゃねぇ」

ゆあには悪いけど、私も自分の命が惜しい。それにゆあとはまたそのうち、どこかで会えるような気がするのだ。なんとなく、そんな漠然とした勘。次に会うときも変わらず、ゆあはあの笑顔で笑いかけてくるのだろう。

「試験に落ちてたら笑ってやろうかしら」

そう思いながらモアはくすり、と小さく笑った。




「くそ…」

クロロはその場に立ち尽くしたまま小さく舌打ちとともに悪態を吐いた。さっきまで店に居たはずだった。それなのに目の前にある店が忽然と消えた。

消えたのではなく、認識できなくなったという方が正しいのかもしれない。どちらにせよ、モアに逃げられてしまったことに変わりはなかった。

『団長?おーい、団長?』
「シャルか…まんまとやられた…」
『そっちも?こっちもダメ。すでに家はからっぽだったよ〜』
「そうか…」
『手がかりなし?』
「ああ…ゾルディックの手回しもあるだろうしこれ以上の深入りは危険かもしれないな…」
『そっか…う〜ん…ゆあちゃんってやっぱりすごい能力者だったのかな〜』
「結局最後まではぐらかされたままだったな」

まんまとやられてしまった。

ゆあには逃げられ、家はすでに空っぽで何も残っておらず、モアに聞いてもはぐらかされ、さらには念能力で店から弾き出されてしまったようだ。目の前は喫茶店があったはずなのに、この目に映るのはコンクリートの塀。なぜか行き止まりになっているのだ。

欲しいものは奪ってでも手に入れる。今までそうしていたはずなのにここまでして手に入れられなかったものは初めてかもしれない。

「いや、諦めない。絶対に」

ここまできたらもはや
意地のようなものかもしれない。

「いつか絶対にしっぽを掴んでやる」



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