くろあか | ナノ

 四十話 低迷



気配も綺麗に消えてしまっていて慌てて男が立っていた場所に近寄る。

「(…なんだろう、念?)」

凝でよく床を見てみるとうっすらとオーラが残っている。さっき感じた違和感はこれだったらしい。

「(なんだろう…隠れてるわけじゃない…消える、移動、瞬間移動、する能力?)」

辺りを円で探ってみるが近くにそれらしい反応はない。円の範囲を広げて探ってもいいが相手に気づかれてしまう可能性もある。

銃を警戒しながらも一度しまう。少しでも気を緩めるとさっきの得体のしれない不安がまた襲ってきそうで、怖くて

「(…っ、今は、考えない…)」

頭をふるふると振って不安を払いのける。それでも違和感は拭えない。

「(…そうだ、お母さんがよく言ってた…不安なときは…一度目を閉じて、深呼吸…ゆっくり目を開ける…ふぅ…)」

それだけで世界が戻ったみたいに不安が小さくなっていく。気合を入れるためにパン!と思いっきり顔を叩いて自分に喝を入れる。意識を集中させて息を思いっきり吸い込む。それから溜め込んだ息を一気に吐き出した。

―キィイイイン…

人の耳には聞こえない音、いわゆる超音波と似たような音。それを美術館内に響き渡らせる。物や人に当たって微かに変わる音の違い、その反射音で建物の中を探ることができるのだ。

「(……上の階?)」

ほんとうに瞬間移動のような能力なのだろうか。だとしたら気配もなく消えたのもさっきいきなり現れたのも納得はいく。

「(とりあえず、追いかけて殺さないと…)」

幻影旅団ではないようだけれど、美術品を盗もうとしていたし始末するにこしたことはない。階段を静かにあがる。

いつでも『ささやく妖精』が
発動できるように円を発動する。

「(イルミさんの方は…どうなってるんだろう…)」

ふと階段を上がりながら考える。さっきの大きな咆哮。あれはきっと本当の幻影旅団だろう。だとしたら今頃幻影旅団と戦っているかもしれない。

「(…こっち終わったら助けに…いや、でも邪魔になっちゃいそうだし…)」

男たちの会話を聞いた感じ、さっきの咆哮と三人は全く関係がないのだろう。

「(幻影旅団を利用するなんて…)」

確かに名前で脅して隙はつけそうだし結果、幻影旅団にすべての罪をきせれて自分たちは瞬間移動の能力を使って簡単に逃げれてしまう。この間のパーティの時ももしかしたら同じような手口でやっていたのかもしれない。

「(…さて、このどこにいるかな…)」

上のフロアも同じように静かで絶で気配を消したまま進む。妙に静まり返っていてそれがなんだか気持ちが悪い。

「(『ささやく妖精』で牽制してもいいけど…)」

また逃げられたらめんどくさいのでとりあえず罠だとしても進む。なにより大声を出して本物の幻影旅団に見つかったら、そう考えると迂闊なことはできなかった。展示スペースに足を踏み入れる。

「!」

―ヒュッ! 「ちっ」

と、同時に目の前をナイフが掠めた。バッと飛び退いて銃を構える。『ささやく妖精』があるから銃はあくまでも相手を警戒させる為だ。

「(うまく円の中に入ってくれればなー…)」

そうすれば一気に音弾でやれるのに
なかなかそううまくはいかない。

「てめーのせいで計画がめちゃくちゃだ!」
「(…それは知らない)」
「嬲り殺してやるから覚悟しろ!」
「(負け犬っぽいセリフだなぁ…)」

顔を出して少し様子を伺うとダンッダンッ、と銃声。もう一度身を潜めながら相手の位置をなんとなく測る。

「(んーもうちょっと、なんだけどなぁ…)」

ギリギリ円の範囲外のようで最大の円の範囲が500mと言っても『ささやく妖精』を使うときはせいぜい5mぐらいが音弾を精密にコントロールできる距離なのだ。

あと2、3歩遠い。

「(とりあえず…一度近づいてみようかな)」

銃声が鳴りやんだタイミングにオブジェの陰から飛び出す。銃を向けるが男の姿を目で捉えた瞬間に、スッと姿が消える。

「(…便利な能力だなー)」

今度は円の範囲を広げてすぐに男の位置を把握する。

「(後ろ…っ!)」

―ダンッダンッ!

身体を翻して銃弾を避ける。
微かに服を掠めた。

「ははは!俺はそう簡単には捉えられねーぞ!」
「(ちょっとめんどくさいなぁ…)」

もう一度オブジェから飛び出す。男の姿を目で捉えるがやはりすぐに姿が消える。

「(んー足元のオーラ。あれが瞬間移動するときの目印…なのかな?)」

床に微かにあるオーラ。その印があるところを男は自由に移動ができるらしい。二回ほど確認してみたがどうやらこの部屋の中にも数箇所印があるらしく数の制限はないのかもしれない。

「(んー相手が近づいてくれるのを待つ…しかないかなぁ…)」

もう一度陰から飛び出す。銃を構えて撃つが瞬間移動されて簡単に避けられてしまう。後ろに気配を感じたのですぐにその場から跳躍して避ける。

「くそっ…ちょこまかと…!」

何回も繰り返しているうちにだんだんと男がイライラとしてくる。こういった銃撃戦はヒソカさんと修行で何度もやったことがあるから避けるのなんて簡単だった。

「(ヒソカさんの場合は容赦ないからなぁ…)」

男が瞬間移動するポイントを何箇所か覚えてしまったので避けるのも簡単で。相手が近づいてくるのを待つだけ、と考えていたところで

「これで、終わりだぁ…!」

―バッ!

と、男が後ろに瞬間移動してきた。
銃では埒があかないと思ったのだろう。

「…あはは」
「?!」
「ようやく近づいてくれましたね」

動きはなんとなく読めていたのでぐりん、と身体をひねる。ナイフが軽く右腕を掠ったが気に止めずに『ささやく妖精』を発動する。すでに弾がなくなっていた使い物にならない銃を男に向けながらすうっ…と音を吐き出す。

『弾弾弾!-ダダダ-』
「ぐ、ぎ、あがっ…!?」

目に見えない音弾が驚愕した表情の男に命中する。血を吹き出して男が倒れていく。どさり…と床に崩れると血がドクドクと流れて赤い水たまりができていく。

「能力はとても、いいな、と思いましたけど…さすがに隙が多すぎでしたよ」

なんてすでに動かなくなった死体にひとり言を呟く。もちろん返事はない。

「んーこのあと、どうしようかなぁ…」

イルミさんと合流してもいいけどわたしが居て邪魔にならないかなぁ…。弾が空になってしまった銃をホルダーに戻しながら顎に手をかけて考える。どうしよう。

「(それにしても、静か…)」

戦っているはずなのに銃声や爆音、そういった音が全くしないのが不思議だった。とりあえず上か、下に行って様子を伺おうかなー。なんて考えながら階段へと向かっていると

―ガクン…!

といきなり足から崩れ落ちるように身体の自由が効かなくなって力なく床にどざり!と倒れてしまう。

「っぎ、い、痛い…」

胸、心臓のある辺り、
そこが痛い、痛い、痛い。

「っは、ぐぅ…う…な、に」

まるで銃で撃たれた痛みのような鋭いズキズキとした痛みが襲いかかる。ぐっ、と手で押さえてみるけど血は流れていないしもちろん撃たれてもいない。なのに恐怖で身体がガチガチと震える。

「いっ、なに、一体、ぐ、あ…攻撃…?」

少しの間痛みと恐怖で動けずに床に転がったまま痛みに耐える。ギリギリと、痛む。息が苦しい。誰かの攻撃?どこから?一体どんな能力?とぐるぐる考えているうちにいつの間にか痛みが消えていて

「っはあ…はあ、はあ…」

息を整えながら立ち上がる。
するり…と腕から何かが落ちた。

「あれ、リボン…いつの間に発動解けてる…」

それは依頼主につけていた『乙女のリボン』で念を発動している間は透明にしてたのに今は赤色になっていて発動が解けていた。

「んー?」

痛くて勝手に発動解いたのかな?と考えてもう一度発動してみるが依頼主の感情も伝わってこない。

「気づかれちゃったかな…」

リボンを包帯のようにしてさっきナイフが掠った右腕に止血としてぐるぐると巻く。痛んだ胸も確認してみるけれど怪我はしてないし、痛みも嘘のように消えていた。

「とりあえず、イルミさんに一度連絡を取りたいな」

携帯をポケットから取り出す。と、画面には不在着信が入っていた。確認してみるとイルミさんからで慌てて電話をかけ直す。3コールほどで繋がった。

『もしもし』
「イルミさん!」
『……そっちはどう?』
「少し前の大きな叫び声。あのあと男が三人侵入してきました。でも、それは幻影旅団の名前を騙った偽物だったみたいで。とりあえず全員殺しておきました。」
『そう…』
「あの、イルミさん今どこですか?」
『…屋上』
「わかりました。合流します?」
『………うん』

いつもイルミさんは簡潔、というか簡素に返事をしてくるから間が少し長いのがなんとなく気になる。それに少しだけ緊張、というか周りを気にしているような?

「(いや、でも幻影旅団が近くにいるかもしれないんだし…それは当たり前か)」
『………依頼主なんだけど』
「あ、そういえばさっき急に『乙女のリボン』の発動が解けました。もしかしたら気づかれたのかもしれないです」
『………やっぱり』
「やっぱり?」
『こっちの話。とりあえずもう幻影旅団を追う理由がなくなったみたいだから。さっさと帰ろう』

追う理由がなくなった?なんで?それはどういうこと?イルミさんが始末したのなら「全員殺し終わった」とかそういう言い回しになるだろう。追う理由がなくなったということはまだ幻影旅団は生きている。

『…とりあえず撤退するから』
「んーわかりました。じゃあそっちに向かいますね」
『………いや、ちょっと待って』

なんだろう、と思いながらイルミさんの次の言葉を待つ。わたしは撤退、と聞いていつもヒソカさんに言われているのに油断をしてしまっていたのだろう。気をつけていても、ほんの一瞬、少しだけ、気を抜いて警戒を怠ったのだ。

―ダァンッ! 「っ?!!」

いきなりの銃声。キィン…と弾が弾かれた音がした。そして自分を包む暖かい白いオーラ。わたしの意志とは関係なく発動する念。お母さんの念が発動していた。

「即死」から、守る念能力。

「(ペンダント、念が、ってことは、いま、わたし、死ん…っ!)」

ざわざわ…と戦慄する。考えながらもとりあえず動く。近くにあったオブジェの陰に隠れてぐるぐると回る頭を落ち着かせる。

「くそ!くそ!くそ!殺してやる!出てこいっ!!」

ダァンダァン!と銃声。ちらり、と見ればさっき殺したはずの男が顔血をぼたぼたと垂らしながら銃を構えて殺気立たせながら立っていた。

「(生きてた?!…なんで!)」

確実にこちらの攻撃は当たっていたはずなのに。ちゃんと殺したはずなのに!顔に穴が空いてるのに何で生きてるの!

ぎりっと唇を噛み締める。少し落ち着いたところでようやく携帯のことを思い出した。イルミさんと電話している最中にその隙に攻撃されたのだ。

「…あ、れ?」

携帯に視線を戻して言葉を失った。

「え、え…」

うさぎの耳がついた携帯。可愛い白いしっぽがついた携帯。ヒソカさんが買ってくれた携帯。それが粉々に割れて見後に壊れていた。耳が折れてしっぽもボロボロで液晶は割れて電源も落ちていてもうそれは見事に壊れていた。

「こわ、壊れ、壊れちゃ…っ」

瞬間目の前がいきなり真っ赤に染まった。



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