「イルミさんどうします?」
「とりあえず依頼主に会いに行くよ」
「え、居るんですか?」
「このビルにね」
「…へえ」
そこまで自分のお宝が心配なんだろうか?わたしからしてみたら美術品なんて価値のあるものにはどうしても思えないからそこまでして守るものなのかなーと思う。
まあ、昨日みたあの絵は素敵だけど。クロロさんと一緒にみたマリステルの書いた絵をなんとなく思い出す。最上階に居るらしいので階段を昇る。
「護衛は連れてるみたいだし依頼主の命は護衛対象外だけど」
「わたしたちは幻影旅団を倒せばいいんですね」
「ま、そう簡単にはいかないだろうけどね」
「…そうですよね」
「ていうかさ」
「はい?」
「ゆあは幻影旅団を恨んでるの?」
「え?なんでですか?」
恨む?なにを?どうして?意味がよくわからずに首を傾げたらイルミさんははあ、と呆れたようにため息をついた。無表情のイルミさんが、珍しい!
「幻影旅団は、クルタ族を皆殺しにしたんだよ」
「…そう、でしたね」
「ゆあの母親の故郷なんでしょ?」
「…んーそうです、けど…自分が直接関わっているわけじゃないですし…」
「他人事?」
「…そうですね」
確かに幻影旅団はお母さんの故郷を襲って村人を皆殺しにした。あの日、わたしが夢のようにみた光景はとてもリアルで痛くて辛くて苦しくていま思い出しても目が痛むようで。
それでも幻影旅団を憎い。とは思わない。他人事、と言われたらその通りで。わたしはお母さんの故郷を知らない。罪無い村人を殺した。そう聞いてもわたしだって仕事でたくさんの人を殺している。
幻影旅団と何も変わらない。
「ゆあ少し変わったね」
「えっ、そうでしょうか…?」
「うん。やっぱりヒソカと一緒に居るのはやめたほうがいいよ」
「んー…まあ、そのうちヒソカさんはわたしに飽きると思いますよ」
「……なんで?」
「今はわたしが念能力を覚えて、戦えるようになってきて、成長を楽しんでいる…んだと思いますけど…」
「果実が…ってやつ?」
「はい。…わたしがヒソカさんの期待に答えられなくなれば、簡単に捨てられますよ。…元々そう言ってヒソカさんに拾われましたからね」
「強くならないと殺しちゃうかもね◆」と言われたその言葉を忘れたことはない。だからわたしは辛くても修行をするし、殺されたくないから、もっと強くなる。
「ふーん…今はどうだか。」
「……へ?」
「いや…なんでもない」
「え、え…?」
「そうだゆあ。」
「は、はい」
「『乙女のリボン』だっけ…言ってた奴できそう?」
「あ、他人の感情を『乙女のリボン』で感じとりたいってやつですか?」
「そうそれ」
昨日、美術館から帰ってすぐに『乙女のリボン』の念能力を「人の感情を感じ取る」という能力にしたい、と二人に相談したのだ。
わたしは人の気持ちを感じ取るのが苦手だ。何を考えているのか、とか何を思っているのか、とか何をしようとしているのか、とか。ヒソカさんによく鈍感と言われるし。
「制約と誓約…でしたっけ?」
「うん」
「少し考えてみましたけど、まだ安定はしてません」
「範囲は?」
「わたしの円の最大距離は500mなので…その中に対象者がいれば…たぶん」
「そう。じゃあ試しに依頼主に試してみてよ」
「えっ!?」
「このビルと美術館は500mも離れてないしね、ちょうどいい実験台になる」
「え、え…っと、大丈夫なんですかね?」
「なにが?」
「いやいや!だって、依頼主…ですよ?」
「どうせ念能力知らないよ」
「そ、そうですか…うーん…」
「それ、使えるようになれば便利だと思うよ」
そう言われてヒソカさんの役に立てるかもしれないなあ…。なんて考える。ヒソカさんに捨てられるとか、殺されるかもしれない、なんて自分で言っておきながらおかしな話しだな…と少し笑った。
「…じゃあ、試してみます」
「うん」
「あ、そうだ…今日男の子っぽい服装なんで、声も変えますね」
「へえ、そんなこともできるんだ」
「はい!…ん、あーあー…」
『ささやく妖精』を発動する。声の調子を整えながら低い少年のような声に変える。
「"どうですか?"」
「変わってるね」
「じゃあ、これで行きます」
「口調はそのまま?」
「変ですか?」
「…違和感がある」
そればっかりはね。どうしようもないですよ!声と姿を変えても中身はわたしだし。
「まあ、いいか」
「なるべく黙っておきますね」
「そうだね」
ようやく最上階へと到着する。銃を構えた男たちが何人も居てわたしたちに鋭い視線を向けてきた。イルミさんの後ろを静かについて行く。一番奥の部屋に入ると依頼主だろう、白髪の男が睨んでくる。
「遅いじゃないか!」
「…時間の指定はなかったと思うけど」
「幻影旅団はいつ来るか分からないんだぞ?!ったく…高い金を払ってやるんだから、しっかりしてくれよ!」
「………」
いきなり怒鳴る男。イルミさんのオーラが少しだけ重くなったけど男は構わずぎゃあぎゃあと喚き散らす。
「いいか…一つも奪わせるなよ?!」
「………」
「昨日、隣国から高い金を払って手に入れた美術品がたくさん展示してあるんだからな!」
そのあとも何億した絵画が、とかあの彫像は手に入れるのに苦労したとか騒いでいるのを聞きながら『乙女のリボン』を発動する。
「(どのタイミングで試そうかな…)」
いまリボンは透明にしている。これを相手に気づかれないように体のどこか一部につけるのだ。500m以内に対象者・自分がいる。リボンに対象者、自分が触れている。それに相手が気がついていない。
おおまかに決めた制約はこの三つ。
イルミさんをちらり、と伺うといつもの無表情のままだ。オーラは少し刺があるけど…。
「…そっちのガキは?」
「………」
「まさかこいつもか?!大丈夫なんだろうな?!」
「(うるさいなぁ…)」
「こんなガキで!…失敗したらただじゃおかないからな!!」
―『乙女のリボン』 しゅるん…
ずかずかと近づいてきてわたしの姿を上から下まで眺めてから吐き捨てるように叫ぶ。その隙に『乙女のリボン』を依頼主の腕へと巻き付かせる。透明にしているし、質感を空気のように薄くしたので男に気づかれることはなかった。
「もういいかな」
「……ちっ早く行け!」
依頼主はまだ何か言いたげだったがイルミさんがさっさと歩き出したのでわたしも続いて部屋から出る。ほんと、やな感じだったなあ。イライラするのはわかるけどああやってわかりやすく当たられるとすごく気分が悪い。
「ゆあ」
「…なんですか?」
「うまくいった?」
「あ、そうでした」
―しゅるん
少し忘れかけていたが
『乙女のリボン』を発動する。
「…苛立ち、焦り、恐怖、不安…?いろいろ混ざりすぎてて」
「ふうん。ま、わかるなら成功かな」
「そうですね。うまくいったみたいです!」
リボンから伝わってくる男の感情。まだコントロールが難しいので感情と言ってもぼんやりとしたなんとなくのものだけれど。
「行こうか」
「はい」
「油断禁物だよ」
「死なないように頑張ります」
部屋から出てそのまま屋上へ向かう。風が強くてぶるり、と寒さで震えた。ビルの上から美術館を見下ろす。距離はそんなに離れていない。
もし幻影旅団が美術館を襲うとすれば屋上から襲う可能性が一番高い。正面から堂々と襲う可能性もあるけど…。
「じゃ、とりあえず俺はここに居るから」
「わかりました。わたしは中の護衛に混ざってますね」
「何かあったら連絡して」
風が強いのでマフラーをきつく縛った。
軽く屈伸をしてから念で足を強化する。
「イルミさん、気をつけて」
「はいはい」
「いってきます」
―ダンッ!
勢いよくビルから飛ぶ。美術館の屋上まではそんなに距離が離れてない。雪が顔にあたって冷たい。たん、と最小限の音に抑えて美術館の屋上に着地する。振り返るとビルの屋上にすでにイルミさんの姿はなかった。
「(さて…お仕事開始…)」
意識を引き締める。今日の相手はいつものマフィアのような普通の人とは違う。念能力者。下手すれば死ぬ。ペンダントの念が発動するのは即死の場合のみ。怪我や毒には効果がない。
「(…まだ、死にたくない)」
お母さんが守ってくれた命。
ヒソカさんが拾ってくれた命。
イルミさんに助けられた命。
「(死ぬわけにはいかない…)」
嵐の前の静けさ。その言葉の通り、美術館の中は怖いほど静かだった。