「(挨拶長すぎね…)」
長々と芸術とは、だの哲学を語りだしたりどうでもいいことを喋っている館長をみてフェイタンははあ、とため息をついた。
フィンクスとのコイントス負けて殺しの役をとられてしまったのでこうやって会場に残ったが館長とやらの挨拶が長くて退屈だった。
いっそここにいる人間全部殺してしまおうか。なんて考えるが団長に怒られそうなので我慢する。きっと今頃団長は美術品を盗んでいる頃だろう。
「(完璧負けくじね…)」
もう一度ため息をついた。
挨拶を聞き流して辺りを観察する。
「(………?)」
ほとんどの人間が挨拶を真面目に聞いているのに一人だけ全然ちがうところをみている少女を見つけた。ベビーピンクのドレスに透き通るような白い肌。長い黒髪が対照的で白い肌をさらに際立たせている。
どこかの貴族の娘だろうか。つまらなさそうに長い髪をくるくると指で遊ばせていた。どこにでもいる少女なのになぜか気になってしまってじ、と観察する。オーラは一般人のものだ。
そのまま観察しているとふ、と少女が顔を上げた。そしてぐる、とこっちを向いた。
「!」
まさか気づくとは思っていなかったので驚いた。目線を外すのも忘れてそのまま見つめ合う。なんだ?と思っていると少女がとことこ、と静かに近づいてきた。
「あの」
「………」
「いきなりすみません」
「………なんね?」
少しだけ身構える。少女の大きなくりくりの黒い瞳がこっちをじ、と見つめてきてなんだか気まずい気持ちになった。
「(いや、ワタシは何緊張してるか!)」
そのまま少女の言葉を待つ。
「ちょっと聞きたいんですけど」
「………」
「これってお酒でしょうか…」
「………は?」
「わたしお酒飲めないんですけど、さっき配られて…」
「……ああ」
思いがけない言葉に一瞬だけ言葉に詰まる。そういえば乾杯の為にシャンパンが配られていたのを思い出した。
自分はもう飲んでしまっていたが少女の手にはまだ淡いピンク色のシャンパンがグラスになみなみ注がれたままだった。
「それシャンパンね」
「…ですよね。飲まなくてよかった…」
「……お前いくつね?」
「16歳ですよ」
「そのぐらいの歳なら飲んでも平気ね」
「え!怒られちゃいますよ!」
わたし未成年なんですから!と少女はちょっと怒ったように言う。見た目で勝手にもう少し若くみていたから16歳と聞いてびっくりしたが怒られる、ということはやっぱりどこかの貴族の娘なんだろうか。
いや、だとしたら自分みたいなよくわからない男に声をかけるのはどうなんだ?付き添いの人間もいないようだし少し不思議に思いながらも興味が湧いている自分に驚いた。
「あの」
「…なんね?」
「よかったら飲んで下さい」
「………」
シャンパンを差し出されたので断るわけにもいかずとりあえず受け取る。毒…と一瞬考えたがこんな少女がそんなことしてくるわけないか…と一瞬で考えるのをやめて飲んだ。じー、と見てくるので気まずい。
「何見てるか」
「…あ、いえ。美味しいのかなって」
「飲めばいいよ」
「えー?それはダメです!」
「ワタシがお前ぐらいの歳の頃には飲んでたよ」
「わー!不良ですね!」
ダメですよーなんていうのをみていつもだったら苛立つところなのにそんな気は起きずにむしろふっ、と笑みがこぼれてしまって慌てて口元を引き締めた。
「ヒ…お兄様がよく飲んでるので、興味はあるんですけど…飲むのはちゃんと成人してからって決めてますから」
「兄?」
「はい。全然兄っぽくはないんですけどね。まあ、過保護ですけど…いつも子供扱いしてくるし…」
「兄はそういうものね」
「んーからかわれてるだけな気もします…」
笑ったり、怒ったり、落ち込んだり忙しい女だな。なんて思いながらもそんなことない。なんて励ましている自分がいて
「(いや、ワタシは何楽しくおしゃべりなんてしてるね!)」
いつの間にか少女と長い間喋っていて。ぱちぱちぱち、という盛大な拍手で挨拶が終わったことに気がついた。
「あ、ようやく終わりましたね」
「長かたね」
「でもお話してたらあっという間でした」
にこっ、と笑う綺麗な笑顔に
思わずドキリ、としてしまって
「(だからワタシは何してるね!)」
さっきから自分は変だ。普段だったらこんな風に普通の女と喋ったりしないし、ましてやドキドキしたりこんなに動揺したりなんてしない。さっきのシャンパンにやっぱりなにか入っていたんじゃないかと疑いたくなる。
「楽しかったです。ありがとうございました」
「…別になにもしてないよ」
「そんなことないですよー」
じゃあ、館長さんに挨拶してくるのでこれで失礼しますね!と言って少女はぺこ、とお辞儀をして走っていってしまう。その後ろ姿をなんとなく眺めているとポケットに入れた携帯が鳴った。
「なんね」
「盗み終わったから帰るぞ」
「………わかたね」
電話はフィンクスで仕事は終わったようだった。ピッ、とすぐに携帯を切る。もう一度視線を戻すがすでに少女は人ごみに消えていた。いや、なに残念がてるかワタシは…
もう会うことはない。自分は盗賊で、向こうは貴族。ホールをあとにして外へと向かう。
「お、フェイ」
「物は?」
「今回の狙いは一つだったからな」
「ふん。ささと帰るね」
「…機嫌悪いな」
「別にいつも通りよ。団長は?」
「すでに外だ」
「…意外と早かたね」
「あーなんか護衛が侵入者だかで全員いなくてよ」
「…侵入者?」
「俺たち以外にもいたみたいだぜ」
暴れたかったのによー
と呟くフィンクスをみて嫌味に笑う。
「残念だたね」
「くそーまあ次の仕事で暴れるさ」
「フィンクスの出番はないよ」
「あん?」
そう。自分たちは盗賊。綺麗な世界に住んでいる少女とは全く真逆の汚れた世界だ。
「(ワタシには似合わない)」
綺麗な世界も、綺麗な少女も
「ささと帰るよ」
「…機嫌悪いのか、いいのかわかんねえなあ」
「悪くはないね」
「ふうん?なんかあったか?」
「フィンクスには関係ないよ」
「…てことは何かあったのか」
「だたらどうするね」
「まあどうもしねーけど」
「なら黙て帰るよ」
「へいへい」
美術館をあとにする前に
もう一度だけ会場を振り返る。
「(悪く、ないね…)」