短編 | ナノ


▼ 単純とは?

*IF 両想い設定

世の男とはなんとも単純な生き物だと、何処かで聞いた気がする。

しかし、ニーナは今その言葉を心の底から否定していた。なにせ目の前で理不尽に攻撃を仕掛けてくる男のことが、心底理解出来ないからだ。

「ひゃ、ひゃひゃひてぇぇ(は、離してぇぇ)」
「オーー、ニーナちゃあん。これで何度目だぁい?」

サングラスの奥の瞳はまったく笑ってないクセに、ニッコリと笑みを貼り付けて頬をぐいぐい無遠慮に伸ばしてくる男。秘密とはいえ、いまや世間で“恋人”と言われるものに近い関係であるボルサリーノの行いに、ニーナは涙目で訴えた。

「にゃ、にゃんにょひょひょひぇふは(な、なんのことですか)」
「遅刻しただろう。わっしが電話したのに〜」

そう言うボルサリーノにニーナはキッと目を釣り上げて物申してやろうと必死にその魔の手から抜け出た。

「ち、遅刻って。大体急に電話してきて、半日で戻れっていう方が無理ですよ。私あの時南の海(サウスブルー)に居たんですよ!それでも急いで、三日で戻ったじゃないですか」

あんな遠方から懸命に能力を駆使して、休む間もなく船を動かしてこの海軍本部まで戻ったというのに。その報いがこれなんてあんまりだ。

そんなニーナの恨み言など何処吹く風と言いたげにボルサリーノはニッコリと笑顔を貼り付けたまま。

「わっしは本部からそうそう動けないんだからぁ。わっしが会いたくなったらニーナちゃんから来るのは当然だろう〜?」
「だからって、移動に時間が掛かるのはしょうがないじゃないですか」
「じゃあニーナちゃんはわっしに会いたくなかったのかい〜?」
「なっ!?」

どうしてそうなる。という疑問が浮かぶものの、ボルサリーノは余裕げだ。ここで素直にそれを否定するのはとても悔しい。
彼とて答えなど分かっているだろうに。

ぐっ、と押し黙ってしまったニーナは、頬に熱が貯まるのを感じた。恐らく、赤くなっているのだろうことは、未だ余裕げに目の前でニッコリ微笑む男の所為で分かる。

ここで本心を言ってしまうのは簡単だし、それが良いのだろう。けれどそれはとてつもなく悔しいし、なんとも言えぬ敗北感を感じる。

「もう、知りません」

結局ニーナは素直になることは出来ず、最終手段としてフイと顔を反らした。

「おぉー、可愛いとこもあるねぇ〜」

小馬鹿にしたようにしか聞こえないその声に、ニーナはまた溜息を吐く。けれど次に頭を撫でにきた手は優しく、先程までの不機嫌さが男から消えていた。

何時の間に機嫌を治したのか、和らいだ雰囲気に訳が分からん、とニーナは苦笑を漏らした。





そうしてニーナがボルサリーノの理不尽さに嘆く回数は、恋人に似た関係になる前と比べて確実に増えていた。
本日も唐突に告げられたあまりの事態に、ニーナは慌てて目当ての男の執務室を目指す。

「ボルサリーノさん!!」
「おー、怖い顔だねぇ〜。ダメだよぉ、女の子が目くじら立てて大声あげちゃ」
「どうして私の遠征命令が全部取り消しになってるんですか!?」
「何か問題でもあるかいぃぃ〜?」

それがどうしたと言わんばかりのボルサリーノに、ニーナも流石に腸が煮える思いを抑え切れない。

確かに、海賊のニーナが海軍の海賊討伐遠征に同行する必要性は、はっきり言えば無い。けれど本部に居る間、自由な出航を悉く邪魔してくるボルサリーノの居るニーナにとって遠征は海へ出る唯一の機会だ。

いざ出航しようと思っても、ボルサリーノが引き留めにかかればニーナは何と言っても惚れた弱味だ、足を止めざるを得なくなる。

けれど海賊のニーナにとって何時までも海軍本部に縛り付けられたままというのは辛い。しかも、仕事で忙しそうにするボルサリーノと違い、本部に居ようとニーナにはすることが無い。せいぜいが海兵達との手合わせや、他の将校との雑談だが、それがずっと続いては退屈以外のなにものでもない。

だからこそ、センゴクに頼んで訝しまれながらも同行出来る遠征の数を増やして貰ったというのに。それを全て取り消されるとはどういうことだ。


別に、勝手に軍艦に乗り込んでも良い。モモンガやステンレス辺りの本部中将の遠征であれば、勝手に同乗してもそこまでセンゴクの怒りは買わないだろうし。
しかしだ、それをすればボルサリーノの理不尽な怒りが飛ぶのは明らかで。流石に自分の我侭でボルサリーノの怒りという名の八つ当りに、中将達を巻き込む気にもなれない。

つまりどういうことかというと、ニーナが苦い思いを噛み殺すしか出来ない訳で、流石に今回は堪忍袋の緒も限界を告げる。

「どうしてこういうことされるんですか!?」
「オー、随分お怒りだねぇ。わっしがニーナちゃんを引き止めておきたいと思うのが、そんなに可笑しいかい?」

しれっと言われた台詞に、ニーナはうっ!?と怯む。流石に直球で来られるとは予想していなかったので一瞬反応に困った。

ボルサリーノの言う通り、互いに気持ちがあると確認しあった関係だ。ボルサリーノの行動が、丸切り分らないと言う積もりはない。むしろ、そうやって会いたい、と言葉と態度にして貰えることに嬉しさすら覚えてしまいそうになる。

「そ、それは、分かってる積もりですけど……」
「全然分かってないだろう」
「分かってないのはボルサリーノさんですよ!何時もそうやって強引で勝手に決めて!一言仰って下さればいいじゃないですか」

何もこんな手の込んだ工作をせずとも、ボルサリーノが行くなと言えば何だかんだでニーナはそれを聞き入れるというのに。それをボルサリーノも分っているクセに。
それなのに自分には何も言わずに裏で手を回したり、他人まで煩わせるようなやり方を平気で取ったり。
今度という今度は流石のニーナも苦笑で済ませる気にはなれなかった。

そんなニーナを、ボルサリーノのまったく笑っていない眼がジッと見据える。

「オー、じゃあわっしが言えば何でも素直に聞くってのかいぃぃ?」
「う、それは……」
「違うよねぇ。気紛れに海に出るわ、遠征先で将校と二人で街の散策するわ。フラフラと落ち着かない海賊娘を、きちんと見張っておきたいと思うのは当然だろう〜?」
「そんな変な言い方しなくてもいいじゃないですか!遠征の時、同行してる将校の監視範囲で行動するのはセンゴクさんから出されてる条件です」

何故そんな嫌味な言い方しか出来ないのだ。将校にもニーナにも、ボルサリーノが不快に思う様な感情も思惑も一切無い。それは今までもこうして文句を言われる度に説明してきた筈だ。

「海軍相手に、海賊を疑うななんて言いませんよ!ましてやボルサリーノさんですもんね。でも、もう少しやり方があるでしょう」

相手は性格に捻りのあるボルサリーノだ。しかも海賊と海軍などという微妙な立場で、最初から全面的に信頼して貰おうなんて虫のいい話しが通じるとは思っていない。

それが分っているから、ボルサリーノが疑う度にそれを取り除こうと言葉も態度も示してきた。まだ足りないというならこれからもそれを続けていこう。
しかし、これだけ示してまるで伝わらないというのも、憤りを感じて仕方無い。

「わっしはこれでも充分譲歩してる積もりだけどねぇ」
「なっ!?」

まさに平行線だ。ボルサリーノにはこちらの話しを聞いて行いを改めてくれる気など、さらさら無いのだろう。だからといって、ニーナも譲る気にはなれなかった。

とは思うものの、これ以上ここに居て話しが進展する可能性は皆無だ。

「もう、結構です!」

それだけ声を絞り出すとニーナは踵を返して執務室を後にした。





そうして苛立ちのままに話し合いを放り出してしまったことを、ニーナは僅かに後悔しはじめていた。
あれから既に一週間。ボルサリーノとは当然口を効くことも、顔を合わせることすら無く。すれ違えば途端に目をそらし、姿を見かけた瞬間に隠れるという、なんともきまりの悪い生活を強いられているのだから。

思わず溜息が込み上げたが、ここが何処かを思い出し咄嗟に飲み込んだ。けれどそんなこと目の前の人物にはお見通しらしく、片眉を上げて訝しげな視線を向けられた。

「アンタがそんな顔をするなんてね。ボルサリーノと喧嘩でもしたのかい?」
「うっ!?わ、分かりますか?」

脈略も無しにいきなり核心を突かれ、ニーナは思わず固まってしまった。

偶然これから休憩だというつると鉢合わせ、どうせなら茶でも飲んでいけと誘われたのだ。そのまま静かに茶を啜っていた筈なのだが、いきなり飛び出した台詞に、流石つる、と感服する他ない。

つるにも告げたことのないボルサリーノとの関係を見透かされているとか、何も言ってないのにバレる程情けない顔をしていたのだろうかとか。
色々と気になる点はあるものの、相手がつるではそういった誤魔化しだとか表面だとか一切通用しないことに納得してしまえるから不思議だ。

そんな相手に、今更取り繕うなんて無駄なことをする気にもなれず、ニーナは素直に頷いた。

「喧嘩、と言えるようなものか分かりませんけど。私が一人で空廻っている感じは否めませんし」
「そうは見えないけどね。どうせ、ボルサリーノが勝手なことを吹っ掛けて来たんだろう」
「さ、流石おつるさん。もう私が説明するまでもないですね」

まるで全てを見て来たかのようだ。最早この方に知らぬことは無いのではないだろうか。
ウォシュウォシュの実に、相手の心を読む様な能力があっただろうか、と思わず考えてしまう。

「それで、一週間くらい気まずい状態でして……」
「そうかい。まあ、そういう時は徹底的に態度で示した方がいいからね。甘やかせば男は付け上がるだけさ。気の済むまで無視でもなんでもしときな」
「そ、そんな積もりでは無かったんですけど」
「同じことだよ。勝手な行動を許すばかりじゃ増長するだけだからね。たまには痛い目を見せて手綱を握っときな。特に、ああいうタイプは」

辛辣なつるの言葉にニーナは苦笑する。別に意趣返しの積もりで避けていた訳ではないのだが。というより、ボルサリーノがたかが自分に避けられた程度で行動を改めてくれるものか。いや、むしろその後でもっと酷い仕返しが来そうで怖い。

「勝手過ぎるって、思わず言っちゃったんです」
「まあ分らないでもないよ。その現状じゃね、ボルサリーノも少し強引になるだろう」
「うっ、それも、お見通しですか?」
「少なくともアンタが、立場だなんだ全部構わないって放り出して明確な関係を作るほど、考えなしじゃないってことくらい、分かるよ」

まさにその通りなことを言い当てられ、ニーナは気まずさに俯いた。

ニーナはボルサリーノとの関係を“恋人に似たもの”としている。ボルサリーノも明言していないが、恐らくその考えは伝わっているだろうから、同じ気持ちの筈だ。
恋人だなんて互いを優先できるような立場には、ボルサリーノもニーナも無い。

海軍と海賊という位置など、とくにそうだ。海軍の地位を考えた時。海賊としての信念を思った時。それを捨てられる様な生き方を、双方してきてはいない。
もし、何かの時は互いに立場を優先するだろう。それは意志に関係無く。
そしてその覚悟を疑われる様な理由になる関係にする気にもなれなかった。

万一の時、二人はどういう関係だと聞かれた時、“恋人”だったなら何も無いというのは嘘になる。けれど、今の“恋人に似たもの”ならば何も無いと言っても嘘では無い筈だ。

「それでも、気持ちを確認し合うくらいには互いに感情があったんだろ」
「……はい。そうなりますね」

俯くニーナに、つるは紅茶のおかわりを注いでやると、またソファに身を沈めた。

「なら分かるだろう。本来なら、あれをしろ、これをするな、って言える関係じゃないんだ。でも、それじゃ余計に身勝手になるものさ。男ってのはそういう生き物だからね」
「…………でも、もう少し譲歩して貰いたいというか。もどかしいというか」

どうすればボルサリーノに分かって貰えるのか。考えるニーナだが答えは出せない。

「そう難しく考える必要はないよ」
「へっ?……どういうことですか?」
「関係は今のままで良いんだろ。なら、アンタがそこまで悩むまでもないって話だよ」
「えぇっと、はい。微妙な関係が不満だとかそういうことではないんですけど……」

しかしボルサリーノの強引さや身勝手さをもう少し軽減できないか、と悩んでいるのに。

「だったら、そう身構えず。ただちょっとしおらしく甘えて見せれば言う事も聞くだろうさ」
「はい?えっと、甘える……ですか?」

思っても見なかった答えにニーナは首を傾げる以外出来ない。

「えっと、多分今凄く怒ってると思うので、甘えるなんて余裕は無いような」
「逆だよ。こういうのは飴と鞭って奴さ。一週間無視してやったんなら、今はちょっと飴をチラつかせるだけで大人しくなる」
「は、はぁ…… でもそんな簡単には」
「男ってのは単純なものだよ。物は試しだ。一度やってみな」

単純、というつるの言葉にニーナは思い切り首を傾げた。少なくとも、あの何を考えてるのか判りづらいボルサリーノという男に、その単語が当て嵌るのだろうか。




納得しきれない部分はあるものの、何時迄もこの状態という訳にもいかない。話しかける切っ掛けが出来たし、物は試しだ。
一応、しおらしく、つるのアドバイス通りの科白をいくつか使ってみるか。と、ニーナはボルサリーノの執務室の扉を叩いた。


「お、お邪魔します」

恐る恐る覗き込んだ先では、机に向かい書類に目を通す黄色のスーツの男が居た。

「オー、これは意外だねぇ〜。もう気は済んだのかいぃぃ?」

ニーナの姿を確認すると同時にこの言い様。さきほどまで固まっていた筈の決心が崩れそうになるのも仕方ないだろう。

けれどここで負けてなるものか、とニーナはつるの指示通り、無言でボルサリーノに近付く。一瞬サングラスの奥の瞳がギラついたように感じるが、それも無視だ。
そのままボルサリーノの膝の上に座ると、ギュッと首元に抱きついた。

「あの、ボルサリーノさん」

ここまでは順調だ、とニーナは拒絶されなかったことにホッとした。
そしてやはり、久し振りに感じたその存在に、どうしようもないほどの心地良さを覚える。

「好き、です」

か細い声だったがボルサリーノには届いたのだろう。ピクリと肩が跳ねたのがニーナにも伝わる。

「ほぉ〜、随分素直だねぇ。今朝まであんなに反抗的だったのに」

しまった、来るか!?といつもの攻撃に備え、頬をぐっと引き締める。が、どういう訳か頬は無事で、代わりに大きな腕に抱き込まれていた。

これは、もしや作戦が有効だったのだろうか。ならば次の段階へ、とニーナは抱きついていた腕を少し緩めて体を離すと、ボルサリーノを下から覗き見た。

(しおらしく……しおらしく……)

そう心の中で繰り返しながら、つるのアドバイスを思い出す。

「だから、遠征に行かせて下さい。お願いします」
「…………」

(だから、っていうのはやっぱり筋が通ってないような)

つるの決めた科白に、ニーナはそう聞いたのだが「いいんだよ。男は単純なんだから」との答えが反ってきた。

これで本当に良いのだろうか、とニーナがチラリとボルサリーノの顔を改めて窺うと……

「オー、しょうがないねぇ〜〜」

そんな言葉が降ってきて、仕掛けた筈のニーナが思わずポカンとしてしまった。

「ちゃんと帰ってくるんだよぉ〜。あと、あんまり将校と馴れ合わないようにね。約束出来るかいぃ〜?」
「は、はい!約束します」
「じゃあ、行っといで」
「本当ですか?あ、じゃあさっきガープさんが遠征だって言ってたので、行ってきます!」

あまりに上手く運んだ事態に、ニーナの方が呆気に取られそうだが、折角許可が出たのだ。ボルサリーノの気が変わらぬ内に実行しなければ。

「ニーナちゃん」
「は、はい!」

逸る気持ちで廊下に出た途端、有無を言わせぬ声が降ってきてニーナは何事だと振り返る。
そこには、声の主ボルサリーノがなんとも言えぬほどニッコリと笑顔ですぐ後ろに立っていた。

「えっ?」
「帰ったら、真っ先にわっしの所に来るんだよぉ」
「あっ、はい」
「じゃあ、気をつけてねぇぇ」

その言葉と同時にパタンと閉まった扉。

これは、流石になんと言ったらいいのだろうか。ボルサリーノの機嫌が良すぎるように思う。あの笑みは実際、とことん機嫌が良くないと拝むことが出来ないものだ。

一体、彼に何があったのだ。と混乱するニーナの耳に、つるの一言が甦る。

「男は単純」

未だ完全に納得出来る言葉ではない。けれど一つ言えることは、次ボルサリーノと仲違いした時も、またつるに助言を願った方が良さそうだ。

それだけ心に決めると、ニーナはくるりと踵を返した。

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