短編 | ナノ


▼ 好み

今日も海軍本部将校達は、その地位に相応しく職務を全うにこなしていく。

新兵の様に落ち着きなく膨大な仕事量に目を回すでもなく。かと言ってクセのある上司(一部の大将)や先輩(一部の英雄)の様に仕事を適当に流したり、ましてやサボるなど決してしない。

中庭に面した廊下を歩くモモンガも、当然の如く至極真面目な態度で仕事をする男だ。
なので、職務中にも時折見掛ける海兵達の雑談や息抜きというサボりにも付き合うなどせず、注意するかそのまま素通りするかの筈だ。

けれど、今日は流石のモモンガもその足を思わず止めてしまった。そして見てしまった光景に唖然と口を開く。
なにせ海軍が誇る最高戦力“青キジ"と“黄ザル"が揃って中庭の植込みに隠れる様に身を寄せて反対側を伺っているのだから。

中将にまで上り詰めた普段のモモンガであれば、冷静な判断で関わるべきではないと、その場を立ち去っただろう。
けれどその二人が揃った時、その先に居るだろう人物が容易に想像できてしまい。その所為かは分からないが、無意識の内に声を掛けてしまっていた。

「あの、青キジ殿、黄ザル殿。一体何を……」

途端、振り返った二人のギロリと光る双眸に、モモンガは一瞬命の危機を感じた。常人であれば失神するであろうその状況で、崩れ落ちなかったのは流石というべきか。けれど咄嗟に頭上から掛けられた重圧に逆らう程平静ではなく。

気付けば二つの腕に頭から地面へ押さえ付けられ、大将二人の間に倒れ込むという理解不能の状態を強いられていた。

「しィィ。静かに」
「バレちゃうだろォ〜。黙っててねー」

右から氷、左から光。モモンガは黙ってコクコクと頷くことで身を守った。
すると、自分達が身を隠す植え込みの反対側から聞こえてきた話し声。

「えぇっ、スモーカーみたいなのが好みなんじゃないの!?」
「そ、そんな訳ないでしょう!スモーカーさんはただの上司ですよ」

そこに見えたのはやはりというか、ニーナ。どうやら仲の良い女海兵二人と雑談中らしい。
とはいえ、一体大将二人がこんなことまでして何を、とモモンガは疑問に思う。が、そんなこと聞ける筈も無く、大人しくそのまま息を潜めた。

「ごめん。私てっきりたしぎちゃんとスモーカーがお似合いだなぁって思ってたから」
「あら、ニーナ。貴方そんな風に見てたの?ヒナ意外」

驚くニーナにたしぎが思い切り首を振って否定の意を示す。それを見守るヒナも多少呆れた様子だ。とはいえ、その呆れがニーナに対してなのか、それともここには居ない同期に対してなのかは解らないが。

「じゃあどんな人がいいの?」
「えっと、優しくて誠実な人なら…… あ、あとは刀の話が出来れば嬉しい、かな」
「たしぎちゃんらしいね」

どうやらそういう内容の話題で盛り上がっているらしい。と、そこまで理解してドキッとモモンガの心臓が脈打った。
つまり、この後はもしや………

「それより、私はニーナの好みの方が気になるんだけど」

やはり!
緊張感が高まったのはモモンガだけではなかったようで、右からも左からもピリピリとした空気が漂ってくる。

真剣な三つの視線の先では、ヒナの質問にニーナがキョトンとしていた。

「えっと私は特に、何も……」
「えぇ?ニーナちゃんでも何かあるでしょう。強い、とか、優しい、とか」
「うーん、あんまり好みって考えた事無いかなァ」

少し考える風に首を傾げて見せるニーナだが、その答えにたしぎとヒナは不満そうだ。

「それじゃあつまらないじゃない。ヒナ退屈」
「何も無いの?」

双方から批判的な視線を向けられニーナも焦るが、本当に彼女達の気に入る様な答えは持っていないのだ。
そこで、ヒナが思い出した様に問いを投げた。

「例えば立場なんかはどう?ニーナも海賊でしょう。海軍が相手は嫌とかならあるんじゃない」

その質問に、ギクリと肩を揺らした影が植え込みに居るのだが、三人はまだ気づいていない様だ。

聞かれた当のニーナは、まるで虚をつかれた様な顔でヒナを見る。
けれどそのうちクスリと軽い笑いを漏らした。

「フフ、海賊は自由だもの。むしろ立場とかを一番気にしないと思うよ。むしろ逆じゃないかな。海軍の人だったら海賊は嫌って言いそうだけど」
「あら、じゃあ海兵に海賊でもいいからって言われたら……?」
「そんな奇特な人はあまり居ないと思うけど。私は、海兵でも海賊でも革命軍でも一般人でも、別に気にはならないよ」

ホッと胸を撫で下ろす影。
しかし、次に飛び出た質問に再び手に汗を握る。

「あ、じゃあ特定の人とかは?この人ならいいな、って人は居ないの?」
「たしぎ、いい質問ね。ヒナ感心」

向けられた期待する様な視線に、ニーナは誰かを思い出したのか。パッと顔を輝かせた。

「それなら居るよ。凄く素敵だなって思った人」
「あら、いいじゃない。それは私達でも知ってる人かしら?」
「勿論。だって海軍だもの」

ドキリ!と心臓が高鳴ったのは、決してモモンガだけでは無いだろう。ニーナにそんな相手が居ただけで驚きだが、それが海兵だと考えただけで血が熱くなる。
若干頬を染めて照れたようなにはにかむニーナから、少しも目が離せない。

思わず何処かで期待している自分には気付かず、モモンガはジッと聞こえる会話に耳を澄ませた。

「ええ、どんな人?」
「まずね、優しい人なの。何時も助けられてて、お喋りしてても気遣ってくれるし」

ガサリ、とモモンガの左側から茂みを揺らす音がした。

(優しいってのはお前じゃないな、ボルサリーノ)
(何を言ってるんだいー、クザン。わっしはこんなに優しいだろォ)

そのままニーナは続ける。

「それに真面目で。仕事をテキパキこなしてく姿もかっこよくて」

今度は右で枝がパキリと幾つか折れた。

(おー、君もハズレだねェ。サボリ魔)
(……まだ分からねぇって)

それは分かったから、互いに氷と光で威厳しあうのは止めて欲しい。と間に挟まれたままのモモンガは冷や汗を流した。

「あととても強い所が素敵だな。お菓子やお洒落も詳しくて、話してて楽しいし。男前で頼りになるから部下の人達にも人気あって。佇まいも凛としてて姿勢が丁寧だし綺麗でね。とにかく、これ以上無いってくらい素敵なの」
『……………』

そんなニーナが挙げていく特徴をたしぎとヒナは無言で聞きながら考えるが、そんな人物にどうしても心当たりがない。
もし、それが本当にニーナの言うとおりの人物なら、それこそ女性海兵からの絶大な人気が集まっていそうだが。果たして、そんな逸材が居ただろうか。

その内の一つや二つなら当てはまるだろうが、それ等全てとなると。

「そんな人居たかしら?」
「分かりません。ニーナちゃん。その人って誰?」

んー、っとニーナが少し身を屈めて二人を手招く。周りに誰も居ないと思っていても、こういうのは小声で言いたくなるものだ。

それに習い身を寄せるヒナとたしぎに続いて、身を乗り出す影が三つ。いよいよか、とゴクリと生唾を飲み込む三つの音が重なる。

もしそれが自分の影響の及ぶ人物なら、階級を利用して遠い支部へ飛ばしてやろうか。などと物騒な事を企てる男達が背後に居るなど想像もしていないニーナは小さくその名を口にした。

「…………」
「えぇーっ?」

っとたしぎが飛び上がる。

なんだ、もう名前があがったのか。聞き取れなかったぞ!
と植込みに隠れる影達が焦る間にも話は進む。

「あ、でも分かるかもしれない。そうだよね。確かに優しくて真面目だし」

初めこそ何かに驚いたようだが、少し考えたら納得したらしいたしぎが頷く。その横のヒナも深く同意していた。

「確かに、全部当てはまるわね。素敵な方なのも同感よ」
「でしょう」

一方、同意を得たニーナは満足気だ。

その後もああだこうだとはしゃいでいた三人だが、やはりニーナの意中の相手が一番だ、という意見で納得していた。
ただ、隠れたモモンガ達が幾ら待っても、その名前だけは二度と出る事が無かった。

その内に休憩時間が終わったのか。それぞれの職務へ戻って行くたしぎ達を見送ったニーナもまた、その場からさっさと離れて行った。

非常に気になる謎だけを残して。



***


数日後、例の会話を盗み聴きしていた影は、三つでは無かったということが判明する。
なにせ海軍本部全体を巻き込む噂が飛び交い、多くの将校達の奇行が目立ち始めたのだから。

その噂というのが、今人気のニーナ嬢についてなのだが。どうやら彼女の好みが判明したらしい、というもの。


まずは、優しい性格。

「あ、あの、黄ザル殿?例の新兵達への処分ですが……」
「ああ、いいからいいから。新兵のミスの一度や二度」
「は、はぁ。承知しました。では、何時もの様な罰則は?」
「オー、今回は別にいいよ」

何時になく部下や新兵への処分が甘いボルサリーノに、一体なにが。と部下達は気味の悪さに震え上がっていた。

………

次に、真面目さ。特に、職務態度に対する真剣さに惹かれるようだ。

「クザン大将!?」
「ああ、なによ?」
「あの…… 何をなさっているので!?」
「何って、見りゃ分かるでしょう。仕事だよ。仕事」

それは分かるが、普段はまともに書類を見もしない彼が何故最近仕事を真面目にこなしていくのか。それが分からずに聞いたのだが、余計な一言で彼のやる気を削いではいけない。と部下達は口を噤んだ。

………

強い男も素敵らしい。

「一万三千二百六十七、だらァ」

ブオンと大きな音がして男の持つ刀が振り下ろされる。ただの素振りでも、自慢の鮫切包丁が生み出した風圧に運悪く近くに居た海兵達が吹き飛ぶ。

「バスティーユ中将、最近訓練時間が長くないか?」
「ああ。何時もの倍はこなしてるよな」

何がそうさせているのか、ヒソヒソと周りの海兵達が様子を伺う間も、バスティーユの素振りの回数は増えていった。

「一万三千二百六十八、だらァ!」

………

菓子や服に精通していること。

「あの、ステンレス中将。ご要望の品ですが、本当にこれで宜しかったでしょうか」
「ん……あ、ああ。その、仕事にも何が役立つか分からん。一応知識としてな」
「は、はぁ……」

そうは言うが、用意する様に言われた最近流行りの菓子や女性服を紹介しているこれらの雑誌が、どう役に立つというのか。

いやしかし、中将程の地位になれば、こういったことも必要なのかもしれない。と、一人の海兵は自身を納得させた。

………

部下から頼りにされる男前。

「あ、ストロベリー中将。この書類は……?」
「ああ。序でだからな。やっておいた」
「は、はぁ。では早速届けて参ります」
「いや、いい。やっておこう」
「そ、そんな!?」

それではこちらの仕事が無くなってしまう。と、ここ数日、妙に自分達の仕事までやろうとする上司に、海兵達はどう断ろうかと困惑していた。

………

凛とした佇まいと綺麗な姿勢も必要らしい。

「スモーカーさん!巡回の時間です」
「ああ、そうか」

部屋に入って来たたしぎに呼ばれ、スモーカーはのそりと立ち上がった。
そのまま何時もの如く、まるで相手を威厳するかのようにドカドカと廊下を歩き出す。が、途中で何かを思い出したのか、一度立ち止まると今度は背筋を伸ばして静かに足を進めた。

「えっ!?スモーカーさん?」
「うるせェ。今話しかけるな」

そう言いながら青筋が立つ程強張った表情で歩くスモーカーだったが、段々と姿勢が崩れて行く。なんどかそれに気付き直してはまた崩れ。と繰り返していたが、とうとう我慢の限界が来たのか、がァっと一声吠えた後、何時もの様に姿勢を崩した。

「んな下らねェことやってられるか。俺には俺のペースがあんだよ!」
「は、はぁ?えっと、何が……」
「たしぎ!!ぼぉっとするな。行くぞ」
「は、はい!」

呼ばれたたしぎはそれ以上の追求を諦め、今起こった奇怪な現象を記憶から消すことにした。

………


海軍本部の廊下を歩きながら、モモンガは視線が厳しくなるのを抑えきれないでいた。
ここ最近その思考を占めるのは、数日前に聞いてしまった例の少女の会話内容。

ニーナの意中の相手とは一体誰なんだ。と、会話の中で挙げられた条件に当てはまる人物を探して歩くのだが、どういう訳か該当する人物が非常に多いのだ。
右を見ても左を見ても、誰も彼もが条件通りで、ニーナの想い人に思えて仕方無い。

鍛錬に励むアイツか。菓子の知識が増えたらしいソイツか。部下の仕事までこなすコイツか。
と誰かとすれ違う度に頭を抱えるモモンガだった。




そんな慌ただしい海兵達のことなど想像だにしていないニーナは、センゴクの部屋から戻る途中で自分を呼び止めた声に顔を輝かせた。

「ニーナ」
「おつるさん!」
「ちょっと珍しい菓子が手に入ってね。どうせ暇だろう。寄ってきな」

チョイチョイと手招きされたニーナは、つるの優しさに途端に胸を弾ませる。

今にも飛び上がらん勢いのニーナだったが、つるの誘いに反応したのは彼女だけではなかったらしく。その背後に近付いた別の影があった。

「おぉ、おつるちゃん。休憩か?ワシにも茶を淹れとくれ」

唐突に現れて大口を開けて笑うガープは、どうやら茶の席に同行する気満々の様だ。
しかし、途端につるが眉尻を上げる。

「ガープ。アンタまた軍艦沈めたんだろう。騒動起こした本人が後処理しないでどうするんだい」
「そんな。ええじゃないか、茶の一杯くらい」
「苦労してんのはアンタの部下だろう。さっさと仕事に戻りな!」

男顔負けの迫力ある一喝に、自由人ガープも渋々と引き下がって行った。

「流石、おつるさん」

本人の部下のみならず、ガープの部下にとってもこれほど頼もしい人物は居ないだろう。
やれやれ、と呆れた様子を見せるつるの後を、ニーナはクスクスと声を忍ばせながら追った。

「おつるさん。何時もより休憩が早く無いですか?」
「若い連中が漸く仕事のコツを覚えたらしくてね。最近は書類や会議の進み具合が順調なのさ」
「でもおつるさんの方がまだ倍は早いんですよね」
「アタシが何年この仕事してると思ってんだい」

他の誰よりもテキパキと仕事をこなすつるは、書類の上がってくるスピードが増しても難なく処理していく。むしろ、それ以上の処理速度で、こうして早めに休憩を挟めるほどだ。

「そういえば、最近は遠征も早めに終わるらしいですけど。まだまだおつるさんには叶わないですよね」
「ヒヨッコ共と一緒にするんじゃないよ。潜った修羅場の数が違うのさ」

そんな会話をする内にも、つるの執務室に着いた様だ。

「ほら、入りな」
「お邪魔します」

優雅な仕草で入室を促されたニーナは、そのまま自然にソファへ座らされる。つるの好意に甘えていれば、目の前にフワリと香る紅茶と煌めく菓子が差し出された。
それを用意するつるの動作の一つ一つから気品が溢れ、菓子達が余計に輝いて見えるほどだ。

「ノースブルーで今流行りらしくてね。好きなだけお上がり」
「わぁ、これまだ見たこと無いですよ。流石おつるさん。ありがとうございます」

満面の笑みでニーナは菓子に手を伸ばした。





おまけ



さて、と一仕事終えた男が、構えたカメラを静かに下ろした。その視線の先には今しがた撮ったつる中将とニーナの茶会の場面。


優しい男。強い男。真面目な男。などの文字を載せ、その横でニーナが目を輝かせる写真が今とても売れている。特に、上位将校達が、その写真を掲げて志し高く少女の理想に近付こうとするのだが……
悪いがそれは、恐らく無意味だろう。と、今日も忙しなく動き回る海兵達に、そっと手を合わせた。

数日前の話を聞く限り、別にニーナの理想がその条件を満たした男という訳ではないのだろう。好みなど無いとあれほど言っていたのだから。
魅力的な人物であるつる中将の特徴を上げると、たまたまそうなっただけなのだ。

そもそも、真面目だとか部下に慕われるとか言うが、海賊の彼女がどうして海兵の仕事ぶりを気にするだろうか。
しかも男性に限定さえしなければ、例の条件全てにすんなりと当てはまる人物を探し出すのはこうも容易いというのに。

まあ、恋は盲目とでも言うべきか。そのお陰で彼等の財布の紐が緩むのは否めない。
のだが、さてここで問題がある。

この真相を収めた写真は何時公開しようか。

そんな事を考えながら、男は己の仕事部屋へと消えて行った。

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