短編 | ナノ


▼ 戯れ付き

「なんでまた此処に居るのかな?」

不機嫌そうな声。普段のクザンであればもう少し愛想の良い顔をするのだろうが、今は頬が引き攣っている。
それも仕方ないと言えるだろう。視線の先、クザンの正面では、ソファに座る仲睦まじい様子のニーナとミホークが居るのだから。

座ったと同時にミホークがニーナの腕を引いて自分の膝に倒れ込むような体制にした。しかもあろうことか、人前だというのにニーナはその状況を甘んじて受け入れている。
むしろ、甘えた子猫の様にミホークにすり寄っているのだ。

「エヘへ。また兄さんがお土産持って来てくれて」
「……七武海がこう頻繁にってのは、まあ問題あるけど別にいいや。そうじゃなくて、ニーナちゃん。“鷹の目”相手には随分甘えん坊になるんだね」
「ン〜、そうですか?」

ミホークに抱きつく腕を緩める事なく、逆に問い返すようにニーナが首を傾げる。その姿は、十分クザンの心臓をドクリと射抜く効果はあっただろう。
質問されているのにすら気付かず、クザンは言葉を失ってしまう。

「そうかな、兄さん。治した方が良い?」

途端に無言になってしまったクザンから視線を外し、ニーナがミホークに訪ねれば、また逞しい腕がその肩を更に抱き寄せる。

「いいや。お前はそれでいい」
「よかった。こうするの気持ちいいんだもん」

そうやって、またゴロゴロとミホークにすり寄るニーナ。

「…………ああ、そう」

見せつけられる光景は、決して愉快なものではない。けれどニーナの顔が安堵に満ち、それこそ気持ち良さそうに目を細めるものだから。

その場所に居るのが自分だったら、などと想像している自身の煩悩をクザンはどうしても自覚してしまう。


気に入らないのであれば部屋から退室すればいい、という考えは微動も無いようだ。むしろ、この二人から目を離すという選択肢などあり得ない。

「でも、今日は連れてけないよ。また遠征同行命令出てるんだから」
「解ってます。だからちゃんと大人しくしてるじゃないですか」

大人しい猫の様では確かにあるが。
けれど何故だろう。見れば見る程、腹立たしい光景である。

どうやって引き剥がしてやろうか、という作戦を悶々と考えるクザンに、新たな来訪者を告げるノックの音が響いた。

「オォー、“鷹の目ェ”。珍しい客が来てるね〜」

クザンは見なかったことにした。ボルサリーノのサングラスの奥の瞳が、ジリッと殺気を放ったのを。そしてその視線が捕らえるのは、ミホークに戯れ付くニーナだということも。

「ニーナちゃん。そろそろ遠征だよ」
「えっ、まだ早くないですか?」
「おぉー、そんなことないよ」

ニーナが時間を確認するが、予定まではまだ早い筈だ。が、ボルサリーノがそう言うならそうなのだろう。と納得し、渋々とミホークから離れる。
それを見ていたミホークも、ニーナが出るならば本部になど用は無い。港まで同行しようと、二人連れたって部屋を出て行った。

それでもミホークにベタベタと引っ付くニーナに、二大将の機嫌は降下していくのだが。



***


ニーナが遠征から戻った翌日、クザンの来訪を受けたニーナは茶を飲みながら目の前の不機嫌顔にどうしたものか、と頭を悩ませていた。

「何かあったんですか?」
「んん、いや。たださ、ニーナちゃんって意外と甘えん坊さんだなって思ってさ」
「うーん、よく言われますね。つい抱きついちゃうんですよ」
「じゃあさ……」

あっさりと肯定したニーナだが、自分にはそんな素振りを見せた試しがない。それが何処か苛立ちを生み、目の前の腕をグイッと強く引いていた。

「わっ!?」
「俺には抱きつかないの?」

その身体を膝に乗せ逃げられないように腕を廻す。
甘えただと自分で認めたくせに、自分にそう言った面は見せない。それは海賊と海軍という立場故なのか、それとも“兄”だなどと言っている“鷹の目”が特別だからなのか。

どちらにしろ、非常に面白くない……

と、思った末の行動だった筈なのだが。

「え、いいんですか?ギュッてしても」
「へっ?」
「わぁ、やった!」

途端、フワリと首に巻き付く腕と引き寄せられる小さな身体。
ムギュッ、と押し付けられた胸元は柔らかく、布越しにも伝わる温かな体温。

なのに、そこに若干期待した色香の様なものはなく。覗き見る表情はまるで子供で、しかもこうしてみると改めて感じるが、その体は小さい。文字通り、猫でも抱いてるような心地にさせる。下手をすればゴロゴロと喉でも鳴らしそうだ。

「んー、そうそうこんな感じです。やっぱり落ち着く」
「……ああ、そう」

端から見ていた時は、そこに独特の雰囲気があったかの様に感じたが、どうやらそれはただの思い過ごしだったようだ。
胸をくすぐる心地よさはあるものの、思っていたほど多くは望めないということか。

くっついてくる柔らかな肢体は非常に魅力があるが、こちらの下心が覗く前に、警戒心の欠片も無い子猫の様な表情にその気も萎える。
手を伸ばせば出来ないこともないが、彼女にそういった気がないのは明白であり、安心しきっているこの空気を壊すのは無粋というもの。

「海軍大将に抱きついたら怒られるかな、と思ってたんですけど。折角お許しが出たんで、遠慮しません」
「………あらら、こりゃ結構な甘えん坊だったのね」

そうしている内にミホークとニーナの光景を思い出し、テーブルに並ぶ菓子を摘んで口元に持って行ってみた。

「……食べる?」
「食べる!」

パクッと躊躇無しに消えて行くその菓子。
親鳥が雛に餌付けをするというのは、まさにこんな心持ちなのだろう。

「………うん。思ってた程色気あるもんじゃねえな」

ボソリと呟けば、ムッと唇を尖らせる腕の中の“猫”。

「なんですか、色気って」
「ああ、別に。ただちょっと男のロマンを壊されたというか。自分が情けないというか」
「えっと、重かったら降りましょうか?」

色気と言うのが、もしや体重のことを言っているとでも思ったのだろうか。そういうところも、なんというか、肩透かしである。

「別に、軽いからそのままでいなさい」

けれどニーナが離れようとした途端、空いた距離と体温に、手放したくないと無意識に腕が動く。
そのまま閉じ込めるように片腕で引き寄せれば、素直にニーナは抱き返してきた。

思っていたような色香は無かったものの、居心地よさは増すようだ。離し難い、と腕の中でゴロゴロ甘えるニーナに、思わず頬を緩めていれば唐突に開かれた部屋の扉。

「オー、面白いことしてるねえ。クザン」

ピキリと部屋の空気が凍った。
可笑しい。ヒエヒエの実の能力者は自分である筈なのに、何故ボルサリーノがその力を使っているのだろう。

背筋に走った悪寒と、首筋に感じた殺気は本物であろう。ギクリと肩を揺らしたクザンがボルサリーノを見遣った頃には、何時の間にか膝の上の重みは消えていた。

「おぉー、ニーナちゃん。こっち来てもいいんだよ」
「あ、じゃあ遠慮なく」

光の速度でニーナを自身の膝の上に移動させたかと思えば、その細い腕を自身の首に絡ませる。その流れるようなボルサリーノの動作に、ニーナはなんの違和感も感じず、素直に従った。

目の前でムギュッ、と音がしそうな程強くボルサリーノに抱きつくニーナを見た途端、クザンの胸にまたあの苛立ちが走る。

ニーナのあの行為に色気やその気は全く無いと自身で証明した筈なのだが。やはり他人に取られるとどうにも面白くないのは、人情だろうか。

とはいえ、目の前のボルサリーノに逆らってこの部屋から無事に出られなくなるのもあれだ。

「……仕方ねえな。まあ、いいや。今度で」

「おー、ニーナちゃん。これも食べな」
「あ、これ美味しい!」

和やかな光景の中、ニーナはそれをまるで気にせず、というか気付かず、目の前に差し出される菓子を素直に頬張るだけだった。

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