95

カツン、と靴音を響かせてエースのすぐ横でニーナは足を止める。

「……お前か」

ニーナの存在に気付いたらしい、俯いていたエースが少しだけ顔を上げた。

「聞いてたんだろ」
「まぁ、ね」

再び俯いてしまうエースの横に腰を下し、ニーナは同じように船縁に背を預けてみる。
少し首を動かして見上げれば赤く染まった空。耳に響く波音も、穏やかで心地良い。

肩が触れ合う程の距離に落ち着いたニーナを、エースは押しのけようとはせず。むしろ体を傾けたようで、より距離が近くなる。

「なあ、お前はさ…… 生まれて来ても良かったのか、なんて考えたことあるか?」
「…………」

その言葉を聞いたニーナは、思わず息を詰まらせた。が、エースには悟られぬよう張りつめた肩からゆっくりと力を抜く。

チラリと視線を向ければ、エースはいたく真面目な様で、その問いは投げやりでも冗談でもない。いや、エースがどれほど本気でその答えを求めているのか、ニーナには解った。

(……そんなこと、考える間でもない)

「エースは?その答えには辿り着けた?」

堪らずニーナははぐらかした。自分の中でその問いに対する答えは出ている。けれどそれを口にする積もりにはなれなかった。

その様子を敏感に感じ取ったのか、エースの視線がジッとニーナを射抜く。
しかし、無理に聞き出すつもりは無いのか。視線を逸らしてまた自分の話へと戻った。

「解らねえ。誰にも望まれてねェ俺は、生まれて来ても良かったのか…… だけど、絶対的な力を手に入れれば、その名声は世界中が認めてくれるんじゃないかと。そう思ったんだ」


誰にも望まれていない。そんな自分が生まれて来ても良かったのか。
考えれば考えるほど、暗い気持ちが込み上げてくる。誰が自分を望んでくれるのか。誰が自分を許してくれるのか。

顔を俯かせるエースに、ニーナはふと頬を緩めると、その額を指で押して顔を上げさせた。

「エースは、人間?」
「はっ!?なんだよそれ」
「答えて。貴方は、人間?」
「い、一応……人間の筈、だが?」

いきなりの質問にエースも頭が対応しきれていないのか、目を白黒とさせながら自信なさげに答えた。それにニーナはニッコリと微笑むと、ピンとその額を指で弾く。

「じゃあ少なくとも、貴方が生まれるまで大事にお腹の中で守ったお母さんは、貴方が生まれて来てくれることを望んだ筈よ」
「……………」
「まだ歩けもしない、起き上がることも出来ない生まれたばかりのエースを抱き上げて、ご飯を食べさせて、守ってくれた人は居ないの?」
「………居た、な」

まだ幼い日を思い出しているのか、目頭を赤くさせたエースが、小さく頷いた。その様子にニーナは、増々満足する。

「なら、貴方は望まれてたわ。世間がどう思ったのかは知らないけど、生まれた時点で、貴方を望んでくれた人は居た筈よ」
「くっ、うぅ……」

唇を噛んで何かを必死に堪えようとするエースは、またしても俯いてしまった。
けれどそれは、白ひげに破れた時の様な絶望感や悲壮感からではない。

「白ひげさんも、貴方を望んでくれたんじゃないの」
「………ああ。そうだな」

ポツリと小さく、だが確かに紡がれた肯定の言葉。
彼が何を思い、どうするのか、それはもう聞かなくても解った。

後は少し一人にした方がいいかもしれない。そう思ってニーナは腰を浮かそうとしたが、その気配を察したのか、その前にエースに手を掴まれ動きを止められる。

「お前はどうなんだよ」
「……なにが?」
「お前も人間だろう。なんでお前は違うみたいな顔するんだよ」
「………………えっ……?」

ジッと覗き込んでくる双眸に、ニーナは思わず言葉を失う。まさか、そんな顔をしていたのだろうか。
いや。表情を作るのにも、自分の心を自分自身に偽るのも、それなりに慣れていた筈だ。今更、まだ知り合って間もない相手に気付かれる筈が………

「お前は、なんか俺と似てると思った。けど、どっか違う…… だろう?」

似た者同士だからこそ、感じ取れた僅かな違和感。エースとしては、あそこまで自信たっぷりに人間なら望まれて生まれて来た、と言ってくれたニーナ本人が、何故そうも寂しそうにそれを語るのか、疑問だった。

見透かす様な視線。というより、実際に見透かされているのか。
それにニーナは驚くと同時に、何故だろうか。少しだけ、胸がくすぐったくなった。
相手も同じ考えだったとは、予想だにしていなかったから。

「……確かに、私達は似てるね。でも、ちょっと違う」

エースは間違いなく人間だ。望まれていなかろうと、世間がどう思おうと。生まれて来てよかったのかなんて、生きてみなければ解らない。

けれど、自分はどうだろう。

自分は、なんだ。
そう問われた時、確信を持って言える答えは、一つしかない。“古代神器”。

生まれて来てもよかったのかなんて、考えるのはとうの昔に止めた。答えなど解りきっているのだから。
望まれようと無かろうと、生まれて来ては“いけなかった”存在。

口元を引き結んだニーナを見て、エースは何を思ったのか。それまで僅かに寄せる程度だった体を、遠慮もなく傾けて来た。

「……エース?」

自分よりも一回り逞しい体躯が寄りかかって来た状態に戸惑うが、そんなニーナには構わず首筋にエースの鼻先が埋められる。

「あったかいな、お前」
「エース」
「俺は、お前がここに居てくれて、良かったと思ってる」

そう言われたニーナは、隣から感じる重みにゆっくりと目を閉じる。

「………………私も、エースに会えてよかったよ。ありがとう」

ポツリと呟けば、エースがふと表情を緩めたのが解る。それにニーナも、胸から沸き上がるくすぐったさに短く笑った。

(でも、私は………)
[しおりを挟む]
[ 95/117 ] |

[back to novel]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -