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ニーナに色々と言われたことが頭から離れないエースだったが、ここで止める積もりなど毛頭無く。次の日にはまたガシャンという衝突音を響かせていた。

『どわァ!!』
『アグッ!』
『うわあああ!!』

痛そう、とニーナの背を冷や汗が伝った。
眉間から流れる血を乱暴に拭う姿が、若干痛ましい。なんて思っていると

「がああっ!」
「あぁ!?落ちた!」

再び返り討ちにあったエースが、あろうことか海へ落ちてしまった。派手な水音を立てて海面へ叩き付けられた彼は、能力者だ。誰かの助けがなければそのまま沈んで行ってしまう。

「エース!?」

船縁に駆け寄って呼びかけるが、当然返事など無い。

「おい、誰か助けてやれよ」
「アイツ能力者だろ」

甲板の船員達もそのことに気付いたらしく、数人が船縁へ集まって来た。

「仕方ねェな……」

ダン、と真っ先に甲板を蹴った男が海中へ飛び込めば、数秒とせずに海面に顔を出す。その腕にはしっかりとエースを捕まえていた。
その様子に、ホッとニーナは胸を撫で下ろす。

船に上がった男にニーナが駆け寄ると、男はそのままエースを甲板に転がした。

「ナミュールさん」
「息はあるだろ。放っとけば平気だ」

そう言ったナミュールが背を向けた途端、ゴホッ!と大量の水を吐き出したエースが、弱々しく起き上がった。

「あ、まだ動かない方が……」
「くっそぉ!」

握った拳がダンと甲板に叩き付けられる。悔しそうに踞りながら唇を噛むエースに、短い溜め息を漏らすとその背をポンポンと宥める様に軽く叩いてやった。

「まあまあ、そう落ち込まないで…… フフ」

小さく漏れた笑いに、途端にエースがそれまでの悔しそうな顔から一転。苛ついたような顔で睨みつけて来た。

「テメェ、面白がってるだろ!」
「……そんなことないよ」
「なんだよ、その間は」
「いいじゃない。細かいことは気にしない」

そんなやり取りを、少し離れた場所から見守る視線が三つ。

「あ〜あ、またやってらァ。毎回毎回ニーナちゃんに世話して貰いやがって。羨ましいぜ」
「あの娘もお人好しだからな」

傷を負う度に、意地を張って決して白ひげ海賊団の世話にはなるか、と突っぱねるエース。それを見兼ねてか、毎度ニーナが海賊団の一員では無いから、と手当しているのだが。

そんな様子を、笑いをかみ殺しながら見詰めるサッチとイゾウ。その横には、多少呆れを含んだような視線を向けるマルコが居た。

「ったく、甘やかしてるよい」
「まあ、いいじゃないか。根性は座ってるだろ」

毎日毎日、飽きる事なく白ひげに奇襲をかけるエースの根性は、大したものだ。それは他の船員も感じてることだろう。
100回を超えた辺りから、もう呆れを通り越して感心すら覚えてくる。

「マルコ。お前にとっては嬉しいことなんじゃないか?」
「ん?なんでだよい?」
「ああしてる間は、ニーナがアイツを気にしてこの船に残ってるんだからなァ」
「あああ!?バ、バカ!そんな訳ねェだろい!」

途端に顔を赤くするマルコに、イゾウがまた喉の奥で笑いを漏らす。
普段であればこのままイゾウのペースにマルコは取り乱したままなのだが、エースの事も気になるのか。わざとらしく一度咳払いすると、少し落ち着きを取り戻した状態で視線をエース達へと移した。

「とはいえ、アイツもそろそろ決める頃だろい。何時迄も、ウジウジされてちゃ困るからな」

短く息を吐いたマルコの視線の先では、エースが未だ不満げな顔で擦りむいた頬を乱暴に拭いながら部屋へと消えて行った。






未だ頑なに心を開こうとしないエース。その様子がどうにも気になってしまい、長らく白ひげの船に世話になっているニーナだった。

今日も今日とて白ひげにこっぴどくやられたエースは、何時もと同じく膝を抱えて座り込んでいるんだろう。

諦めずに果敢に白ひげに立ち向かう姿勢は、初めの頃と変わらない。けれど、それが100回以上も繰り返されれば、どんな鋼の気力を持った人間でも、そろそろ諦めが顔を出すだろう。
それを無視して、無謀にもこの先ずっと同じ事を続けるなど、双方にとって無理な話だ。

今はエースの奇襲があったとて問題の無い、平和な航海を続けている。が、何時までもそうとは限らない。他の海賊船との戦闘もあるだろうし、島へ上陸だってする。

勝てる見込みなどまるで無いエースの、ただ気力と根性だけでやっている奇襲に、延々と付き合えるものではない。

エースもそれが解っているのだろう。最近は奇襲が失敗する度に、表情が沈んでいる様に見える。

そして同時に、何か深く考えているようにも見え、そんな時は軽々しく声を掛けるのが躊躇われた。

船縁に凭れ掛かる様に膝を抱えて座り込むエースを、ニーナが少し離れた場所の壁に寄りかかって見ていると、ふとその肩に誰かの手が乗った。

「気になるかよい?」
「マルコさん…… ええ、気になりますね」

振り返れば、温かいシチューの入った皿を持ったマルコ。

エースの分なのだろう。少し視線を上げれば、仕方無い奴、とでも言いたげに呆れたような、けれど優しげな表情。

フッ、と短く笑ってエースの元へ向かうその背は、“白ひげ海賊団一番隊隊長”の格というよりも、皆の“兄”らしい。そんな背中だった。




コツコツ、という足音に、膝に顔を埋めたままのエースの肩がピクリと反応した。その様子に僅かに苦笑すると、マルコはそっとその横にシチューを置く。

「お前ら、なんでアイツのこと親父って呼んでんだ?」

無言で去ろうとしたマルコが、唐突なその問いに立ち止まる。その声が聞こえたニーナも、元々邪魔する積もりなどないが、静かにことの成り行きを見守った。

「あの人が“息子”と呼んでくれるからだ」

その答えに、ハッとしたようにエースが顔を上げた。

「俺たちは世の中の嫌われ者だからよい。嬉しいんだなァ。ただの言葉でも」

「嬉しいんだ」

ニッと笑ったマルコの言葉は、心の底からのもの。

その言葉に、エースは歯を食いしばってその顔を見られまいとまた俯いた。そんなエースの横で、マルコは膝を着いて距離を縮める。

「お前、命拾いしてまだこんなこと続ける気かよい。そろそろ決断しろい。今のお前じゃオヤジの首は取れねェ。この船を降りて出直すか……ここに残って」

「白ひげのマークを背負うか……!!」

グッと言葉に詰まったエースは、俯いたまま顔を上げようとしない。けれどマルコの言葉は十分、彼の胸に響いただろう。それを見届けると、マルコは今度こそ踵を返してその場から離れて行った。

その一連の様子を見守っていたニーナが、マルコと入れ違うようにエースの元へと向かう。すれ違い様にマルコに「心配性だな」と短く呟かれて返す言葉に詰まるが、アハハと小さく笑っておいた。

心配、というのとは少し違うかもしれない。
ただどうしても気になってしまうのだ。自分とはまるで違うのに、何処か似ている部分を感じさせるあの青年が。
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