86

頭上を飛んで行くカモメの声が心地いい昼下がり、のんびりとした空気をつんざく声が響いた。

「オヤジィィ、小舟だ!ニーナだぁぁ!!」

見張りが大きく叫んだ途端、おっ、と顔を上げる白ひげ海賊団の船員達。その顔に浮かぶのは、のどかだが刺激に欠ける昼時を打ち破るだろう少女の来訪に対する喜びと期待だ。
そして船縁へ駆け寄り、近くに浮かぶ小舟の存在を確認すると、甲板に散らばり始めた。

ガヤガヤと騒ぎ出す船員達を一瞥すると、船長“白ひげ”は口角をつり上げ、目の前に座る男へ視線を戻した。

「だそうだ。ちと騒がしくなるぜ」
「はぁ、そのようで」
「グラララ。お前にとっては面倒か?」
「いえ。もう慣れましたわい」

ニーナの来訪の直前に白ひげの船、モビーディックへ訪れていた男は、苦笑混じりに小さく頭を下げた。




「白ひげさ〜ん!!」

ニッコリ満面の笑みでニーナはモビーディックの船尾に飛び移った。目の前を見れば何時もの様に、船首への道を塞ぐ白ひげ海賊団。

「お久しぶりです。それじゃ、よ〜い……」

ドン、という声と同時にわぁっと船員達が少女に向かって飛びかかった。

何度もニーナが出入りする内に、いつの間にやら恒例となってしまったこの乱闘騒ぎ。初めて船に現れた時に手も足も出なかったのが余程悔しかったのか、それともただ単に楽しむためなのか。ニーナが白ひげに会えるのは、道を塞ぐ船員達を切り抜けた後だ。

本気で遣り合おうという者は居なくとも、自慢の腕を振るいたくのは海賊の性。

が、腕に覚えのある男達が、ニーナによって右へ左へ、上へ下へ殴られ蹴られ、飛ばされて行く。

「カアッ!やられたァ」
「よし、今回は二十秒保ったぞ」
「お前それ自慢にならねえよ」

この恒例と同時に出来た暗黙のルールで、ニーナの攻撃を一度食らえば、その者はそこで離脱だ。
決して痛手を与えることのないニーナの攻撃に、一々起き上がって何度も立ち向かってはキリが無いのだ。

けれど流石大所帯だけあり、一撃のルールがあろうと立ち向かって行く者の数はまだまだある。
そんな中、その人垣の中を、周りとは一線を画したスピードで走り寄る影。

「久しぶりだな、ニーナ」
「ビスタさん!!」

ガキン、と派手な衝撃音と同時にぶつかり合ったのは、白ひげ海賊団の誇る隊長格の一人だ。彼の剣をニーナが防ぐと同時に、赤い薔薇の花びらが宙を舞う。

「まだまだ」
「よっ、ほっ……と、と」

突き出される剣技を軽やかに躱してみせるニーナは、そのままフワリと飛び上がり瞬時にビスタの背後へ迫る。

「後ろか!」

普通なら肉眼では終えぬスピードでもビスタには通用せず、すかさず刃が追ってきた。

渾身の技が繰り出されるその寸前、ニーナは腕を伸ばして掴んだそれにニッと口角を吊り上げると、それを振り上げる。

その瞬間、迫ったビスタの剣にスッポリと抜き取られた鞘が被せられた。

「なっ!?」
「フフ。ここは、私の勝ちで」

研ぎすまされた剣術の一撃は、武装色でも防ぎきれなかっただろう。その威力は、流石隊長格だ。けれど刃を覆われては意味が無い。

鞘越しに剣を掴んだニーナは、そのまま後ろへ飛びながら回転し、同時に相手の顎下に重い蹴りを見舞う。見事決まった一撃に、五番隊隊長は後方へ吹っ飛ばされた。

その拍子に、宙を舞う花びらを一枚掴んで口に挟みながら片目を瞑ってみせるニーナ。茶目っ気溢れる可憐な仕草に、ポッと頬を赤らめた船員は、決して少なくないだろう。

「お前等、下がってろい!」

同じく、頬を赤らめそうになったマルコだが、そこは一番隊隊長。真剣で相手を威厳する雰囲気を保つとは、格が違う。
と、思わせる表情ではあるが、普段よりも目付きの鋭さが割り増しなのは、必死に真面目な顔を作っている所為だと、気付いているのは何人か。

「そう簡単に通せると思うな」
「あ、マルコさん!不死鳥にはなってくれないんですか?」
「煩ェよい」

ボボッ、と青い炎が燃え上がり、勢いよく飛び込んで来たマルコの回し蹴りを、ニーナは飛び上がって躱した。
[しおりを挟む]
[ 86/117 ] |

[back to novel]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -