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軽やかな動きでマストを伝いながら上空を舞うニーナを見上げ、マルコも膝を折り姿勢を低くした。そのまま次の一撃で今度こそ終わらせようと力を溜めて行く。

長くやりあえばこちらが不利になるのは、もう実証済みだ。

「おいマルコ。長くなるとその分、また骨抜きにされるぞ」
「違ェよい!」

横から聞こえた声に思わず怒鳴り返す。決して、そういう意味では無い。断じて。
とは思うものの、紅の乗った唇を吊り上げるイゾウの嫌な笑みは、その言い訳を受け入れる積もりはないようだ。

が、そんな会話をしている間に、ニーナに距離を詰められてしまった。目の前に迫った拳を、咄嗟に受け流す。

「おっ!行けぇ、マルコ隊長」
「ニーナも頑張れよ」

飛ばされる野次や声援に、ニーナもマルコも口角を吊り上げる。これほど気持ちの良い肉弾戦は、お互いなかなか出来ない。

だが、だからといってずっと遊んでいる訳にもいかないだろう。なにせニーナにとっても暗黙の了解で、向かって来た人間全員に一撃を入れないと解放して貰えないのだから。

今回見物に回った者が半数ほど居たようだが、それでも数は多い。

なかでも、毎回の様に向かってくるマルコはいつも強敵だ。折角白ひげに薬酒を持って来たというのに。

そうしてチラリと船長椅子の方へ視線を向けると、思いがけずにそこに居た存在にニーナは目を見開く。

「おい、余所見してる余裕が……グヘッ!」
「ジンベエさん!」

蛙の潰された様な声があがった。折角渾身の一撃を繰り出そうとしたマルコだが、その瞬間、恐ろしいまでの瞬発力を発したニーナに吹き飛ばされる。

そして1番隊隊長を無意識の内に押しのけたニーナは、そのまま目的の人物へ飛びついた。

「お久しぶりです!相変わらず、可愛いですね」
「ニーナさん。久しぶりなのは解るが…… まあ、アンタは言っても聞かんじゃろうな」

問答無用で相手の首へ抱きついたニーナに、やはりこうなったか、と甲板で見物していた船員達が一様にため息を漏らした。

その中で、苦笑しながら賭けの負け分をもう一人に支払う男。

「あ〜あ。マルコが不死鳥になる方が先だと思ったんだがな」
「甘いな。ジンベエが居た時点で先は見えてただろう」

ピン、とサッチが弾いたコインを受け取ったイゾウが、ククッ、と喉の奥で笑う。その元凶のニーナは、変わらずジンベエに抱きついたまま幸せそうだ。

「……ニーナさん。その、アンタの癖は解ってるんじゃが」

自分を可愛いなどと言ってくる奇特な人間はこの少女くらいだ、と内心呆れにも似た感心を抱きながら、ジンベエは例の男が船尾の方へ吹っ飛ばされていることに、若干安堵した。

「その、若い娘さんがあんまり男に抱きつかん方がええと思うんじゃが」
「そんなこと言ってたら、可愛いジンベエさんに抱きつけないじゃないですか」
「いや、だから。その、慕ってくれるのは嬉しいんじゃが、それを歓迎せん人も居るようで……」

そろそろ離して貰わないと正直、自分の身が危うい気がする。とジンベエは苦笑混じりにニーナを諌めた。

説得されたニーナは久方ぶりの再会に、散々頬擦りして漸く満足したのか。満悦状態でゆっくりと彼から離れた。けれどその顔は、もっと抱きつきたいと語っている。



ニーナが離れるとジンベエはフッと苦笑を漏らし、目の前の白ひげに視線を戻し頭を下げながら動いた。

「それじゃあ、ワシはこれで失礼させて戴きますわい」

のそり、と大きな身体を持ち上げその場に立つ。そのまま後ろをチラリと振り返ると、短い笑いを漏らした。

「ニーナさん。アンタも、元気そうでなによりだ」
「はい。ジンベエさんも」

ニッコリ手を振るニーナに軽く頷くと、ジンベエは強く甲板を蹴り、そのまま海へ飛び込み海底へと消えて行った。
海の中へ消えて行く影を見送ると、ニーナは近くのサッチ達へ視線を移す。

「何かあったんですか?」
「ああ。まあ、アイツらしいというか………」
「……?」
「最近粋がってる若造がオヤジの首を狙ってるって話でな。アイツ、自分で片付けに行くって、言うだけ言って行っちまったんだ。……たく、わざわざそこまでせずとも、俺等が出りゃいいだけなのによ」

若干呆れを含んだような物言いに、ニーナは思わず頬が緩む。ジンベエの義理堅さは既に知れたことだ。恐らく、白ひげの首が狙われてると聞いて、何もしないではいられなかったのだろう。
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