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ノックの音が響いた後、その返事を待つことなく開けられた扉。不躾な訪問の犯人に、サカズキは顔を上げた。

「お邪魔します。サカズキさん」
「……おどれ、戻ったか」
「アハハ。戻ってきちゃいました」

ニーナは飛ばされた睨みにも遠慮することなく、部屋のソファまでスタスタと歩きサカズキの横に腰を下ろす。
すると海軍キャップの下から覗く双眸が、ギロリと厳しく光った。

「何故ここに居る?」
「センゴクさんへの報告は終わりましたよ。怒られましたけど」
「そんなこと聞いとらん」
「……ダメですか?」

流石に追い出されても不思議は無いか、とニーナはチラリと横を見遣る。そう言われても仕方ない状況だがそれでも、ニーナも気まぐれでここに来た訳ではない。

「今は、サカズキさんの傍に居たいんです」
「……別に、追い出しはせん」
「ありがとうございます」

ホッと胸を撫で下ろすと同時に、ぼんやりしながらニーナは深くソファに身を沈めた。
少し目線を上げれば、部屋の壁に掲げられた“徹底的な正義”の文字。

それを見るとやはり落ち着く。サカズキの、その何もかもを焼き尽くす業火を傍に感じるだけで。

「解りやすい正義ですね。真っ直ぐで、迷いなくて、とてもサカズキさんらしい」
「……ワシにそんなこと言うのは、お前くらいじゃろうの」
「可笑しいですか?」
「フン。海賊なんぞと正義を語ろうとは思わん」

掲げられるのは誰もが畏怖する様な、真っ赤な正義。
その行き過ぎともいえるやりように対して、賛否だろうと関係無く、言葉を掛ける者など居ない。徹底したやり方に口出しなど出来る筈もなく、かと言って共に歩もうと思えるものでもなく、ただ遠巻きに眺めるだけだ。

なのにこの少女は、海賊でありながら、誰もが引くその一線を易々と超えてくる。

「誰よりも鮮烈で。恐れるよりも、焦がれてしまいそうで」

構わず一人で続けるニーナに、サカズキはスッと瞳を細めた。

海賊という敵の筈なのに、この少女は誰よりも自分の正義を見詰めてくる。それを心地いいとは思わない。ただ、傍に置いておくのも悪くないと思うだけだ。

海軍の文字が刻まれたキャップの下から睨みつけるも、相変わらずニーナは真っ直ぐな瞳を向けてきた。

「結局、ダメでした……」

絞り出されたのはか細い声だが、横のサカズキにはしっかり聞こえたようだ。

「フン。何を期待してたのかは知らんが、そう易々と海賊の望みが叶うと思うな」
「……解ってますよ。でも、夢見るくらいいいでしょう。海賊はそういう生き物ですから」

鼻であしらわれたニーナは、苦笑を漏らしながら少しその肩に身を傾ける。避けられることなく受け止めてくれる太い腕に、安堵しながら頬をすり寄せた。

望みが何かなど、口にするつもりは無い。誰に知られて、困らせる必要もないのだから。
けれどサカズキだけは、それを解っても黙っていてくれる。

「私は海賊ですよ。好き勝手やって、正しくない。悪という存在」
「じゃから……」

唐突にグッと腕を掴まれサカズキの膝の上へ引き倒された。あっ、と思った時には目の前に迫った腕がボコリと音を立てながら赤く染まる。

「じゃからお前をそのまま殺せと。そう言っとるのか?」
「あれ、そう聞こえました?」

すぐそこまで迫った死の宣告に眉一つ動かさず、ニーナはそのまま真っ直ぐに相手を見詰め返す。ドロリと業火に燃えるその手が少しでも触れればただでは済まないというのに。

サカズキの揺るがない徹底した正義は、彼が悪と見なしたもの全てを焼き尽くす。海軍の立場も、政府の思惑も、彼のその部分だけは曲げることが出来ない。だから、彼の傍は心地良いのだ。もしかしたら、と思えるから。

けれど期待を裏切り、マグマの手は目の前で止まり、それ以上近付く様子はない。

「このままお前を葬るのは簡単じゃ。海賊に生きとる価値はない」
「…………」
「じゃが、そうはせん」

スッと離れていく腕。それまで纏っていた炎も既に鎮火している。

「お前も解ってる筈じゃあ」
「……解ってますよ。解ってるけど」

それ以上は言葉が続かなかった。冷えて行く胸の内に、諦めにも似た感情で瞳を閉じる。

ああ、どうせ解っていたことだ。

けれど次に感じた髪を梳く優しい感触に、不思議に思いゆっくりと瞼を上げた。

「じゃがその内、ワシが叶えてやる」
「………えっ?」

不思議そうに目を丸くするニーナの髪を、サカズキはまた優しく撫でた。

悪という許すことのできぬ存在は、徹底的に自分が排除する。だからこそ、もしこの娘にもその時が来たのならば、自分の手で遂行してやる。
真っ直ぐに自分を見据える少女が、最期にその瞳に映すのは自分でいい。

何処か漠然とそんな想いを抱きながら髪を梳くその手に、ニーナはフッと表情を崩した。

「アハハ。そうなったら、いいかもしれないですね」

本気にはしていないのか。していたとしても、あまり期待はしていないのか。
少なくとも、サカズキの内心を理解した訳ではないのだろう。その時初めて、ニーナはサカズキから視線を逸らす。

ニーナがそれを実感出来ないのも無理は無かった。サカズキの立場を考えれば、それがあり得ないこともよく解る。
なのに、掛けられた胸に響く言葉は、彼のせめてもの情けだろうか。ならばこれ以上、甘える訳にもいかない。

焦がれるだけで終わらせようと、ニーナは僅かに笑みを浮かべもう一度瞳を閉じる。
その様子に小さく鼻を鳴らしてサカズキも視線を逸らした。
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