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両手両足を鎖で磔の形にされたニーナの腕から、ポタリと血が滴り落ちた。
うぅ、と呻きながら顔を上げるが、目の前は相変わらず暗くて見えない。

痛む頭に顔を歪めながら、ニーナはここへ来る前のハンニャバルの言葉を思い出した。

『Level 0 虚無地獄。何処にも存在しない地獄だ。普段は固く閉ざされている部屋でな。獄内で重罪を犯した囚人の処罰に使う』
『重罪って、脱獄とかですか?』
『脱獄程度の軽い罪を一つ一つ取り合っていたら切りがない。そうではなく、例えば囚人による囚人殺しだ』

他の牢獄と違い、その場所は一人分しか入らない程に狭い。格子は無いが、四方を壁に囲まれ、自分はその部屋の中央に鎖で宙吊りにされている、らしい。

らしいというのは、そこが常に真っ暗で、一寸先も見えない状態だからだ。

『その部屋はあらゆる拷問が可能だ。壁から飛び出る杭やムチ。流される水、電気、炎。温度は灼熱から極寒のどちらにでもなる。闇の中で次にどんな拷問に晒されるか解らず、いつ終わるともしれない地獄だ。心しておけ』

ジャラリと四肢を動かそうとすれば鎖に阻まれる。飛び出た槍に貫かれた肩が痛み、クッと奥歯を噛み締めるが、ジクジクと流れる血は止まらない。


「大体、五日間くらい、かな」

ニーナはここに放り込まれてからの時間を予想する。
嵌められた海楼石の枷が邪魔で気力も落ちそうで。しかもこの暗闇で自分の時間の感覚が何処まで正しいかは怪しいが……

「流石ッチャブルね。その通りよ」
「……へっ?」
「正確には、五日と八時間。明日には釈放。ンンヒーハーッ!」

何処からともなく聞こえた声。聞き覚えのあるそのハイテンションに、ニーナは思わず焦りを見せる。

「イワさん。い、いいんですか?ここ、監視は……?」
「ンフフ。心配ナッシブルよ、ニーナガール。そこは部屋全体が拷問器具の“虚無地獄"。電伝虫も過酷な環境じゃあ居ないわ。居たとしても、その暗闇じゃあ意味がナッシブル」
「少し声が遠く感じるんですけど、すぐ傍に居る訳じゃなさそうですね」
「そうよ。流石に、そのLv 0にはヴァータシ達も近づけない。でも、会話くらいは出来るの。もう使われてない、古い水道管が通っててね、伝声管の代わりになるのよ」

その水道管が、この部屋の近くで途切れているらしい。その端から伝わる声は、隔離された部屋に微かに響く。

「ンフフ。でも気をつけないとね。下手をしたら看守達にこのことがバレ、バレ…… バレな〜い!!」
『バレないのかよ、一本取られたよ』

イワンコフのボケに突っ込むニューカマーランドの住人達の声。どうやら、この会話が露呈することは無いようだ。

「勿論、チェックは完璧よ。隔離されたこの部屋で交わされる秘密の会話が、外に漏れることは決してナッシブル」
「そうなんですか…… ありがとうございます。流石に、この暗闇だと少し気が滅入ってたところなんです」
「普通の人間なら、とっくに正気を失ってても可笑しくナッシブルな状況よ。それなのに、随分頑丈ね」

笑い混じりに言うイワンコフに、ニーナも可笑しさが込み上げる。
一寸先も見えない暗闇で、何時訪れるのか、また終わるのか解らない拷問。流石のニーナも気力を削ぎ落とされていた所だ。こうして話し相手が出来ただけで、非常に気が紛れる。

「それにしても、まさかヴァナタが収まったのがLv 0とはね。可憐なガールに対する扱いにしては乱暴じゃない」
「仕方ないですよ。それは」

ここは大監獄インペルダウン。主な役割は罪人への制裁と、世間へ二度と出さない為に収容しておくことだ。けれどニーナは異例であり、この監獄から釈放されることが決まってここに居る。つまり、ニーナに求められる対応は懲罰のみ。
なのに、それを生温いLv 2やらLv4やらですます訳にはいかないだろう。

流石、マゼランもよく理解している。そこはやはり、職務に忠実で誇りを持つ監獄署長だ。

「それで、お話出来たのは嬉しいんですが、何かあったんですか?」
「いいえ。ただヴァナタみたいなヤンチャガールは珍しいからね。釈放の前に一言声を掛けておこうと思ったのよ」
「フフフ、否定のしようもありませんけど…… 多分これっきりってことにはならないと思いますよ。丁度この部屋ならお話できるって解りましたし」

恐らく、自分への懲罰はインペルダウン送りで定着するのでは。と嫌な予感がして仕方無い。が、そうなると、またイワンコフと話す機会はありそうだ。

「あらそう。ンフフ、それもそれで面白そうね。そうそう、最後に一つ」
「あ、はい」
「ヴァナタ、もうその部屋から出られるわよ。今マゼランがそっちに向かってるの。どうやら今日はもう医療練で治療に入るようね」

それは有り難い、とニーナはふぅっと息を漏らす。度重なる拷問に、出血は勿論、傷が疼いて意識が遠のき始めたところだ。

と思った所で、ガチャガチャと部屋の外の鍵が外される音が響く。

「どうやら、ここまでのようティブルね。それじゃあニーナガール。また縁があれば地獄で会いましょう」
「はい。色々とありがとうございました」

礼を言った直後、ギリリと重い音がして前から一筋の光が部屋へ入って来た。あまりに久しぶりの光に目が潰されるかと思う程眩む。

漸く目が慣れた頃、ハンニャバルを引き連れたマゼランが、扉の前で何処か複雑そうな顔をして立っていた。

「ややっ、ニーナ殿。随分酷い状態だな。まだ意識はあるか?」
「ハンニャバルさん。お久しぶりです。そちらはお元気そうで」
「と、まあ大丈夫そうだな。マゼラン署長が医療練へ連れて行くとのことだ。そのまま明日の午前中に釈放だ」
「はぁ、ご迷惑お掛けします」

ハンニャバルの言葉に頷いていると、無言で近付いて来たマゼランによって手足の鎖が外される。
途端、膝から力が抜け地面に倒れ込む。が、その寸前で抱き上げられた。

前にも同じ様な状態があったな、とニーナが上を見上げれば、未だ眉を寄せた複雑な表情のマゼランと視線が合う。

「…………平気か?」

ボソリと掛けられた声。小さな声だったがきちんと聞き取れたその言葉に、ニーナはニコリと笑顔で返した。
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