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吹雪が荒れる極寒の中、普段は見られない看守達の影が蠢いていた。

「うぅ…… 一体何故こんなことになってるんだ!!」
「フフフ。これで署長の責任問題に……」

熱り立つマゼランと密かに喜ぶハンニャバルの目の前では、ガランとした牢獄。そこに居る筈の影は見当たらず、捜索が行われている最中だ。

「しかし署長。ニーナ殿は何処へ…… 脱獄でしょうか?」
「………あの娘に限っていえば、そんなことは無いと思うが。しかし楽観も出来ん。とにかくフロア内をくまなくさが、………?」

探せ、と指示を出そうとしたマゼランだが、視界に映った雪煙に言葉を切った。少々目を凝らして見れば、その原因はそれまで捜索していた少女。ニーナだった。

「あ、マゼランさ〜ん!!」
「貴様、何をしてっ!?」

ニーナは明るく朗らかに微笑んでいるが、その後ろから付いてくるものに、看守達は顔を青ざめる。

「しょ、署長!軍隊ウルフが……」
「特別囚人が看守二人を抱えてこちらに走ってきます!」
「軍隊ウルフの群れでは、我々も対処が出来ません!署長、ご指示を!!」

思わず後退る看守達に構わず、ギリリと奥歯を噛み締めたマゼランのこめかみから、ドロリと紫色の液体が流れた。

「お前という奴はっ!!」
「わっ!?と、と……」

紫色の液体が自分へ向かって飛ばされる。ニーナが素早く飛び上がってよければ、それは全て迫って来た軍隊ウルフの群れへと向かう。

キャイン!と高い鳴き声を上げた狼達は、野生故に毒を本能的に危険と認識したのか。多少唸ってみせたものの、すぐさま逃げ戻って行った。


狼達を撃退したマゼランの横にスタンと優雅に着地したニーナは、両肩に担いでいた看守をゆっくりと下ろす。

「大丈夫ですか?」
「あ、あ、……えっと」
「私を探してたんですよね。すみません。軍隊ウルフの巣の方まで来させてしまって」

非常に困惑する看守に軽く頭を下げるニーナ。
その様子に立腹した様子で声を荒げたのは、マゼランの毒から逃げるべく身を隠していたハンニャバルだった。

「ややっ!ニーナ殿。なんで戻って来てるんでスマッシュか!お前が逃げてくれれば、そのまま署長責任に出来たのに。あ、いたっ!」

ガツンと頭を殴られたハンニャバルが不満そうな顔で頭を抑える。その姿に思わず可愛い、と頬を緩ませたのは、ニーナだけではないだろう。

クスス、と肩を揺らすニーナが、込み上げる笑いを押し殺しながら口を開いた。

「すみません。別に逃げた訳じゃなくて…… 偶然、鍵を見つけて。軍隊ウルフが可愛かったので、ちょっと散歩しながら可愛がろうかな、って」
「貴様。囚人の身で何をやってるんだ!」
「アハハ。ごめんなさい。ただ、あんなに可愛い狼なんてみたら、なんだか我慢が…… いたっ!」

ガツンと頭を殴られた。ズキズキと痛む頭に、ぷっくりとタンコブが膨らむ。中々効果のあるそれを、ぐぅっ、と唸りながらニーナは抑えた。

「貴様、自分がどういう立場なのか自覚が無いのか!」

怒るマゼランだが、途端に涙目で見上げられてうっ、と怯んだ。両手で頭を抑えながら上目遣いにこちらを見上げてくる潤んだ瞳に、抗う術などなく頬が熱くなる。

「ごめんなさいマゼランさん。ご迷惑お掛けしました」
「だ、誰が心配などするか!」
「はい?」

思わず、と言った風に反論したマゼランだが、そんなこと一言も言っていないのにとニーナは眉を上げる。
けれどそれには気付いていないのか、マゼランは誤摩化す様に後ろの部下へと指示を飛ばしていた。

「特別囚人を移動させる。すぐに手配しろ」
「ええー、また移動させるんでスマッシュかぁ!?」

ニーナとハンニャバルが顔を見合わせて、またか、と肩を落とした瞬間であった。


***


カツン、カツン、と不気味な足音が石造りの壁に反響していく。
そこへ通じる道は、今までのフロアなど児戯だとでも言わんばかりの空気を醸し出していた。

「……私、極悪囚人なんですか?Lv 6なんて、噂でしか聞いたことありませんよ」
「仕方ないだろう。Lv 4の焦熱地獄では不十分だが、監視が行き届かないLv 5では不安だ」

目の前を歩くマゼランは、そんな空気など気にしないのか。普段の威厳を失わずに歩くその背を、ニーナはひたすらに追いかけた。

「それにしても、ニーナ殿が極寒フロア内で行方不明になった時は、それはもうびっくりしたぞ」
「エヘへ。ごめんなさい。いや、ちょっとだけ散歩の積もりが、どうも迷っちゃったみたいで」
「フン、そうだろう。私も、昔は何処が何処だか解らなくなったものだ。だが、今はもうこのインペルダウン全フロアの地図が頭に入ってるのだ」
「流石、副署長」

腰に手を当てて自慢げに話すハンニャバルを、ニーナが微笑ましく思いながらおだててみる。すると、面白いほど顔を輝かせて、より誇らしげにして見せるその姿に、ニーナも頬が緩んで仕方ない。

「フフフ。だが署長になればもっと凄いぞ。囚人の罪や拷問のシフト、職員の数まで記憶せねばならんのだ。それもマゼラン署長は完璧にこなされてる」
「それは凄いですね。勤務時間が短くても、マゼラン署長は頼りになりますね」
「うむ。まったくだ。だが、その署長の椅子も、すぐに私のモノになる」
「フフフ。それは楽しみですね」

けれど、そんな風に二人で和んでいると。

「あ、イタイッ!な、なんで私が殴られるんでスマッシュか」
「仮にも囚人と楽しげにするな」

飛んで来た拳にハンニャバルが悶えた。
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