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ニーナは男、イナズマの後に続き、通された部屋のソファに座っていた。その周りでは、ここが監獄だと忘れそうになる様な光景が広がる。
男女問わず、何やら画期的な格好をした人達が、皆思い思いに過ごし、楽しんでいるのだ。
「まさか、こんな所で革命軍にお会いするとは」
「どうやらこの場所の事が気になっていたようだからな。妙な詮索をされて露見する前に、招いたという訳だ」
「ここは……えっと…… どういった場所で?」
「それはあの方が教えてくれる」
すると突然、部屋の明かりが消え、細いスポットライトだけが残った。
「ンフフ、よく来たわね。キャンディガール…… もしくは、特別囚人、ニーナガールと呼んだ方がいいかしら」
スポットライトに照らされたのは、大きな影。大半はその独特のアフロの様な髪が占めるが。
「見てたわよ、貴方の行動。フフ、ここが何か気になってる?ここはインペルダウンの下水道から、“あるハズの無い道”を進むと辿り着く……囚人達の楽園〜〜ナ!」
ジャーンと脇に居る女性が、弾いたギターの音が響く。
「ン〜〜、ヴァナタはもう聞いたかしら。時折囚人が消える事件。監獄における謎の一つ。“鬼の袖匹”」
画期的な衣装を纏った新たな人物達がステージに上がり、中央の大きな影の周りに集いだした。
「そうそう今日も看守達は騒いでる……「囚人が消えた」「魔界へ引きずり込まれた」ってね。でも残念。み〜〜んな、ここにいるわ!!」
クイ、クイ、とポーズを決めながら、ジリジリとステージの前へ進み出て行く。
「当然ここは魔界なんかじゃない。けど、ンフフ。強いて言うならオカ“マ界”。ようこそ、ここは……」
途端、パッと部屋一杯に照明が灯り、振り向いたその影が鮮明に映し出される。
大きな顔に塗られた画期的なメイク。画期的な衣装。そのハイテンション。
「インペルダウンLv 5.5番地、囚人達の秘密の花園!ア〜〜っ、「ニューカマーランド」!!ヒィ〜ハー!!」
「キャーっ、イワ様〜〜!!」
あまりの想像を超えた光景に思わずニーナは、ポカンと口を開いて少しの間固まってしまった。
***
正気を取り戻したニーナはこの場所の女王、“オカマ王・イワンコフ”の前にて出された紅茶を不思議な気分で見つめていた。
「驚いた。地獄に仏とは、まさにこの事ですね」
「ンフフ、ここへは偶然辿り着く囚人が多いけど、ヴァナタはまた別。二度もここへの入口を見付けながら、他人に遠慮して無視するなんて」
「アハハ。私が消えたら、超現象なんかじゃ済まないですから。大捜索が行われたら、それこそコチラにもご迷惑が掛かりそうでしたし」
「でも、三度目の正直ってね。ヴァナ〜タはここへ辿り着いた。折角だから楽しんで行けば?」
ニーナが見渡せば、それは楽しそうに談笑やゲームに興じる元囚人達。いや、脱獄した訳ではないので、まだ囚人と言うべきか。
見れば見るほど、ここが監獄だとは信じられない。
「でもよかったんですか?私なんかをここへ招待して。この後で看守達に喋るかもしれませんよ」
「あら、そうなの?まあヴァナ〜タがここに留まる理由はあまり無いわね。特別囚人の収容期間は10日間。あと六日で貴方は釈放の身。ンフフフ。さあ、どうする?この秘密の花園の事を喋る?」
ゴクリとそれまで周りで静観していた他の囚人達が固唾を呑む。ピキリと走った緊張は本物。
だがそれをクスリと軽く笑うとニーナはソファの背凭れに身を沈めた。
「いいえ。“ここが何か”という疑問が解消できた時点で、それ以上踏み入る理由はありません。下手な干渉や、看守達への贔屓は無粋ですし。折角ここで知り合えた革命軍幹部のご招待を、政府に味方して仇にすることもありませんから」
「ンフフ、面白い答えねェ。自分の感情に理屈を立てての説得。好きじゃないけど、中々気に入ったわ」
ヨーク海賊団時代の名残りか、疑問を覚えるとつい解消したくなる癖。それが果たされた時点で、ここへの興味は薄れた。
そもそも、元々ニーナにここの事を告発する気も、理由も無い。
その答えにはイワンコフも納得したらしい。
紫色のリップが厚く塗られた唇をつり上げ、ニッと笑った。