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ニーナ入獄から四日。またしても監獄署長マゼランの元には苦情が来ていた。
「ん〜〜〜、やっぱりダメよあのコ。全然悲鳴(スクリーム)が足りないっ!」
「焦熱フロアで他の囚人の三倍労働をこなしてる。しかも、他の囚人が獄卒獣の制裁の盾に使いやがるもんだから、目も当てられねぇですよ。やっぱり焦熱地獄では不足なのでは?」
薪運びなどまるで堪えず、さっさと涼しい顔でこなされてしまう。その上獄卒獣の攻撃にも、苦痛の表情は見せても中々倒れない。その所為か、自分に鉄槌が下る前に、と姑息な囚人達はニーナの後ろに隠れてしまう始末。挙句にはニーナがそれを許してしまうものだから、獄卒長のサディちゃんとしては堪ったものではない。
牢番長サルデスも若干呆れ気味だ。
「責任問題ですぞ、署長。職務怠慢と取られても可笑しくな…… 」
「下劣な!あんなか弱い少女を盾にするだと!?」
「いや、か弱くはないと思いマッシュが…… あと署長。そこはいずれ私の机になるので、壊さないで戴きたいでマッシュ」
ダンッ、と署長机を思い切り拳で叩いたマゼラン。その言動の若干のズレにハンニャバルが思わず突っ込めば、ギロリと睨まれた。
「一体、何時の間にそんな事態を許した?」
「アンタの勤務時間が短いから報告出来なかったんでしょっ!」
またもや的確なツッコミだが、これもマゼランには届いていない。
「とにかく、だ!特別囚人は移動させる。それとサディちゃん。焦熱フロアの囚人全員に仕置きをしておけ」
「ん〜〜、それ最高!もう堪らないわ!」
嬉しそうに震えるサディちゃんを尻目に、マゼランはまた深くため息を吐いた。その毒ガスの餌食となり苦しげに悶えるのは、当然の如くハンニャバルである。
***
「また移動ですか。なんだかお手数ばかりお掛けしてるみたいですね」
「まったくだ。これで署長責任になればいいのに」
「フフフ。今度は何地獄ですか?」
「すぐに解る。ここだ」
カツンと階段を下っていった先の大きな扉の前で、看守の数人がコートを装備しだした。
なるほど、と納得するニーナの視界に、扉の奥に広がる真っ白い世界。Lv 5極寒地獄の景色が広がる。
「凄い。建物の中なのに極寒の雪景色なんて、どういう仕組みですか?」
「企業秘密だ。さて、牢の方へ案内する。着いて来い」
そういいながら、後ろの看守にそれまで常に手に持っていた三叉槍を渡したハンニャバル。しかも上半身は相変わらず裸のままだ。
「いや、我々にはとても真似出来ません。流石副署長。それではお気をつけて!」
「フン。囚人達に副署長の格というものを見せつけてやるまでだ」
どうやら彼のそれは格好を付ける為だったらしい。
行くぞ、と歩き始めるハンニャバルに続き、ニーナは吹き荒ぶ雪と鋭利な刃の様な冷気の中を歩いた。
大雪で視界は悪く、足元も積もった雪に阻まれる。しかも、あまりの冷気に流石のニーナも眉を顰めた。
時折見られる牢の中では、囚人達が青い表情で寒さに震えている。
誰もが口数少なくなる様な、まさに極寒の地獄が全ての者の体力を奪っていく。が、
「オラァ、署長の椅子を明け渡せェ!」
一人元気良く歩くハンニャバル。高く掲げた拳を、別の理由で震わせている。
「クスッ。いいんですか?マゼランさんに見られたら、また怒られるんじゃ」
「フフフ。この極寒地獄は監視電伝虫がいないのでな。だから、署長の悪口を言い放題なんだ」
「……監視が、無いんですか」
「ああ。流石にこの極寒ではな。そらっ!さっさと署長の責から滑り落ちろォ!」
ハンニャバルの何気ない一言に、ニーナがピクリと反応を示す間にも、野心的な監獄副署長の歩みは進む。
***
「フン!」
ハンニャバルが拳を振るった途端、キャインと高い鳴き声と共に殴り飛ばされた数匹の狼。
けれどまだ諦めずにグルグルと喉を鳴らし、舌舐めずりをしながらにじり寄ってくるその姿に、ニーナは感心した。
「軍隊ウルフなんて、珍しいですね」
猛獣すら骨まで残さず食い尽くす彼等にとっては、囚人も看守も同じ“獲物”なのだろう。襲い掛かる狼を、ハンニャバルは事も無げになぎ払っていく。そして、
「フン!……」
チラリと後ろを見やってニーナの反応を窺ってくる。その姿には、思わずニーナも頬が緩んでしまった。
「かわい…… あ、いえ。カッコイイですよ!流石、未来の監獄署長!」
「フフフ。当然だ。いずれあの椅子は私のものになるのだ。署長なんて目じゃない」
イェイ!とVサインまで作るハンニャバルに続いて、漸くニーナを収容する牢獄までたどり着いた。