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目の前の光景に、マゼランは抑えることなく怒声を響かせた。

「囚人は貴様の憂さ晴らしの為に居るんじゃないぞ!何度言わせるつもりだ、シリュウ!」
「あァ?どうせコイツらは罪人。クズを切って誰かが困るのか?」

足早に近付いてくるマゼランの姿に、シリュウはさっさと背を向けてしまう。刀に付いた返り血を払いながら、床に横たわるニーナに一瞥だけ残して。

「おい、シリュウ!貴様、特別囚人にまで手を……」
「エホッ!ハァ、別に……大丈夫ですよ。マゼランさん」

熱り立つマゼランを、ニーナがそれ以上言及される前に止めた。交わされた会話の内容を、彼が知る必要は無い。

その姿に、今はシリュウを罰するよりもこちらを処理する方が先だと思い直したらしい。マゼランの大きな手に、力の入らない身体が抱き上げられる。

「すぐに医療練へ。あの愚か者が……」
「署長!一体何が…… ややっ!?これは、ニーナ殿では。えええ!瀕死じゃないですか。これは、署長責任ですぞ」
「ハンニャバル。シリュウへの謹慎処分を言い渡しておけ。また暫く看守長代理をドミノに任す」
「ま、またシリュウ看守長ですか!?やはり、これは署長の管理不行き届きといいますか。ここは責任を取って貰う他ないといいますか」

慌てて駆けつけたハンニャバルがまた揶揄する。彼の野心は、留まるところを知らないらしい。
けれどマゼランは普段の無視を決め込み、拷問フロアから別の場所へと続く階段を進む。

その様子を横目に、怒りを見せるマゼランにニーナは思わず疑問を投げかけていた。

「またって、シリュウ看守長ですか?でも、私は死なせる訳にはいかないとしても、他の罪人は殆どが死刑囚ですよね。なのに処罰対象に?」
「ここは地獄であっても、裁きを与える監獄だ。虐殺する場所ではない」
「………」
「処刑にはそれ相応の厳正な判断とやり方がある。我がインペルダウンで、勝手を許すつもりはない」

その横顔から、この職務に対して抱く責任と誇り、そして彼の誠実さを感じた。
後ろで控える副所長のハンニャバルも、先ほどまでの悪態など何処へやら、キラキラと素直に憧れを示す表情でマゼランを凝視している。

その姿に、ニーナも思わず衝動を抑えられなかった。その腕から思い切り飛び降り、ハンニャバルの横に着地すると同時に二人で腕を上げる。

『ヘイ、署長っ!署長っ!あっそれ、しょっちょおぉぉぉ!」
「何をやっとるんだ貴様等!」

くいっ、くいっ、と腰に手を当てて、小躍りまで始める二人を、マゼランが大声で怒鳴り飛ばした。その顔は、若干赤い。
すると、それまでハンニャバルと並んで踊っていたが、ニーナの視界が歪みバランスを崩す。

「お、おい!?」
「アハハ。ごめんなさい。やっぱり、ちょっと血が足りないみたいで」
「馬鹿かお前は」

地面に崩れる前にマゼランにまた抱き上げられ、ニーナも思わず破顔する。

「でも本当に、かっこいいですねぇ。流石、監獄署長」
「ばっ、馬鹿を言うな!さっさと治療を受けろ」

更に赤みが増した頬で怒ろうと説得力など無く、むしろその様子を見せつけられた医療練の職員を困惑させるだけに終わるのだが。
取り敢えず、ニーナを放り込んだマゼランはさっさと退出してしまった。

「あ、ハンニャバルさん。ちょっといいですか?」
「ん?」

マゼランに続いて退出しようとしたハンニャバルをニーナが咄嗟に呼び止める。
相変わらず、般若の様な怖い顔つきだが、その仕草は何処か可愛らしい。クルリと振り返ったその動作の愛らしさに、思わず頬が緩むニーナだが、口元を引き締め真面目な表情を作る。

「あの、拷問フロアって隠し通路みたいなのあるんですか?例えば、猛獣地獄のマンティコアの巣の中、とか」
「はぁ?そんなもの、ある筈無いが」
「……そうですか。あ、いえ。何でも無いんです」
「そうか。署長責任にはならなさそうだな。まったく、さっさと署長の座を明け渡せばいいものを」

特に気に留める様なことでは無かったらしい。ブツブツと相変わらず署長の座への野心を呟きながらマゼランの後を追った。

その後ろ姿に、ニーナの眉が僅かに動く。
ああみえても、ハンニャバルはこの監獄の副署長である。獄内には当然精通している筈。その彼でさえ知らないと言った。
ならば……

(あの抜け道みたいなのって…… なんだったんだろう)

医療練のベッドに倒れ込みながら、深まった謎に首を傾げた。
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