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扉を潜り抜け、途端に増した空気の陰湿さと重さ。するとその奥から大きな影がヌッと現れた。

「ようこそ、我がインペルダウンへ」

般若の様な顔で奇妙な被り物をした男が、一見怖そうな顔で近づいて来た。

「あァ、間違えました。“我が”って野心でちゃった。私は、まだ、副署長のハンニャバルです。そちらが、例の特別囚人で?」

意外とお茶目な一面があったハンニャバルに、ニーナも少し微笑みながら軽く会釈する。

「ニーナです」
「んげっ!もろ好み!!健康的ピチピチ美人!」
「は、はい?」

途端に取り乱すハンニャバル。不可解な事態にニーナは思わず頓狂な声を上げてしまった。

「おぉっと、失礼しました。そちらが、ニーナ殿で。ムフフ、私の、ニーナ殿で?」
「副署長。囚人の入獄は速やかに」
「アァ、っと。うっかり野心でちゃった。それでは、大将殿はあちらでボディチェックを。ニーナ殿の案内は、こちらの副看守長のドミノに」
「ドミノです。早速ですが、あちらの網の向こうへ進んで戴き、百度のぬるま湯が滾る鉄釜とその後の“洗礼”を受けて戴きます」

早速か、とニーナは自分を見詰めるクザンにチラリと笑みを向けた後、ドミノという女性の後を追った。

「囚人には衣服を全て脱いで戴くのですが、女囚の場合は薄い肌着が許されています。ではこちらへ」

促された先には陰鬱と淀んだ空気と、地獄の入口に相応しく異様さを醸し出す拷問器具。
それらを見渡した後、ニーナは静かにその奥へと進んだ。


***


“洗礼”を終えたニーナは、ドミノに案内されながら階下の署長室へ向かわされる。
リフトに乗り込んだ囚人服姿のニーナに、クザンは視線をジッと注いでいた。

「やはり囚人といえど格があります。悲鳴一つ無い見事な入獄。女囚では“若月狩り”のカタリーナ・デボン以来です。中には、眉一つ動かさずに入獄する囚人もおりますが」
「ここより階下は拷問フロアを通りマッシュ。心地好い悲鳴を、どうぞお楽しみ下さい。署長室のある焦熱フロアは暑いので、そのおつもりで」

そうする間にも囚人達の悲鳴が響き渡る。
阿鼻叫喚と化すその様子を心地好いと言ってしまえる彼等は、やはり地獄の番人に相応しいのだろう。

ヒシヒシと感じる空気の重さに、ニーナも流石に何か喋る気にはならず、無言でハンニャバル達の後に続く。

「到着しました。少々お待ちを…… 署長、失礼します」

ドミノが扉を開けた先では黒いコートで葉巻を咥えた男が、ソファにどっかりと腰掛けていた。
彼が噂の監獄署長だろうか、とニーナは予想したが前を歩くハンニャバルによって彼の正体が明かされる。

「ややっ!シ、シリュウ看守長。ここで何を?」
「ああァ?俺が特別囚人の顔を見にきちゃ可笑しいのか?」
「そ、その様なことは……」

帽子の下から睨む男。看守長のシリュウにハンニャバルは膝を震わせる。

「副署長は相変わらず、看守長が苦手なのですね」

サラリと突っ込むドミノ。どうやらこの構図は日常茶飯事のことのようだ。

「もう少々お待ち下さい。署長は一日の内10時間程、お腹を下しておトイレに籠られますので」
「は、はぁ。そうなんですか。それは、大変ですね」
「ご心配なく。既に日課と化していますので」

変わらぬ表情でそう告げるドミノに、ニーナも苦笑する他ない。すると目の前にシリュウという大男が進み出て来た。

「それで、お前か。特別囚人ってのは」

その威圧感に、ハンニャバルはそれこそ涙目で数歩離れて行く。しかしニーナは帽子の下から向けられる眼光を黙って見つめ返した。

「フン!細っこい小娘が、海軍大将を引き連れる様になるとはな。一体何をやらかしたんだ?」
「やめないかシリュウ」

シリュウの言葉を遮る様に響いた声と、ジャーと水の流れる音。それに続いて部屋の奥の扉からこれまた大きな黒いコートの男が現れた。

「無闇に囚人に突っかかるな」

僅かに疲れた様な表情の男にドミノが敬礼する。

「署長、ご苦労様です」
「はぁー、今回も激しい戦いだった。それに部屋が眩しい。やはり心を閉ざしていたい」

腹部を摩りながら現れた大男。監獄のボス、署長マゼランが溜息を吐いた。

「アホな事言ってないで、さっさと署長の椅子から滑り落ちて下さい。あ、間違えた。特別囚人と面会して下さい」
「相変わらず、酷い言い間違いだなハンニャバル。俺にはなんと心ない部下がついてしまったんだ」
「う、ウアァ!溜息をやめて、署長ぉぉぉ!」

毒人間の彼は身体の全てが毒となる。つまり、その吐く溜息も毒ガスになるということ。
はぁー、と吐かれた息の犠牲となったハンニャバルがその場で倒れる。

なんとも個性的な面子だ。

「それで、特別囚人というのは……」

疲れた表情のマゼランが室内を見渡す、とその場で静かに事の成り行きを見守っていたニーナと視線があった。

「おぉ!なんと、予想以上の可憐さ!まるで地獄に咲いた花」
「署長。そのまま美人に現を抜かして、署長の職を放棄して下さい!」
「何か言ったか、ハンニャバル」

まるでコントだ。その場で繰り広げられるやり取りに、思わずニーナは笑いがこみ上げる。
クスリ、と耐えきれずに零したニーナに、驚いた様にマゼラン達が振り向いた。

「あ、ああ。ごめんなさい。仲が宜しいんですね。署長さんと副署長さんは」
「はっ?」
「申し遅れました。此方でお世話になります。パスカル・ニーナです。ご迷惑をお掛けしますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「あ、ああ」

丁寧に深く頭を下げたニーナに、マゼラン達署員側が些かに困惑する。それも当然というべきか。囚人からこの様に挨拶されるなど、今までに一度たりともない。ましてや、この世の地獄と称されるこの大監獄で。

その感覚に覚えがあるクザンがニーナを押しのけマゼランの前に出る。

「まあ、こんな娘だけどさ。宜しく頼むわ」
「はっ、青キジ殿。お任せを」
「一応政府からも通達はあったと思うけどさ。期間は十日間で、絶対に死なせないってことで。この娘に死なれるのは、ちょっと困るもんでね」
「承知しております」

念を押してくる海軍大将に、マゼランは真剣な顔で頷いた。

「それでは、ニーナ殿にはLevel2、猛獣地獄の房に入って戴きます。大将殿の見送りはここまでで。それではこちらへ」

副看守長のドミノに誘われ、ニーナは地獄の奥へと連行されていった。
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