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ニーナの入獄、Level2への収容から一日。監獄署長マゼランの元へは、苦情が殺到していた。

「ん〜〜、んなんなのあのコ。拷問に悲鳴(スクリーム)一つ上げないなんて。攻め甲斐が無いわ」
「ブルゴリ始め、Level2の猛獣を完全に手懐けられてしまった。このままでは、他の囚人にまで影響が出かねねぇ状態です」
「これは署長の責任問題ですぞ!もう署長失格!」

ハンニャバルは無視したが、獄卒長サディちゃんと牢番長サルデスの言葉を聞き流す訳にもいかず。マゼランはトイレから出てすぐ、事の元凶、ニーナの元へ向かった。



一方のLevel2でのことだ。地獄の名に相応しい、海底の大監獄インペルダウン。昼夜止まる事の無い拷問と苦痛に、救いを求める悲鳴が響き渡る。
そして当然、その一角を担うLevel2猛獣地獄でも、同じ筈。

「キャアア!」

囚人には似つかわしくない、可憐な少女の悲鳴。その先の光景から、その他の囚人達は思わず目を逸らした。

「やあん、可愛い。ほらほら、こっちおいで。はい。ラーメン」
「……ラーメン」
「キャア、よく出来ました。さっすがスフィンクスちゃん」

地獄とは名ばかり、ここは天国ではないか。と言わんばかりにニーナは猛獣フロアを満喫してしまっていた。

海楼石の枷はそのままだが、それでもLevel2如きの猛獣では歯が立たなかったのだ。その結果、ニーナを恐怖と苦痛へ誘うべく遣わされた筈の猛獣達は、こうしてニーナの癒しとなっていた。

「やっぱり猛獣は力の差を見せれば、素直になってくれるんだものね。ああん、バジリスクちゃんもかっわいい!」

その様子を遠巻きに見つめ、監獄署長マゼランは毒のため息を吐いた。

「拷問は大人しく受けるんだが、Level2の囚人用じゃまるで堪えねぇで。それに、猛獣がどいつもびびっちまって、使いもんになりゃしねぇ。Level2でどうにかなる囚人じゃねぇですよ」

牢番長サルデスも、その破天荒ぶりには手を焼いていた。事はニーナだけの問題に留まらず、猛獣が大人しくなってしまっては、他の囚人達にまでいらぬ影響を与えるのだ。

「……確かに、可憐な見た目に惑わされたようだ」
「そうですよ、全く。署長として見る目が無さ過ぎでスマッシュ」
「すぐに牢を移す。さて、何処がいいか」

抱え込んだ厄介事に、マゼランはまたため息を吐いた。


***


徘徊する獄卒獣が武器を振り回し、囚人達を地獄の血の池の底へと突き落として行く。

Level4焦熱地獄。鉄釜に熱された血の池と火の海に包まれたフロア。響く悲鳴は熱された蒸気に包まれて行く。

「薪を運べ!グズグズするな!」

己を焼く為の薪を囚人達自ら運ばせる獄卒。

「……暑い」

その様子を眺めながらニーナは、檻の中で一つため息を吐いた。
やはりあまり愉快とは言えない光景。しかも、獄卒獣に殴られた頭から血が滴り、周りの囚人に遠慮してわざわざマトモに受けた事を多少後悔した。

次からは、やはり多少防御してもいいかもしれない。

そんな事を考えていると、獄卒数名がこちらの牢へ近付いて来たので、時間かとその場で立ち上がる。

「出ろ!時間だ」
「はーい。日課、ご苦労さまです」

特に臆するでもなく朗らかに挨拶するニーナに、獄卒達も僅かに戸惑う。Level4ともなれば、凶悪な犯罪者ばかりが蠢くフロアである。
そこにあって、まるで華でも咲いたように一人立つ少女。


とはいえ、彼等も仕事を忘れた訳ではない。大監獄の獄卒として、地獄の名に相応しく囚人達を苦しめることに全力を注ぐ。

「モタモタするな!さっさと歩け!」

鉄釜の上の橋で薪を運ぶ囚人達の悲鳴と獄卒の無慈悲な声が響く。その下では、鉄釜に熱された血の池がボコボコと煮えたぎっていた。

「くっそぉ!熱い!内蔵が焼けるぅ」
「退け!道を開けろぉ!」

藻掻き苦しむ囚人達が、その責め苦に耐えきれず逃げ惑う。が、それらはすぐに押さえ込まれ、再び血の池へと突き落とされて行く。

その様子を横目に、ニーナはよいしょっ、と薪を肩に担ぎ直した。

燃え滾る火の海を通り、血の池を通り、薪を運ぶ。悲鳴と絶叫を飲み込む熱気と業火。
地獄の責め苦に喘ぐ囚人達に混じり、一人だけ涼しい顔でその通路を歩く。

「ふぅ…… 暑いし、熱いなぁ」

流れる汗を払う様に、片手で絡まる髪を梳いた途端、後ろでまた悲鳴が上がった。
何時もの様に囚人が騒いでるのか、と聞き慣れてしまった悲鳴を気にせず進もうとするが、それと同時に耳に届いた声に動きを止める。

「シ、シリュウ看守長!?なにを…… ギャアアアア!」
「お前等に用はねぇよ」

聞き覚えのある声に、ニーナは驚いて振り返る。が、そこで目にしたのは、次々と血を流して倒れて行く囚人と獄卒達。

「探したぜ、小娘」

ニヤリと葉巻を咥えた口が弧を描く。湯気の向こうから現れた大男に、ニーナは一瞬何が起こっているのか計り兼ねた。

「ま、また看守長が囚人を無差別に!」
「マゼラン署長に、至急連絡を……ギャア!」

「チクるんじゃねえよ」

獄卒にすら刀を振るうその行動に、ニーナは目を見開く。あまりの事態だが、これが一大事だということは理解出来た。

「マゼランが来ちまうだろうが」
「か、看守長がぁ!」

ギラリと看守の一人に迫るその刃が、ガキンと何かに阻まれる。

「……あぁ?これは予想外だな」

咄嗟に間に入り、自分の腕に嵌る枷で刃を防いだニーナを、ギロリとシリュウが睨みつけた。

「取り敢えず、行って下さい!」
「は、はいぃぃ!」

慌てふためき逃げ去る看守達を背に庇い、ニーナは突然現れた“雨のシリュウ”看守長と対峙する。その視界の隅では、血を流す囚人達の体が所々で転がっていた。

「……何か御用ですか?」
「フン。どうにもその面が気に入らなくてな」

ガキン、と振るわれた刀を、ニーナはまた咄嗟に防ぐ。が、枷に阻まれる自由と、予想以上に重いその一撃に体制を崩された。
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