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棺船が進む海は、幾分か安定していて穏やかだ。ポカポカと暖かい日差しに満足しながら、ニーナはゴロリと寛いだ。

「うーん、気持ちぃ」
「随分、好き勝手していたようだな」
「私の所為じゃないのに」
「フッ。分かっている」

船の椅子部分に座るミホークに後ろから呼びかければ、正面を向いたままでも表情を緩めたのが分かった。

あのままマリージョアを飛び出して来たので、きっとセンゴク辺りは怒っているだろうが、近い内に連絡をいれれば問題無い筈だ。

「暫くは兄さんと一緒に居ようかな」
「好きにしろ」
「この後は何処に行くの?」
「お前の好きな場所でいい」

感じる平和で穏やかな空気に、ニーナはコロンと転がりながら頬を擽る海風に顔を綻ばせた。


***


南の海(サウスブルー)の空の下には海を進む大きな船、レッド・フォース号の姿があった。天気は快晴で、船員達が陽気に騒ぐ声が聞こえる。

けれどそんな中、突然、見張りに立つ船員の悲痛な叫びが響いた。

「頭!大頭ぁ!」

この声は、敵船だな。恐らく、強敵の。
と予想をつけながら楽しそうに瞳を輝かせたこの海賊団の船長。“赤髪のシャンクス”は顔を上げた。

「どうした!」
「ひ、棺船です!“鷹の目”で〜す!!」
「アイツが?」

これは珍客だ、とそれまで横になっていた身体を起こし、甲板を歩く。

「お頭。ここでやり合うのか?」
「さァな。奴が何をしに来たのか。まあ出迎えてやろうじゃねえか」

隣に立ったベックマンを一瞥し、シャンクスは船縁から見え始めた黒い小舟に視線を向ける。が、一向にこちらへ近づいて来ない。

「なんだあの野郎。俺を無視する積もりじゃねえだろうなァ」
「おいおいお頭。まさかこっちから仕掛ける積もりじゃぁ」
「お前等、“鷹の目”を追え!」

やはりか、と頭痛を感じたベックマンの予想通り、シャンクスは子供の様に拗ねてレッド・フォース号の進路を指示する。

“赤髪のシャンクス”の象徴である左目に傷を持つ髑髏が、的確に風を捉えれば、少し遠くを行く棺船にはすぐに追いついた。

小さな小舟の横に船を寄せた途端、船縁から顔を出してシャンクスは叫ぶ。

「おい“鷹の目”。お前、無視するこたァねだろうが!」
「は、はい?」

けれどそれに答えたのは見慣れぬ少女。はっ?と首を傾げる黒髪の娘に、シャンクス達赤髪海賊団も首を傾げる。

「えっと、“鷹の目”に御用ですか?」
「あ、ああ。そうだが、お嬢ちゃんは……?」
「兄さん、兄さん。お客さんだよ」

見たことの無い少女に目を奪われていた所為で気付かなかったが、よくみれば探していた本人は、その少女の膝に頭を乗せ、特徴ある帽子で顔を覆いながら寝転んでいる。

ニーナがその肩を軽く揺すれば、横たわったままの男の腕が動き、帽子を少しズラした。すると、その下から見紛う筈もない、鋭い鷹の様な眼光がギラリと機嫌悪そうに睨みつける。

一瞬の間。その鷹の目とシャンクスの目がほんの一時交わった。かと思えば、鷹の方の目はすぐに帽子に隠されてしまう。

「ニーナ。面倒な奴が現れても相手にするな、と言って置いた筈だが」
「おい!面倒とはなんだ、面倒とは!」

ミホークの呟きはシャンクスの耳にも届いたらしく、不満顔で文句を述べてくる。流石に以前は決闘を繰り返したライバルとも呼べる相手に、「面倒な奴」と一蹴されては面白くないだろう。

すると、ニーナが困り顔で軽く頭を下げてみせたので、シャンクスの意識は一気にそちらに奪われた。

「そ、そうだ!お前、なんだその娘は。まさか“鷹の目”の女か?んな訳ねえな、可愛すぎる。攫って来たんだろ。そんな若くて可愛い娘手篭めにして、俺は悲しいぞ!おい、聞いてんのか“鷹の目”」

瞬間、鋭い斬撃がシャンクス目掛けて飛んだ。
世界一の剣豪による刀の一振りは飛ぶ斬撃となり襲いかかる。が、勿論それは弾かれた。

ガキン、と音がしてシャンクスが防いだ所為で衝撃は霧散するが、その向こうに何処までも鋭さを増した金色の双眸が現れる。

「煩い」

そのあまりの恐ろしさに、海賊団の船員の殆どが身震いした程だ。

が、シャンクスは別の意味で目の前の光景に身震いした。

「お前、まさか本当に……」
「喧しい。下劣な言葉をこの娘に聞かせるな」

そこには、ニーナをしっかりと抱き寄せたミホーク。実は、片手で片方の耳を、もう一つを己の胸板で塞ぎ、シャンクスの言葉を聞かせないようにしているだけなのだが、傍目ではそんなこと分かる筈もなく。

シャンクスはワナワナと震える。

「う、羨ましいぞぉ、テメエ!何ちゃっかり見せつけてんだ。許せねえ。今すぐ勝負だ」
「大頭!落ち着いて下さい」

耳を塞がれている為、目の前で暴れるシャンクスの言葉が聞き取れない。え、えっ?と目を白黒させるニーナだが、やはりこの体制に苦しくなりその胸板を軽く押した。

「兄さん、苦しい」
「へっ?兄さん……?」

なんとも間抜けな雰囲気がその場を支配した瞬間だった。
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