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会議の行われる円卓の間では、非常に苛立ったセンゴクがギリギリと歯ぎしりをさせていた。
「少し目を離せば、やはりこれか」
先ほど報告を受けてから、胃痛がして仕方ない。
会議室には、既に海軍側の参加者は揃っている。が、海賊側で席についているのは今回招集に応じた三人の内二人。
そして現在問題を引き起こしている張本人であるピンクコートの男が、未だ円卓の間へ現れないのである。それに悪い予感しかせず、センゴクは痛む胃を抑えた。
円卓に座るくまは聖書を開きながら、迎えの海兵が部屋へ来た途端、窓から飛び出して行った少女を思い出した。
くま耳を弄りながら陽気に色々としゃべっていたその少女。あの様子では会議には参加しないだろうが、今頃は何をしているのか。
そう思ったくまが視線をあげた先では、窓の外に広がる青空。
「おい、あの後どうしたんだ?」
「逃げられた」
ヒソヒソと会話する中将達の話の内容も、恐らくニーナの事だろう。野放しではまたいつ問題を起こすことやら。
そろそろセンゴクの我慢も限界のようだ。
「あの男はまだ現れんのか?」
「はっ!現在呼び出し中ではありますが、どうやら部屋に姿が無かった様子で」
「さっさと探し出せ。またあの娘と問題を起こされては適わん!」
マリージョアに居ながら、未だこの部屋へ現れない厄介事の中心人物。ドンキホーテ・ドフラミンゴの登場を辛抱強く待つ。
すると、静かな部屋には似つかわしくない、ピシリとガラスの割れる音が響いた。
ハッとした部屋の中の者が振り返る前に、ガシャンという派手な破壊音と共に砕けた窓から、小さな影が転がり込んでくる。
「イッタァ!」
「フッフッフ。もう終わりか、お人形チャン」
丁度円卓のテーブルの真ん中に背中から衝突したニーナは、そのまま体制を立て直し窓辺で笑う男を睨みつけた。
「こんのぉ、いい加減にしなさいよ!」
「おいおい、そう冷たくするな」
ニヤニヤと笑みを貼り付けた男に、ニーナは渋い顔を見せる。
「変態!セクハラ野郎!」
「フフフ、それはもっとして欲しいってことか?」
睨み合いを続ける二人を見兼ねたのか、円卓のテーブルで静かに事を見守っていた大参謀つるが口を開いた。
「ドフラミンゴ、あまりこの娘をからかうのはお止め」
「おつるさん。幾らアンタの言葉でもそれは出来ねえなぁ。気に入った女の尻は追いかけたくなるのが男だろう」
途端、ドフラミンゴの頭上に迫る影。ガツンと音がしてニーナが落とした踵が、ドフラミンゴの避けた床に減り込む。
「フフフ、オイタはいけねえぜ」
その指を動かし見えぬ細さの糸を操るドフラミンゴの所為で、空中に舞う資料の紙が引き裂かれる。が、それはニーナに届く前に避けられた。
互いに立つのは円卓の上。
暫しにらみ合った後、次の攻撃が仕掛けられる。
が、途端に感じた気配と殺気にニーナもドフラミンゴもその動きを止めた。すると、二人の間に金色のフックが降り掛かる。咄嗟に躱せば、乱入を果たした男がギロリと睨みつけてきた。
「フラミンゴ野郎。テメエ、これ以上俺を待たせる気か?」
「フフフ。なんだ、機嫌でも悪いのか?ワニ野郎」
乱入者、七武海が一角。サー・クロコダイルが、葉巻を咥えたまま姿を消した。
「っ!?」
「テメエか。あの野郎がさっきから胸糞悪い顔してる理由は」
「……私の所為じゃ、ないでしょうが!」
唐突に背後から迫ったフックが首に引っ掛かる、がそれをスルリと抜け理不尽な怒りを向ける男にニーナが回し蹴りを見舞った。が、手応えは無く、変わりに脚を擽る細かな砂の感触。
「自然系(ロギア)!?」
「煩え小娘だ」
加減の積もりで覇気を使わなかったが、どうやらその必要は無さそうである。冷たい顔で迫る男の影を、今度は覇気で殴りつけた。迫ったフックが弾かれ、ビリリと辺りに走る衝撃。
「ぐっ!?」
「甘くみると、痛いわよ」
ただでさえ朝から理不尽にマリージョアへ連行され、理不尽にピンク男に絡まれ、理不尽に中将達には怒られているのに。この上理不尽に自分の所為で会議が出来ないなど、言わせてたまるか。
が、そんなことをしていれば、当然あの人物の怒りを煽ってしまう訳だ。
「やめんか貴様ら」
そろそろだろう、という予想を裏切らず、センゴクの静止の声がかかる。
「さっさと席につけ。海のクズ共が」
「フフフ。そう突っ掛かるな、センゴク」
とはいうものの、場を引っ掻き回し満足を見せたのか、ニーナへのちょっかいは辞めるようだ。ドフラミンゴがそれまで纏っていた雰囲気を和らげる。
その様子にホッとしてニーナがその横を通り過ぎようとすれば、ボソリと聞こえるか聞こえないかの声量で囁かれた。
「お前こそ、いい加減にしたらどうだ。言ってるだろう。俺の所なら、お前も楽になれるぜ」
「……お断りよ」
「フフフ。やはり、お人形チャンだな」
イヤな笑みを無視し、ニーナは円卓のテーブルから降りた。
さっさとこの場所から離れた方が良さそうだ。
そう思い部屋の扉へ向かうが、その前に何時の間にやら現れた男に目を見開く。
「とんだ惨状だな。俺は、戦場にでも来たのか?」
「兄さん!?」
そこに立っているのは紛れも無く、鋭い眼光で睨む“鷹の目のミホーク”。けれどその存在に驚いたのはニーナだけではない。
七武海の招集といえど、この気まぐれな男が応じるなど考えられなかった筈だが。
「“鷹の目”、まさかお前が来るとはな」
「フン。意味を持たぬ円卓に用など無い。俺はそこの娘を迎えに来ただけだ」
そう言ったミホークに、ニーナは途端に笑顔を取り戻した。
「兄さん!」
飛び込んで来たニーナを当然といった風に受け止めると、そのままミホークは踵を返す。それを、誰一人引き止める暇などなく。静かに二つの影はマリージョアから消えて行った。