60
「ダッハッハッハッハ!そうかそうか。妹か。イヤァ、悪かった」
無理やりと言える程強引にミホークとニーナを己の船に招いたシャンクスは、自身の勘違いに大笑いしながら何杯目かの酒を呷った。
「はい。パスカル・ニーナって言います。一応海賊やってます。どうぞ宜しく」
「そうかそうか、ニーナね。いいねえ、可愛い美少女海賊。そうだ、ウチに入らないか」
ガツンとシャンクスの顔に空の酒瓶が投げつけられる。犯人など分り切っているが、ここはあえて突っ込まないでおく。
レッド・フォース号の甲板は、既に宴会騒ぎで盛り上がっていた。海賊は宴が好きなものだが、“赤髪海賊団”は特にそうらしい。なんでも宴にして酒を飲む口実にするのだ、と。先程副船長だというベン・ベックマンが漏らしていた。
「しっかし、こんな若くて腕も立ちそうなお嬢ちゃんが居るとはなあ」
あっけからんとシャンクスはニーナをただの少女では無いと見抜く。その立ち姿や身のこなし、その上“鷹の目”の妹という時点で、普通の娘な筈がないのだが。
「ルフィの奴も、ニーナくらい腕が立つようになるのかねえ」
「ルフィ?」
「ああ。東の海(イーストブルー)にな。面白えガキが居るんだよ。ゴムゴムの実を食っちまったんだが、まあこれが遊んでやると楽しいんだ」
その少年を思い出しているのか。シャンクスの目が輝き、更に饒舌になる。
「俺はな、アイツはきっと良い海賊になると思ってるんだ。ニーナより少し年下だがな。何時来るんだろうなぁ。楽しみだ!」
「フフッ。大海賊四皇の一人にそこまで見込まれるなんて。いずれ戦ったら手強そうですね。気をつけないと」
「おっ、ならやっぱり俺の船に乗れよ。きちんと守ってやるぜ」
酔った勢いとでもいうべきか、ニーナの肩にシャンクスの腕が回る。寸前でその頭に酒樽が投げつけられた。
「……兄さん」
「酔っ払いの相手をする必要はない」
「クスッ。アハハハ!」
その光景が何処か可笑しく。ニーナはコロコロと声をたてて笑った。
***
宴は長引き、シャンクスに飲み比べに無理やり付き合わされたミホークは、二人で夜まで酒を呷っていた。その様子を囃し立てていた船員も、流石に酔い潰れ高鼾をかいている者が目立つ。
その様子にクスクスと笑いを漏らしながら、ニーナはさり気無くその場から離れ、船首近くの船縁によった。
空に輝く星を見上げ、そよぐ夜風を頬に感じる。
「どうした?こんな所で」
「……シャンクスさん」
酔いが回ったのか、気分悪そうに頭を抱える彼を助けながら船縁に凭れさせてやる。
「すまねぇな」
「いいえ。お酒、好きなんですね」
「ああ。これだから海賊は止められねえ」
顔を手で覆うシャンクスに、ニーナはその横に並びながら目を細めた。
「ロジャー海賊団も、こんなに賑やかだったんですか?」
「……船長の船か。懐かしい話だ…… まあ、海賊だからな。それなりに騒ぎはしたさ」
懐かしいな、とその頃の事を思い出しているのか、それまでの明るく楽しげだった顔にふと寂しさの様なものが過る。
けれどそれも一瞬で、シャンクスは次には何処か探る様な眼差しを見せた。
「だが、珍しいことに興味があるんだな…… それに、単に好奇心で聞いてるって訳でもなさそうだ」
「…………」
「何が知りたいんだ?」
夜風が音を立てて二人の間を走り抜ける。フワリと赤髪が巻き込まれ、同じく少女の長い黒髪も靡く。
夜空に溶けるように舞い踊った黒髪。それが漸く収まった頃、少女が口を開いた。
「神の名を持つ、三つの“古代兵器”。プルトン・ポセイドン・ウラヌス。その在り処と存在理由。そして、その滅ぼし方」
「っ!?」
全くの予想外な上、あまりにも唐突に飛び出した単語。しかも、先程まで明るく笑っていた少女には、およそ似つかわしくない言葉。
目を見開くシャンクスを他所に、ニーナは続ける。
「全てを手に入れた“海賊王ゴール・D・ロジャー”。彼の最後の航海の乗組員だった貴方なら、何か知っていますか?」
「……驚いたな。まさか、こんな所でそんな話がでるとは。そんな若い身で、何を背負ってるんだ?」
凭れる船縁から酔いの吹き飛んだ身体を起こし、改めて目の前の少女を見据える。
黒髪を靡かせしっかりと見返してくるこの少女が、伊達や酔狂で世界を滅ぼす力を求めている様には見えない。
「まあ、それなりの事情があるんだろうけどな。だがなニーナ。悪いがお前の欲しい答えは持ってねェんだ」
「……そう、ですか」
「どんな理由でそんな事聞きたがるのかは解らねえが、これだけは言っとく。お前にも、俺にもどうこう出来る代物じゃない。それは俺達の役目じゃないんだ」
そう言い残しシャンクスは船縁から離れ、通り過ぎ様にニーナの肩を軽く叩く。
「そう思い詰めた顔をするな。心配せずとも、何れ必ず答えは出る。そんときゃ、お前の知りたいことも解るさ」
そう言って離れて行くシャンクスを見送り、ニーナは再び一人夜の海を眺める。
空に光る星に手を伸ばしながら、短くため息を吐き出した。
「私が知りたいのは、私の存在理由と滅び方」
誰に聞かれるでもない、聞かせる積もりも無い。たった一つのささやかな問い。