05

コンコン、と響くノックに、センゴク元帥が眉間の皺を更に寄せる。
先ほど入った報告が確かなら、この時期一番の厄介事がその肩に押しかかる事になるからである。
許可する声が響き、海兵が報告に入ってくる。敬礼の姿勢を取りながら彼が伝えた内容は、やはり予想していたものであった。

「例の少女。先ほどこの海軍本部に護送完了しました」
「そうか。ならば指示通り、用意した部屋へ入れろ」
「ハッ」

漸く捕らえた。失われ、何時目覚めるか解らない兵器を、古代の意思を。


「漸く、一安心って所かね。でも油断も出来ないよ。今回の事で海軍を、政府を恨んでるだろうからね」
「おつるさん」
「幾ら牢に入れた所で、それがどういった存在なのか、こっちはまるで把握出来てないんだ。ある一族が古代兵器を真似て作ったとされる三つの器。古代神器。その用途も、形も、一体どんな手で動くのかも。そもそも一人の少女に何が出来るのか。情報が殆ど無い状態で、どうする積もりだい」
「……だからこそ、幼い内に手に入れようとしたものを」

そうは言っても、もう動き出してしまったことを止めることは出来ない。



***



それから二週間。大将青キジの元へ何とも厄介な仕事が舞い込んで来た。

「ええ〜センゴクさん。これ、本当にやんなきゃ駄目?」
「煩い。お前が適任だと考えた結果だ」
「だって、俺年頃の女の子の扱いなんて解んないよ」

明らかにやる気の無い応えで返した青キジに、センゴクからブチリと血管の切れる音がする。
その気配を察したのか、横で控えていたつる参謀が一つ咳払いをした。

「いいかい、クザン。サカヅキやボルサリーノじゃあ、あの顔だ。余計警戒しちまうだろう。かといって、中将は殆どその子確保の際に動いている。顔が知られてなくて、上層部の事情を知ってる人間で、一番暇そうなアンタに頼んでるんだよ」
「最後のが本音でしょう、おつるさん」

まあ、元々逆らえる訳もないのだが。

クザンは諦めて命令通り、“古代神器”の隔離されている部屋へ向かうが、気分は重い。正直面倒くさい。

ガチガチに警戒して、海軍を恨んでいるだろう年頃の少女から延々と恨み言を聞かされた後に、なんとか誑かして信用させて、監視をしながら情報を探るなんて。

「ああ、逃げようかな?」

廊下を歩きながら、そんな誘惑に負けそうになる。とはいえ、古代神器なんて物騒なものを任された以上、何もしないまま、という訳にもいくまい。

散々考えたあげく、取り敢えず、あまり刺激しない様に最近の様子を見張りの海兵にでも報告させるか。などと、なんとしてでも楽な方を選ぶのだった。


***


取り敢えず、と思って廊下の方から伺った例の部屋。扉には見張りの海兵が二人。そろそろ食事の時間なのだろうか、反対側の廊下からカートを押すもう一人が現れた。

そこでいいことを思いつく。これを利用すれば、取り敢えず部屋に入り居座る理由が出来た。理由も無しに部屋に押し入れば監視だと言っているようなもの。
それに少しでも警戒を解くには、この方が良いのでは。

「こ、これは!青キジ大将」
「あらら、そう堅くならないでよ。ちょっと例の子の様子を見にね」
「そ、それは、ご苦労様です。ですが、ただいま食事中でして」
「うん。いいよ。序でに俺の分も持って来てよ」
「はっ?」
「じゃあ、頼んだよ」
「あ、ああ、お待ちを‥…」

後ろの海兵が何故か止めるのも聞かずに扉を開けた。途端に聞こえる少女の声。

「いやっ!絶対にイヤよ」

ああ、やはり色々と抵抗しているのか。そう思って踏み込む。

「こんにちは〜。ちょっとお話、いい、か……な?」

軽い感じでのんびりと声を掛けた積もりだが、途端目の前に広がった光景にクザンは思わず固まった。

「絶対に嫌です。アイスクリーム溶けちゃうじゃないですか。やっぱりイチゴのアイスが先です」
「とかいって、またデザートを先に食べて人参を残す積もりだろう。駄目だ。好き嫌いするな」
「そんなこと言ってる間に、溶けちゃったら勿体ないじゃないですか」

アイスの乗ったカップを片手に、部屋の隅まで移動した海兵一人と、両手足を鎖に繋がれ獲物との距離を詰められないでいる少女。とはいえ、その攻防の内容は実に下らない。

そこで漸く、室内の攻防中だった二人は新たな登場人物に気付いたらしい。海兵は唐突の事に驚愕に目を見開いて固まり、少女はキョトンと首を傾げた。

「こ、これは、青キ……」
「ああ、いいからいいから。というより、これどうしたの?」
「は、あ、あの……じ、じつは、これには、色々と事情が……」

自分の素性をバラされる前に海兵の言葉に声を被せたが、それが更に海兵の恐怖を煽ったのか、顔がみるみる青くなっていく。


確かに、収容中の海賊と見張りの海兵が必要以上に接触するのは褒められる事ではない。それを、海軍大将に見咎められたとなれば、恐れも抱くだろう。

それとは逆に、少女。真っ白なワンピース、といってもサイズが合わずにブカブカなそれは寝間着にも見える、に身を包み、長い黒髪が無造作に後ろに流された、パスカル・ニーナが声を上げた。

「あ、私がお願いしたんです。アイスクリームが食べたいって。そしたら、エルさんが持って来てくれて」
「こ、こら。余計なことを……」

海賊の要求に頷いた事をバラされたと感じたのだろう。エルと呼ばれた海兵が増々顔を青くさせる。
それを見て、少女も海兵が何を恐れているのか理解したらしい。暫し考えた後、急に姿勢を正して真剣な表情を作った。

「私が脅したんです。アイスを持ってこなきゃ舌噛んで死にますって。だから、彼の行動は私を見張るという任務を遂行するためのものですので。どうぞ、ご理解下さい」

ペコリと頭を下げた少女に、今度はクザンも言葉を失った。
一体、何が起きているのだろう。目の前の少女は、両親を殺され、親の代わりに命を救い育てた海賊団を壊滅させられた“古代神器”、の筈だったのだが。

「あらら、そういう事は気にしなくていいよ。別に報告する事でもないし」

混乱の中から立ち直ってそれだけ伝えれば、少女はホッとした様に微笑んだ。けれどそれとこれとは話が別なのか、クザンの言葉を聞くなりまた再びアイスに手を伸ばす。

「と、いうことで。そのアイスさっさと下さい」
「何がと、いうことで、だ。ハッ!?し、失礼しました。そ、それでは、自分はこれで」
「ああ、ちょっと。アイスぅぅ」

よほど慌てていたのかアイスのカップを持ったまま敬礼し、そのまま退出してしまった男に、ニーナが手を伸ばすももう遅い。

実に悲しげに瞳が揺らいだ後、はあとため息を吐きながらニーナは姿勢を正した。

「えっと、尋問の人ですか?」
「はっ? あ、ああ。そんな堅苦しいものじゃないよ。ちょっとお話しにきただけ。俺はクザン。ニーナちゃんだったっけ」
「はい。パスカル・ニーナです。尋問ということなら、クザンさんは事情を知ってる、ということでしょうか?」
「…………どういう意味かな」

思っていた以上に事態を把握している少女に、クザンは僅かながらに眉を動かした。

「あ、知らないなら、いいんです。ただ、お話出来る事が限られてくるので。一応、私が捕まったのは私に力がある為、というのはあるんですけどね」
「ふうん。まあ、それは知ってるけど。そこまで詳しくじゃなくていいよ。それはもっと後かな。俺は、ニーナちゃんのお話し相手ってだけだから」

警戒されないよう、出来るだけ引き攣った頬を隠して微笑む。けれどそれも、たかが十五の少女に見透かされているようで、どうにも無駄に思えた。

「それで、一人で飯ってのは退屈だろうと思って一緒に食べようと思ったんだけど。いらない心配だったね」
「そんなことないです。ご一緒して下さるなら、とても嬉しいですよ。クザンさん」
「……んん、いいよ別に。クザンで。そう畏まらなくても」

ニコニコと笑みを絶やさない少女に、クザンは取り敢えず打ち解けようと会話を持ち上げる。それにまるでイヤな顔一つせずに返すニーナに、クザンは更に疑問を抱いた。
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