06

クザンが始めた一緒の食事を続けて三日。毎三食、ほぼずっとニーナの部屋に居座るクザンを、ニーナは嫌がる事なく迎えていた。

「あ、おはようございますクザン。今日はどんな天気ですか?」
「まあ、今日もいい天気だよ」

真っ白な部屋。窓も一つも無く、ベッドとバスルームへ続く扉一つしか無い部屋では、その日の天気も知れない。
白い部屋に白い服。無機質で無感動なそれらは、囚人服でも監獄でも無いが、むしろそれよりも囚人らしい。

そんな部屋に閉じ込められ、鎖に繋がれても文句一つ言わず、朗らかに天気を訪ねるに終わるこの少女を、どうしたものかと気の毒になってきたクザンは頭を抱えた。

「その、さあ、あれだ……うん、なんだっけ」
「どうかしました?」

ポリポリと土産と称して持って来た煎餅を、疑いもなく頬張る少女。毒や自白剤が入っているとは、思っていないらしい。いや、入っていても構わないと腹を括っているのか。

「恨まないのかい?海兵を」
「うーん、あんまりですね」

即答された問い。ニーナの様子に、こちらを油断させる為の芝居とか、全てを諦めて自暴自棄に走っているとか、そういった感じは少しも見られない。

自分の立場を自覚し、理不尽な状況にもこちらを責める様子の無い、健気な姿に本当に見え、思わず聞いてみたくなったのだ。

「両親を、殺した相手だよ」
「そうですね」
「君の居た海賊団も、全滅させたんだよ」
「そうですね。どうしたんですか。喧嘩売ってます?」
「…………」

解らない。たかが十五の少女が、そこまで悟れるとはどうしても思えない。

けど、これ以上蒸し返すのも野暮というものだ。

「まあ、いっかあ。それより、ほいこれ。約束の奴」
「わあ、ありがとうございます。やったぁ、アイスクリーム」
「ほんと好きだねえ」
「クザンも食べます?一個上げる」
「ん。ありがとう」

実に穏やかな時間。けれどクザンには、まるで針の上に立つ様に気を使う時間となる筈だった。それが、これだけ寛げることになるとは。




***



コツコツと靴音響かせながら今日も今日とてニーナの部屋へ向かっていれば、後ろから掛けられる陽気な声。

「おぉーい、クザン」
「ボルサリーノ」
「センゴクさんが怒ってたよぉ、真面目にやれって。例の古代神器」
「ああ、うん。まあ、あの報告じゃあ、そうなるわなぁ」

報告内容に、好物:アイスクリーム、関係:良好。とだけ書いて寄越せば、元帥も怒るであろう。

「っていっても、本当に無いのよ、報告すること。取り敢えず、毎日飯食って茶ぁ飲んで。んで、終わり」
「会話も無いのかい?」
「いや。あるんだけどよ、どっかの島に行ったことあるか、とか。奇妙な花がどう、とか。この島の祭りが面白いだの。まあ、雑談だなあ」
「………そうなのかい?」

会話は無いのかと聞いたのはボルサリーノ自身だが、そんな雑談が飛び交う様な状態だったとは予想外らしい。
上層部全てが考えた通り、恨み言や泣き言の応酬だと考えていた。

「面白いねえ。ちょっと行ってみようかなぁ?」

ピクリとクザンが反応したのには、流石に黄猿も気がつかなかったようだ。あの少女との穏やかな時間を邪魔される、と無意識に走った不安を、クザンは己自身気付かぬ内に蓋をする。

「まあ、俺も始めは驚いたけどね」

部屋の扉を軽く叩けば、明るい声。

「こんにちは、クザン。と…… あれ?尋問の人ですか?」
「またそれ?大丈夫だよ。コイツは俺の同僚」
「はあ、そうですか。でも、早めに尋問でも何でもしてくれて構いませんよ。そっちだって持て余してるでしょう。私みたいなの」
「こら。またそういう事言わないの」

軽いノリで首を傾げた少女に、ボルサリーノはサングラスの奥の瞳を光らせる。けれど、どうしても少女の動作の裏に打算や疾しい部分を見抜けなかった。

「オー、どうも。ボルサリーノだよ」
「パスカル・ニーナです。今日は何かご用事ですか?」
「あー…… 噂の囚われのお姫様にちょっと興味がねぇ〜」
「お姫様なんて柄じゃないですよ。私は海賊ですから」

海軍本部の中で囚われの身でありながら敵対する立場を決定付ける台詞を易々と口に出来るこの度胸。

「あ、クザン。約束のお土産」
「ああ、はいはい。アイスクリームとその他のお菓子」
「わあ、ありがとう……あ、ボルサリーノさん、ごめんなさい。お茶とか淹れられないんです、ここじゃ」

クザンの差し出した袋を嬉しそうに受け取って最近設置されたテーブルに小袋分けのまま並べて行く。

そのテーブルにしたって、クザンが言って漸く設けられた家具だ。けれど、やはり真っ白な部屋には不釣り合いに見える。

チラリと見遣って困った様な笑みを向けた少女に、ボルサリーノもどうすべきかと思考を廻した。

「んン、君怖くないのかい?こんな囚われの身で。海軍も憎いだろォ〜」
「………」

ピタリと動きを止めてジッとボルサリーノに視線を定めた。漸く本性を見せるか、とサングラスの奥の瞳を逸らさず向けていれば、途端にその小さな肩が揺れる。

「プッ、クククク……」
「はっ?」
「アハハ。あ、ごめんなさい。いや、だって、皆同じ質問するんだもん。同じ答え言うのも疲れちゃった」
「あぁ、そう……」
「はい。私は、別に恨む積もりはありませんよ。船長の遺言でもありますし。小さい頃から教え込まれましたから、無闇矢鱈に人を恨むなって」
「それは…… 随分と、殊勝な心がけだね〜」
「あ、今バカバカしいって思ったでしょう。もう、皆信じてくれないんだから」

はい、と言ってクザンの土産のクッキーを差し出すニーナ。
最後のボルサリーノの嫌味に、それを指摘し剰え笑うなんて。そう簡単に出来ることではないだろうに。

本当にこの少女は、古代神器と海軍上層部が頭を抱えて恐れる存在なのだろうか。
俄に信じられないという想いと、この妙に達観した部分こそ、彼女が普通ではない存在だと証明しているようにもみえて。どうにも表現に困る。


確かにこれは、報告に困る内容だ。
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