04

アハハ、と可愛らしい少女のあどけない笑い声が響く。そのまま能力でマストの柱まで飛び上がったニーナは、下で今新しく出来たタンコブを抱える男に手を振った。

「まったく、とんでもねえじゃじゃ馬に育つぞありゃ。こらあ、降りてこい!」
「いやあ。降りたら怒られるもん!」

少女がこの船の一員となった頃はまだほんの子供だったのに、何時の間にかその自然系(ロギア)としての能力を使いこなし、またヨークの方針で能力を使わない素手での格闘も一流になってしまったニーナに、船員達は苦笑を漏らす。

学者肌の者ばかりのこの船の男とはいえ、海賊を名乗るだけの腕を持ち、しかも鍛え上げて来た屈強な男だ。それが、十五の少女に素手で負けたとあっては、涙の一つも込み上げるというもの。

「あ、おーいガンダレさん!九時の方角に海坂が見えるよ」

マストから見えた海の現象を航海士兼気象学者である男に伝えれば、嬉しそうにクルーに指示を出しながら自分のメモ帳に場所と時間と現在の温度等を書き込んでいた。

この一味は全員がこうだ。己の追求する部門には何処までも探究心が深く、真理の為なら命すら賭す男達。

中でもやはりヨーク船長はそれが群を抜いていて、何にでも興味を示す彼は全ての学問にそれなりに精通している。けれど、やはり一番は歴史学で、立ち寄る島全ての歴史を解き明かそうとする勢いだ。


「ニーナ。そろそろ降りてこい」
「ハーイ」

寝ぼけ目で出て来たヨークの言う事には素直に従ったニーナに、組員達がまた苦笑を漏らす。

今ではすっかり親代わりになったヨークを始めとするクルー達と、ニーナは今日も平和である様に祈りながら一日を過ごした。

「ニーナ。少し話しがある。ちょっとこい」
「あ、はい」

少し疲れ気味で部屋に手招きしたヨークに従えば、部屋の椅子に座るよう促される。

何だか漂う空気に緊張感を覚え、ビクビクと思わず怯んでしまった。もしや、昼食をつまみ食いしたのがバレたのだろうか。それとも、船長が大事にしていた分厚い歴史書の一部にコーヒーをぶちまけたのが遂に露見したのか。

もしかしたら、この間うっかりガンダレの望遠鏡を割った事が知られたのかも。

考えだすとキリが無い自分のミスに、つい肩を竦ませてしまう。

「ニーナ。俺の手配額が上がった」
「えっ?また……」

ヨークが新聞から引っ張りだした手配書には、彼の写真とその下に三億の文字。けれど、本来これは相応とは言えない額だ。ヨーク海賊団の戦闘の実力は、三億なんて数字が付けられる程高いものではない。

むしろ、学者の集まりの彼等は、グランドラインを横行する荒くれ海賊団と比べれば、弱いと言っても良い程だ。

そんな彼等がこれまで逃げ延びてきたのは、彼等を助けたいと力を追求したニーナの努力の賜物なのだが。それはここでは置いておく。

「この額は、奴等が本気だって事だ。この意味、お前も解るな」
「…………はい」

グッと唇を噛んだニーナに、ヨークは散々言って聞かせた言葉を繰り返す。

「恨むなよ」
「…………」
「いいか、ニーナ。どんな人間にも、その行動や感情に至った理由、原因がある。それを理解しろ。そして、それが納得出来ないものであったなら、その時、お前の怒りを相手にぶつけろ。一方的に感情をぶつけるだけでは、お前の怒りは報われない。虚しい獣の雄叫びに変わるだけだ」
「……解ってる。相手を理解すれば、避けられる争いもある。相手を理解しろ。恐れられる事を恐れるな。憎まれる事を憎むな。でしょう」

この八年間、散々言われ続けて来た。それが、自分の正体に起因する部分があることも、根気よく説明してくれたヨークによって胸に落ち着かせる事が出来た。

「お父さんとお母さんが殺されたのは、私の正体に原因があるから」
「……ニーナ」
「政府がお父さん達を殺したのは、私の力が怖かったから。世界を滅ぼす力だもん。私だって怖い。だから、政府や海兵達は自分の家族を守る為に、戦おうとした」
「だからといって、お前の所為でも、両親の所為でも、海兵の所為でも無い」
「うん。それは解ってる。頭では理解しました」

拳を震わせるニーナに、ヨークも苦い表情を見せる。まだ子供のこの少女に、これが残酷なことだと解っていても、語るのを止めることは出来ない。


いつまでも、自分達の命が保つ保証は無いのだ。可愛い娘にこの先、憎しみに囚われ海軍の牢獄に捕われた無為な一生を贈らせる訳にはいかない。

この小さな少女には、酷な現実なのだろう。だけど、理解させなければ。何故自分の両親は殺されたのか、何故自分は狙われるのか。

「だからこそ、お前は自由に生きろ、ニーナ。お前が何であろうと、我慢する必要は無い」
「う、うぅ……」

昔からよく泣くニーナを、ヨークが優しく頭を撫でてやる。


そんな日がいつまでも続くなんて、夢だったのだと、ニーナがそれを漸く理解したのは、それからすぐのことだった。


ヨーク海賊団が海軍本部将校を何人も乗せた軍艦に、取り囲まれたのは。
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