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タッタと廊下を駈ける音が響く。しかしニーナにはそれ以上に、自分を追う海兵達のざわめきの方が耳についた。
もう事態は広まっているのか、ガヤガヤと騒ぐ海兵達の目的が、自分だということは嫌でも解る。
既に言い訳などたたない状態だろうが、元凶であるドフラミンゴの思惑通りになるのも癪だ。せめてもの抵抗を示さないと、気が収まらない。
と、ニーナは適当な部屋に隠れようと近くの扉を開けてその中に飛び込んだ。
が……
「あ……」
「…………」
その部屋には既に先客が居たようだ。
巨漢で静かにソファに腰掛け、手には聖書が開かれている。熊の耳のついた愛嬌のある帽子と、感情を表さない表情が何処か違和感を与えていた。
「貴方は……ハッ!」
「ニーナ嬢!止まって下さい!」
すぐ近くから聞こえた声に、ニーナは咄嗟にどうするか悩む。このままでは確実に見付かる、とニーナはキョロキョロと逃げ道を模索した。
そして……
***
バタン!と扉が開かれた。
「あ、これは……」
数人の海兵は、その部屋に居た人物に青ざめ固まる。
「……何か用か?」
「あ、いえ。その…… し、失礼しましたぁ!」
そして脱兎の如くすぐに逃げ出してしまった。後に残されたのは、未だ聖書に目を落とす男のみ。
その様子を覗き見ていたニーナは、ホッとしながら巨漢の影から出る。
「あの、ありがとうございました。お陰で助かりました」
「助けた積もりは無い」
「でも、実際に貴方のお陰で私は見つかりませんでしたから」
「………的を射ている」
微動だにせず、表情すら変えない男に、ニーナは見覚えがあった。
「バーソロミュー・くまさん、ですね」
コクンと頷くだけの男。
「私、パスカル・ニーナと言います。どうぞ宜しく」
「……八人目か?」
「あれ、ご存知でしたか」
パラリと捲られる聖書。どうやら知られていたようだ。ニーナは少し目を見開きながら、素直に認めた。
そして訪れる沈黙。改めて目の前の巨漢の男を見やれば、どうしてもニーナを惹きつけて離さないそれ。
「あの、その帽子。とても可愛いですね」
くまの耳がついたその帽子。その魅力に今にも飛び出しそうな勢いだが、ニーナは懸命にその衝動を抑える。が、それもそろそろ限界なのか、目はキラキラと輝きながら、手が微妙に動いている。
「……触れたいか?」
「いいんですか!」
思わぬ申し出にニーナは破顔する。が、手を延ばしてその帽子を待っていれば、何故か感じた浮遊感。
「えっ?」
「………」
するとニーナはくまの肩に乗せられていた。想像していた状態とは違うが、確かに目の前にはあの帽子がある。
この巨漢にとって、動かす対象が帽子でもニーナでも変わらないのか。
だが、ニーナはそんなこと気にする暇なく、目の前にあるくま耳に笑顔で飛びついた。