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船尾まで吹っ飛ばされたマルコを見届け、ニーナはクルリと踵を返す。

スタスタと歩くニーナの前に、立ち塞がる者は居ない。
何事もなかったかの様に白ひげの前に立ったニーナ。その姿を、酒杯を呷りながら事の成り行きを見守っていた白ひげが見下ろす。

「オヤジ!」

一人、復活したマルコが駆け出すが、その前にニーナが優雅に一礼しながら頭を深く下げたのが先だった。

「申し遅れました。“博識のヨーク”が船長。ヨーク海賊団船員、パスカル・ニーナです。我が船長の命で、四皇白ひげ殿に是非お話を伺いたく」
「ああ、“博識”だァ?」

白ひげが顔を上げ、何かを見極める様にジッと見下ろしてきた。船長自ら判断するとなれば口出しは無用。その威圧する空気が伝わりマルコも漸く口を閉じる。

そして、白ひげの表情が僅かに緩んだ。

「フッ。グラララララ!」

船全体が揺れるのでは、と思える程盛大に笑った白ひげは、ガブリと杯を呷り口角を上げる。

「何処の馬の骨かと思えば、“博識”の所の跳ねっ返りか。だったらそうと先に言いやがれ、馬鹿野郎」
「アハハ。すみません。天下の白ひげ海賊団さんと、手合わせ出来る機会はそうありませんから」
「グララララ。肝の座った娘だ」

高らかに笑う白ひげの反応に、それまで警戒していた白ひげ海賊団は漸く得物を治めた。その筆頭、マルコも仕方なく拳を緩める。

船長であり父である白ひげが認めたのであれば、怪しかろうがなんだろうが、受け入れるしかない。

「あ、そうだ。白ひげさんに、これを……」

ニーナがフワリと手を持ち上げれば、その手から放たれた一陣の風がモビーディックの外でゆられていた小舟に届く。すると、その中に収められていた物を持ち上げた。

「特製の薬酒です。ヨーク船長から」
「……ああ。懐かしいもんだ」

大きな瓢箪(ひょうたん)が白ひげの前で浮遊する。それを手にとった白ひげはその蓋を取り一口呷った。

「フン。味は良くねェが、相変わらず、気分は好い」

喉を鳴らして飲む白ひげに、ニーナは嬉しくなる気分に逆らわず、ニコリと笑った。



取り敢えず、白ひげが許可を出した、ということで納得したマルコだが、まだ安心は出来ない。と、何時でも飛び出せる位置で待機しようとすれば、瓢箪から口を放した白ひげに止められた。

「ああ、客人だ。お前等、外してろ」
「……了解」

鶴の一声とはまさにこれか。それまでニーナから視線を外さなかった白ひげ海賊団の面々が、甲板から離れて行く。

けれどしぶとく残ってニーナを強く見据える視線が一つ。

「……おい」
「はい」
「妙な真似したら……」
「あ、大丈夫ですよ。そんなこと考えませんから」

言葉を遮られたマルコが不満を隠そうともせず眉を寄せる。

「何が目的だよい」
「そう怖い顔されても…… だから、白ひげさんとお話したいことがあっただけで。あと、あのお酒も」
「ありゃ、なんだ」
「薬酒ですよ、特製の。白ひげさんの健康を願って」

ますます分からない。一体、何者だというのか。
そんなマルコの考えが伝わったのか、ニーナがクスッと短く笑う。

「私の海賊団の船長が、白ひげさんとお知り合いってだけです。そのお使い、って感じですかね」
「……確かに“博識”は、昔出入りしていた時期があったが…… アイツは」

最後に訪れたのはもう何年も前だ。それに、ヨーク率いる海賊団が海に沈んだ記事はまだ記憶に新しい。

「マルコ」
「……イゾウ」
「それくらいにしてやれ。オヤジが待ってるぞ。それに……」

イゾウの視線を追えば、何時の間にやら俯いてしまったニーナ。口角は相変わらず笑顔のままだが、その瞳がどうなのかは隠れている。しまった、とは思ったがもう遅い。

「あ、……」
「ほら行くぞ」

腕を引かれ、マルコは無理やりその場から離される。胸をチクリと刺した痛みは、恐らく罪悪感と呼べるものなんだろう。
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