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そこから始まる攻防に、見守る隊員達は生唾を飲みながら冷や汗を流す。
風で浮くニーナと翼で飛ぶマルコが、空で激しくぶつかる度に甲板まで伝わる衝撃。
繰り出す蹴りは拳で塞がれ、突き出す拳は蹴りで流される。
ニーナの周りを逆巻く風がマルコを襲うが、それは青い炎を纏った翼が扇ぎ返す。マルコが勢いをつけて突っ込むが、ニーナの風に翼を奪われる。
終わりの見えない攻防に、互いに苛立ちと焦りが募るが、同時に戦いに対する楽しさも増してくる。
なんだかんだ言おうと、荒くれの海を力で渡って行くことを選んだ海賊だ。思う存分に力を発揮させる相手と拳を交えることに、高揚するのも仕方無い。
しかも、この白ひげ海賊団に単身乗り込んで来た、まだ年若い少女。その動きは可憐で優雅。戦いの最中だというのに、思わずハッとさせる様な美しさ。
(な、何を考えてるんだよい。俺は)
と、油断したのがいけなかったのか、マルコの頭部に重い蹴りが決まる。
「うぐっ」
「マルコ隊長!」
そのまま勢いを殺せず甲板に叩き付けられた。
すぐに体制を立て直したマルコが見上げれば、例の少女は少し上の宙で、こちらを見たままニヤッと不敵に笑っている。
「まだ、こんなんじゃないでしょう」
「くそっ、上等だよい!」
擦りむいた口元を拭いながら、マルコは身体の変化に意識を集中させた。こちらも抑えきれない笑みを零せば、もう既に慣れた翼が広がる感覚。
「えっ?」
一瞬虚をつかれた様な顔のニーナの前には、青い炎を纏い美しく羽ばたく一羽の大きな鳥がいた。
「マルコ隊長が、不死鳥に」
それまでの腕だけを変形させた形と違う。全身に再生の炎を纏ったマルコが、それまでとは比べ物にならない速度で突っ込んで来た。
これは、強力な一撃になる。と誰もが予想し構え、マルコがニーナと衝突する瞬間。
「キャアアア!」
「はっ?」
思わず拍子抜けするような、この場には到底似つかわしくない黄色い悲鳴。
交わると思った一撃は受け流され、ハッとした時には何かにキツく抱き着かれていた。
「可愛いィィ!!」
「は、はああ?」
間抜けな声に力が抜けてしまった所為か、気付けば少女に抱き着かれたまま落下しているのだが。当のニーナはまるで構わないらしく、回避しようという動きがまったく無いまま、二人揃って甲板に衝突した。
「グエッ!」
「幸せえええ。本当に、何この可愛さ。フワフワだし、あったかい!!」
頭部に頬擦され、何が、と呆然としたままマルコは動けず、ニーナの好きにさせていた。
「クク、こりゃ予想外だが……… おい、お嬢ちゃん。いいのかい?ソイツ倒さなくて」
観戦中だったイゾウが笑い混じりにそう問えば、漸く気付いたようでニーナの表情が変わる。
「うーん、でも…… こんな可愛い子殴るなんて……」
不死鳥マルコ。その姿は恐れられこそすれ、可愛いなどと言われたことも、ましてや戦いの最中に抱き着かれるなど始めてだ。
スリスリと擦り寄ってくる少女の柔らかさに、当人のマルコはますます戸惑いを募らせる。と、そこに全く別の声が響いた。
「いよっ!流石ムッツリ隊長」
「ブハッ」
数人が思わず吹き出したその声の犯人。この状態であの一番隊隊長にそんなことを言える命知らずなど一人だ。
マルコがギンッと睨みつければ、心底可笑しそうに肩を震わせる四番隊隊長、サッチの姿。
その言葉に漸く冷静さを取り戻したのか、マルコが人の姿に戻りながらサッチへ向かう。
「テメエ、サッチ。誰がなんだって……」
「あっ」
「ベフッ!?」
敵に背を見せたのが、しかもそれが幻獣の姿でなかったのが運の尽き。見事な蹴りが頭に決まった。
途端、それまで事の成り行きを見守っていた船員達が一斉にあらぬ方向を見る。中には耐えきれずに噴き出す者。必死に押し殺しながらも肩を震わせる者と色々だが、概ね反応は同じだった。