52

マルコ達が去った後、ニーナは自分を落ち着かせるようにフウっと息を吐き出しながら微笑んでみせた。

「……あの、すみません。なんだか大騒ぎしてしまって。本当に、白ひげさんに薬酒を届けにきただけだったんですけど。なんだか楽しくなっちゃって」
「構わねえさ。丁度、息子達も退屈してたところだ」

酒を呷る白ひげが、ニッと口角を上げて見せる。

「まあ、座れ」
「失礼します」

甲板に座ったニーナの髪を、フワリと涼しい風が撫でて行った。煽られた髪を掻き戻しながら、ニーナは静かに白ひげの言葉を待つ。

「お前が此処に来たってことは、死んだか。あの男は」
「……………はい」
「そうか。おれァ長く生きた分、海のあらゆる事象はこの目で見て来た。知ったことも多い。だが、あの男の話を聞くと、まるで世界はその何倍もデカイ様な気がしたもんだ。面白ェ男だった」
「……………」
「話は聞いてるぜ。随分、珍しい小娘だってな」

核心を突く言い方に、それまで笑顔で通そうと決めていたニーナの眉がピクリと反応し、笑顔のままの表情にも陰が落ちる。

「ってことは、海軍に身を置いたか」
「はい。今は、七武海と同じ権限で海賊を許してもらってます」
「グラララ。その歳で、随分窮屈な生き方を選んだもんだ」

グビリとまた一口酒が呷られた。
そうして呷られる瓢箪に、ニーナはもう一度笑顔を作り直す。

「やっと監視が取れたので…… そうなったら白ひげさんに届けてくれと、船長に言われてましたから」
「ああ。この酒を飲むと、調子が好い」
「それは、世界一の植物学者と栄養士が調合したお酒ですもん」

ヨーク海賊団の船員である二人が、研究して作った秘蔵の酒だ。使われている漢方薬や材料もさることながら、その配合も見事。

「作り方は教えられてるので、またお持ちします」
「グララララ。そりゃ、楽しみだ」

そこで丁度空になった瓢箪を白ひげがゆっくり脇に置いた。その動きをニーナはジッと視線で追う。

「……“博識”の跳ねっ返り」
「はい」
「そう気負った顔するな。海軍や政府がどうかは知らねえが、海じゃあ皆自由だ。泣きてェ時は泣けばいい」
「……っ!?…無理、ですよ。だって、私は……」

見透かされた。とニーナは思わず顔を反らした。
だめだ、と自分に言い聞かせながら平常を装うが、そんなこと関係ないと言わんばかりに強い瞳で見据えられる。

「怖がらせたくない……」

自分の感情の起伏は、それだけで正体を知る人間の恐怖を煽る。中でも怒りや悲しみが、いつ兵器を暴走させる引き金になるか。

そんな風に思わせないために、内心は一切を悟らせないようにするのが、一番である。そう結論付けた筈だ。

「だって、私は……」
「グララララ」

いきなりまた豪快な笑い声が響く。

「恐るるに足らん」
「……古代の兵器です」
「だからどうした。おれァ白ひげだ!」


圧倒される。その偉大さと豪快さに。何より、その大きさに。
気付けばボロリと目から雫がこぼれ落ちて居た。

耐えてきたのに。船長が沈んだあの日、自分は安心して泣ける場所も失った筈だった。海軍や政府の前で泣くなど、向こうを不安にさせるだけだ。互いに出方を見張る状況で、そんな余計なこと出来る筈も無い。

船長の墓の前でも、涙だけは流さなかった。生きろと言われたのだ。泣けなんて言われてない。

何より、自分も怖かった。己のどんな行動が何に繋がるか分からなかったから。そう固く決意していた筈なのに。

なのに、目の前で豪快に響く笑いが、そんな思いを揺るがしてくる。

「子供(ガキ)が、一丁前に大人面するんじゃねえ。楽しけりゃ笑え。辛きゃあ泣け」
「う、うう……」

その大き過ぎる程の存在を感じるだけで、気が思わず緩んでしまう。グワンと頭を揺さぶる頭痛の様な苦しさに、また後から涙が溢れて来た。
もうこうなっては止め方など、解る訳がない。

「ふ、ふえええ……… うわああああああ!」

何に対しての涙か、もう今は分からない。ただただ溢れてくる涙と嗚咽を、吐き出したかった。
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