03

その日は、朝から雲行きが怪しかった。そしてとうとう雨が降ろうかという時だ。

「ニーナ。裏庭の洗濯物、取り込んでくれる?」
「ハーイ」

何でも器用にこなすことの叶うニーナの風の能力は、こうして度々かり出されていた。時には、動かなくなった村の風車を廻す手伝いまでする程で、こんな家事の手伝いなど、すぐに終わる。

そうしてニーナが裏の扉から庭に出た時だ。義父と義母の居る家の扉が、固い音で叩かれたのは。

「こちら、パスカル医の家とお見受けする。何方かご在宅だろうか?」

村の外れにあるこの家は、隣町の港に着いた軍艦と、道を歩く大勢の海兵達の噂を聞いていなかった。だから、この声にも迷い無く扉を開けたのだろう。

「海兵さんが、こんな田舎村に何か御用ですかな?」

人の良さそうな義父が応対に立ち上がったと同時、チャキッと幾つもの銃口がニーナの両親と家に向いた。

「なっ?」
「パスカル殿。貴殿が七年前に拾った娘を、引き渡して欲しい」
「は、はっ?」
「もう一度言おう。この家で一人娘として育てられている娘を、引き渡せ」


丁度ニーナが最後の洗濯物を籠に入れ終えた所だった。背後で今まで聞いた事が無い様な破裂音が響いたのは。

えっ?と驚いて振り返ったニーナの元に、更にもう三発、大きな音が轟く。
父と母に何か、と思って走り出そうとしたニーナを、後ろから腕を引いて引き止める者が居た。

「せ、せんちょう?」
「逃げるぞ、ニーナ」
「えっ、えっ……?」

何が、と驚くニーナを腕に担ぐと、ヨークは地を思い切り蹴った。
後ろ向きに抱えられたニーナのその瞳に、家の裏口から飛び出した義母の姿を捕らえる。けれどその姿はフラフラと覚束なく、身体を鮮血が真っ赤に染め上げていた。

「お、お母さん!船長、まってお母さんが」
「ニーナッ!」

叫んだ母は涙を流していた。それが解るのに、助けなければならないのに、船長は止まってくれない。

「生きなさい!貴方は、生きて!」

そんな言葉を最後に、母を更なる破裂音が遅い、新たな血が吹き出した。それと同時に、その背後にあった生家が炎に包まれる。

「お、おかあさああん!」

近づこうと伸ばす手と、母の距離は広がるばかりで、何が起きているのかを理解するには、それはあまりにも唐突だった。

そして、目を見開く少女の瞳に燃える我が家が映った瞬間、まるで古い記憶が呼び起こされる様に、辺り一面が真っ赤に染まる光景を見た。

その様はあまりに悲惨で、血の赤、火の赤、怒りの赤。

赤、赤、赤、赤

とにかく、全てが赤かった。


***



ニーナを抱えたヨークが浜辺に着いた頃には、空は雨粒を零し始めていた。

「船長、出航準備整いました」
「東の方から軍艦接近。このままじゃ囲まれる」
「船長、早く!」

そんな男達の声を尻目に、ニーナは呆然としていた。けれど、誰も状況を説明してやる暇は無いのか、唐突で残酷な両親との別れに戸惑う少女を慰めてやる声は無い。

「出すぞ、出航だ!」

これまでに掻い潜った修羅場から得た経験で、集まり始める軍艦を躱す内、ヨーク海賊団を後押しする様に激しい時化がその海域を襲った。

視界を奪う程の雨は、逃げる者を助け追う者を阻む。気付けばヨーク海賊団は、静かな夜を星空の元、グランドラインを横断していた。

「ニーナ。ほら、あったかいココアだ。飲め」
「…………」

頭から毛布を被り船長室のベッドに座る少女に、ヨークが湯気の立つカップを持たせる。

何が何だか解らない状況に置いて、ニーナはあの時見た光景が頭から離れない。

「船長。何が起こったの?」
「…………」
「お父さんとお母さんは?」
「………………死んだ。解るな、ニーナ」

少女を刺激しないように、けれど誤摩化しは許されないと、ヨークはゆっくりと残酷な言葉を告げる。
その言葉をニーナが理解出来た時には、大粒の涙が幾つもこぼれ落ち始めた時だった。



***



プルプルプル、プルプルプル

両親の死を理解し泣きつかれたニーナが眠った頃、船長室に設置された電伝虫が鳴りだす。
それを冷めた目で一瞥したヨークは、ニーナがまだ眠っていることを確認するとその受話器を手に取った。

「……海賊、ヨークだ」
「ほぉ、解っているようだな。ならば煩わしい前置きは無しとしよう。“それ”を寄越せ」

まるで物の様な言い様に、ヨークの眉間に皺が寄る。

「“博識のヨーク”ならば解ると思うが、それはお前達海賊には過ぎたものだ。交渉の場を設けてやる。これは、相手が学を探求するお前達だからこそ持ちかける話だ」
「事情を知っていそうな俺たちに、下手な抵抗で秘密をバラされたくないから、大人しく下手に出てやると」
「解っているなら……」
「だが、断る」

迷い無くはっきりとした拒否に、電伝虫が苦虫を噛み潰した様な顔をした。恐らく、この向こう側の相手の顔そのものなのだろう。

「お前達は学を探求するものであり、力を求めてはいなかった筈だが」
「俺たちはこの少女を利用する積もりは無い。だが、幼い子供から両親を無惨に奪った馬鹿共に、危ない玩具感覚で弄ぶ積もりのお前達に、渡してやる義理は無い!」
「……いいか、お前達。“博識”と名高いお前なら解るだろう、それが。その“古代神器”がどんな影響を‥‥…」

ガチャンと激しい音と共に叩き付けられた受話器が回線が切れた事を意味する。

ヨークはチラリとまだ眠る少女を確認すると、深い深いため息を漏らした。

「“古代神器・スサノオ”。とんでもない真理に辿り着いちまったな」

かつて存在したと言われる、神の名を持つ三つの古代兵器。プルトン、ポセイドン、ウラヌス。そのあまりの力は世界を滅ぼすとされる。

そして、それを真似て作られた新たなる兵器。それがアマテラス、スサノオ、ツクヨミの名を与えられた“古代神器”だ。

それを政府が血眼となって探し七年前掘り起こしたことも、可能性としては考察の内に入っていた事だ。歴史を追求するものとして、古代の兵器に興味はあった。別段それを利用する為ではなく、その存在の理由と出現の原因。

だからといって、その行方を求めていた訳ではないのに。

偶然流れ着いた船の位置と、それまで集め溜めていた潮の流れの研究データ達の所為で、その近辺にある特定の条件が揃った時のみに出現する複雑海流が、自分達の流れ着いた島とその古代神器の遺跡を繋いでいた。

しかも、自分を助けた娘が、丁度その頃にこの浜辺に流れ着いたと知り、更には当時の気候条件が自分達が流れ着いた海流を産んだそれと同じと調べ上げた時に流れた冷や汗。


真理を求める自分達だが、これほどの事態に遭遇したのは、初めての経験だった。
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