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その日のマリンフォード海軍本部では、朝からソワソワとする海兵が目立っていた。一般海兵の集う食堂から、名のある将校の控える執務室まで、至る所で、だ。
その元凶とも言える事態というのがマリンフォードを発ったニーナが半月後の今日、戻る予定の日だから。
もっとも、落ち着きが見れないといっても、その理由や様子は大きく二分されている。
一つは一般的な海兵に多く。またあのお転婆な少女が巻き起こすだろう騒動を、微笑ましく心構えする者や。あの可憐な姿が消えて寂しがっていた者が舞い上がったりと。概ね浮ついたものだ。
けれど、上位将校でありニーナの事情に精通している者。つまり、中将以上の将校達は、ひたすらニーナが問題を起こさず、素直に本部へ現れるのを待つばかりだった。
もしかすれば、一度解き放ったまま、下手をすれば海賊らしく海軍を裏切るかもしれない。それをされても可笑しくはない扱いをしてきただけに、海軍上層部は気が気でないのだ。
***
それは突然。そう、あまりにも突然起こった事だった。
ドガン!と、派手な破壊音が起こったのは、海軍本部の一角からだ。
「なんだ!?」
唐突な轟音にセンゴクを始め、ついニーナの来訪を待ちかね先走り気味にセンゴクの執務室へ訪れていた数人の将校達は目を見開いた。
全員が気を張っているだけに、突然の事態は悪い予感を増長させる。
すぐに確認してこいとセンゴクが命じれば、先走った中将の一人であるモモンガが静かに頷き扉へと向かった。
が、その途端に大きな轟音と共に部屋の扉が吹き飛んだ。
「うがっ!?」
そのあり得ない程の早さで飛んできた扉と人影に、咄嗟の判断が遅れたモモンガは突進をくらい部屋の中央まで飛ばされる。
しかし、それは飛んできた扉と人影も同じで、気付けば胸の上に人一人分の重みを抱えていた。
「いったたた。あああ、モモンガさん!大丈夫ですか?」
「な、なっ!?なあっ!!」
驚いた様子で見下ろしてくるのは、問題になっていたニーナだ。だが、それ以上に驚いたのはニーナにのしかかられた状態で気が付いたモモンガだろう。
「ニーナ?お前、何をして」
「今それを話してる時間は…… て、くっ!」
慌てるモモンガを無視し、咄嗟にニーナはモモンガが帯刀していた剣を抜き取ると、それで降ってきた刃を防いだ。
「オー、しぶといねえ」
「こんのぉ、解らずや!」
呑気に聞こえても、黄色に発光する剣を振り下ろしたのはボルサリーノで、ニーナはそれを防ぎ、薙ぎ払った。
そのまま瞬時に距離を取ると、室内に転がっていた椅子を持ち上げボルサリーノに向かって投げつける。
「でりゃあ!」
が、気合の入った声と共に投げつけた椅子も、すぐに光線の衝撃に粉々にされた。
そして、一体何事だ、と言葉を失うセンゴク達の前で、二人の睨み合いが始まった。
「おぉー。漸く、本性を見せたみたいだねー。ニーナちゃん」
「この恨みだけは、晴らさない訳には行きませんよ」
その一言にサッと反応したのは、それを見守っていた海軍側だ。まさか、危惧していた様な事態が起きたのか。ニーナが……
「人のアイスクリーム取るなんて!食べ物の恨みは怖いんですよ。大体、私が何をしたっていうんですか!?」
「あれー、わっしは言ったよぅ。ちゃんと連絡しろって」
「だから、クザンには定期連絡してたじゃないですか!それを、それを……… このアイス泥棒!海軍のくせにィ」
室内にも関わらず乱闘を始めるニーナに、ボルサリーノは当然応戦する。
ニーナの蹴りと同時に窓の外へ追いやられたボルサリーノを追撃したニーナが去った部屋は、文字通り、台風が過ぎ去った後の惨状であった。
「も、申し上げます」
恐る恐ると言った風に現れた若い海兵。敬礼しながら現れた彼に、センゴク始め名のある将校の注目が一気に集う。
「うっ、あ、あの…… お、恐れながら、ニーナ嬢がお着きに。ただ、現在大将黄ザル殿と乱闘中でして……」
「そんなことは見れば解る!あの馬鹿共は今度は何だというんだ」
「ヒィッ!!そ、それが、食堂に現れたニーナ嬢のアイスクリームを、黄ザル殿が強奪した模様で。それを見たニーナ嬢、ご乱心。そして現状に至りまして」
ギリリ、とセンゴクが奥歯を噛み締めた音が響いた。