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ニーナの来訪から一晩が過ぎた朝。ディランは結局戻らなかったニーナの様子を見に再び丘を登った。

墓標を確認すれば案の定、その前で膝を抱えて座るニーナの姿がある。一つ溜息を漏らしながら、ディランは無言でその場に背を向け、自宅へ戻って行った。



そんなことが三日続いても、ニーナは変わらずヨークの墓の前で過ごしている。碌に食べることもしないので心配になるが、どうせ言っても聞かない事はディランも重々承知していた。

「まだ満足しないか?」
「…………」
「まあ、好きにしたらいいが。せめて、パンくらいは食べろ。船長との約束だろう」

そう言ってニーナの側に水の入った瓶とパンを置く。気が付けば食べるだろうし、自ら死ぬ様な事はこの少女もしないことはわかっていたから、ディランはそれだけ言って去ろうとする。

「このまま食べなかったら、私は死ぬのかな?」
「……そうだな。死ぬな」

久しぶりに聞いた少女の声は、以前の弾む様な生気を完全に失っていた。まるで、掠れた風が耳を通り過ぎて行った様な声は、ディランでも意識していなければ、聞き逃していただろう。

「じゃあ、食べないと。自分から死ぬ様なことはするなって、船長に言われたから」
「………」
「死ねないの、私は。辛いのに。あの言葉が、とても重い」


哀れだな、という思いがディランの胸を占める。

古代の残した兵器か何か解らないが、それを保護する立場となったヨークが最終的に下した決断。自分の言葉でニーナを縛り付けるとは。

その所為で、ヨークが死んだ後ニーナが慟哭に苛まれることになるというのに。

「ちゃんと生きる。憎まず、恨まず。自覚を持って、ちゃんと私らしく生きるよ。でも、今は……」
「十分頑張ったんだ。少しくらい、アイツも許すさ」

墓の前で何もせずに、死なないだけで時間を過ごす生き方を、ヨークは望んだ訳ではない。

死ぬなと命じたのは、兵器がどんな切欠で復活するか解らないからだけではない。ヨークはニーナにきちんと生きて欲しかったのだ。明るい、天真爛漫で、風の様に自由な少女に。

けれどその為に言った「生きろ」という言葉も、結局は鎖にしかなっていない。

元々無理な話だったのかもしれない。世界を滅ぼす古代の力。それを誰よりも恐れているのはニーナ自身だ。その所為で、彼女がどれ程の犠牲を払ったか。

いっそ死ねたら楽だろうと、何度そんな考えがこの少女を襲っただろうか。

「ニーナ」
「解ってる。死なない。恨まない。恐れない…… ちゃんと生きる」

それが言葉だけ、上辺だけの演技でやり過ごす事が出来たら、まだニーナも楽だったかもしれない。ヨークを奪った海軍と政府を恨み憎みながらも、一旦は船長の遺言に従い手を組む。

そんな駆け引きが出来たら、少女も、今よりはずっと楽だったろう。

けれど、ヨークの言葉はニーナの本心すら書き換える勢いで侵食していた。


ニーナの心には、ヨークを奪った事に対して海軍を恨む気持ちは、本当に無いのだろう。古代神器を危惧してニーナを警戒する政府に、憎しみも無い。
ーーそれが船長の指示であるから。

死にたい程の慟哭にあろうと、彼女は無為に時を過ごさず、まるで本来の彼女がそうあるように無邪気に生き続ける。笑って海を渡り、海賊としての人生を謳歌する。
ーーそれがヨークの望みであるから。

古代神器に対する恐怖からか、ニーナ自身、ヨークの言葉に左右されるよう望んだ。感情も本能も、ヨークの言葉の為に動いているとすら言える。

理性では押し隠せない程の感情の起伏も、ヨークの言葉の柵に囚われていれば封じられる。そう考えたから。


ディランにしてみれば、それがどれだけ残酷か、と眉を顰めたくなる。しかし博識と言われたヨークの頭脳を持ってしても、こんな方法しか無かったのだろう。
そして、その事を一番理解しているまだ齢十五の少女は、目の前で膝を抱えたまま微動だにしなかった。



***



プルプルプル、プルプルプル

自分を呼ぶ電伝虫の音に、クザンは普段のダルさが嘘の様に俊敏に受話器を手にした。

『もしもし?』
「やあっと電話してきたね、ニーナちゃん。あれから何日経ってると思ってるの」
『ご、ゴメンなさい。実は忘れちゃってて』
「あのね〜。あれだけ言ったでしょうが、連絡してって。まあ、こうやって掛けてきたからいいけど。でも、俺の電話も無視するんだから、寂しくなっちゃうよ」
『アハハ。ゴメンなさい』

電伝虫が非常にバツの悪そうな笑みを向ける。それが真似ているだろう少女の顔を思い浮かべると、途端にクザンの心も寛容になるというものだ。

「まっ、それだけ楽しくやってるって事かね。どう、何か変わったことは?」
『特には無いですよ。ちゃんと大人しくしてます』
「そっか。今はどの辺に居るのかな?」
『フフッ。それは内緒です。今度は忘れない様に連絡しますから。それじゃあ』

ガチャ、と電伝虫が実に無感動な声で告げる。
それを見てクザンは、実に短いやり取りに物足りなさを覚えながらも、ニーナの連絡をセンゴクに報告する書類を適当に纏めた。

(問題無しっと。これでちったぁ落ち着くでしょう)

定期連絡の約束が一向に果たされることない事態に、センゴクが胃を押さえていたのはほんの数日前だ。
まあ、相手は海賊。しかも長い監禁生活を得て漸く手にした久しぶりの自由だ。思わずはしゃいでしまっても不思議ではない。

……と、納得するには尤もな理由だ。

だが、それだけでは決してないことも、クザンを始めとする数人は予想している。

「その内、俺の前でもちゃんと悲しんでくれる様になるといいんだけどね」

一人になった時だけではなく。

取り敢えず、漸く来た連絡に、一安心というところか。

「あ、これセンゴクさんに提出しておいて」
「はっ?あの、青キジ大将は?」
「ん、俺ちょっと散歩してくるわ」
「ええ!?あ、あの……」

スタスタと廊下を歩きながら、クザンはポリポリと頭を掻いて慌てる海兵を無視した。
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