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ザパンと揺れる波の音。緩やかに進む小舟は、それだけで乗る者を眠りに誘う様だ。
小舟の中で横になったニーナはジッと空を流れる雲を見上げていた。

周りには島はおろか、通りすがる船すら見当たらない。波の音以外何も聞こえない場所で、ニーナはただ横になるだけだった。
変わる事と言えば、波に流された小舟を、時折吹く風が元の場所まで押し戻すことか。


一体どれほどそうしていたのか。その場所に着いた時は昇る途中だった陽が、あと僅かで沈みそうな位置に移動している。
冷える夜の気配を感じ取り漸く満足したのか、徐に起き上がったニーナはそのまま、また船を移動させた。

最後にもう一度、それまで船が揺蕩っていた場所。ヨーク海賊団の船が沈んでいるだろう海を一瞥だけして。



***



本部を発ってから数日して、ニーナの小舟が辿り着いたのは、南の海(サウスブルー)のとある島。
砂浜に乗り上げた小舟から下りると、迷い無く足を進める。

既に寝静まっているのどかな町を抜け、人里離れた小高い丘を登って行く。そのまま暫く足を動かしていれば、ポツリと一軒だけ立っている家が見えてきた。

他に民家など無いこんな場所に立っている、はっきり言えば少々怪しい家の扉をニーナが叩けば、家主がゆっくりと姿を表した。

「誰だ、こんな時間に?用なら明日にしてくれ」
「…………」

出て来たのは、チョビ髭の目立つ厳つい顔の初老の男だった。

初めは顰めた表情だった男だが、扉の前のニーナの姿に目を見開く。そしてそれまでの厳しい表情を緩めた。

「………そうか。やっと出れたか」

俯いたまま言葉無しにコクリと頷くニーナに、男の瞳に憂いが宿る。

「中に入るか?茶くらいは出すぞ」
「‥‥‥‥…」

男の申し出にニーナはまた声は出さずに、首を横に振った。

「なら、行くか。着いてこい」

そのまま家を出て歩き出した男の後ろを、ニーナは俯いたまま黙って続く。
男としては、色々とニーナに聞きたい事もあったのだが、この様子では無理そうだと口を噤んだ。

人里離れた丘の頂上。海がよく見えるその場所に立つ一つの墓。木の棒で十字を作っただけの簡素なそれに、ニーナはフラフラと歩み寄った。

「ワシは戻るぞ。満足するまで居たらいい」


男が去った後暫くして、それまで表情を変えること無かったニーナが途端に苦しげに顔を歪めたと思えば、そのまま墓標の前に膝をついた。

「………み、んな、……せん、ちょぉ」

そこに眠っている訳ではない。彼等は海の底だ。しかし、その墓標の土の下には、彼等がかつて身につけていた思い出の品が埋まっている筈。

あの日海に沈んだヨークとヨーク海賊団の、墓標であった。



***



男の正体は、元ヨーク海賊団の一員である。実はあの日、海に沈んだヨーク海賊団だが、クルーは全員ではなかった。

その数年前。ニーナの存在がヨークの懸賞金に影響を与え始めた頃から、ヨークは事前に船員に船を下りないかと話していた。

勿論海賊を名乗った瞬間から追われる事は覚悟している上に、知識を探求する事に全てを賭けた者達だ。
自分の思いのままに研究や探求が出来なくなるなど耐えられない、と誰もが船に残る事を選んだ。

その心意気を受け入れたヨークだが、副船長であったこの男だけは、ヨークが呼び出し説得したのだ。自分達の死後、ニーナの為に自分の墓を守る存在が、どうしても必要だ、と。

俺達の墓を守ってくれ、と頭を下げるヨークに、同じく自身の研究の為世界を見たいと海へ出た男。ディランは船を降りる決断をした。
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